糖尿病の病型分類
犬と猫の糖尿病病型比較
犬は1型様糖尿病が主体、猫は2型様糖尿病が主体であることを示す図解
犬の糖尿病
1型様(インスリン依存性)が主体
β細胞の不可逆的破壊→絶対的インスリン不足
主な病因(%)
免疫介在性 40–50%
慢性膵炎 30–40%
黄体期(雌) 20%
その他・不明 <10%
治療
インスリン終生投与が必須
寛解は極めて稀(黄体期除く)
雌では不妊手術で予防可能
猫の糖尿病
2型様(初期)→相対的インスリン欠乏
膵島アミロイド + インスリン抵抗性が主な機序
主な危険因子(%)
肥満 50–70%
慢性膵炎 30–60%
ステロイド投与 15%
高炭水化物食
治療
インスリン + 低炭水化物食
寛解可能(30–50%)
肥満解消・誘因除去が重要
図 3-1. 犬と猫の糖尿病病型の比較。病因・治療方針・予後に重要な違いがある。
猫の糖尿病発症機序
猫の糖尿病は2型様の病態から始まり最終的にインスリン依存状態へ移行する進行性疾患 である。中心機序は①膵島アミロイドポリペプチド(IAPP)の沈着によるβ細胞障害と、②インスリン抵抗性の2本柱であり、両者が糖毒性を介して悪循環を形成し疾患を進行させる。
猫の糖尿病発症機序:IAPP沈着とインスリン抵抗性の悪循環
【主要リスク因子】
肥満
脂肪組織量↑→アディポカイン異常
高炭水化物食
慢性食後高血糖・慢性高インスリン血症
ステロイド
糖質コルチコイド→医原性IR
慢性膵炎
β細胞の直接炎症性傷害
① IAPP 過剰分泌・アミロイド線維形成
β細胞からインスリンと共分泌 → 凝集・膵島内沈着
② インスリン抵抗性(IR)
末梢組織(筋・肝・脂肪)でインスリンシグナル低下
アミロイドの毒性
・物理的圧迫
・オリゴマー毒性→細胞膜穿孔
・炎症誘発(IL-1β↑)
→ アポトーシス促進
β細胞への過負荷
・補償的分泌↑
→ IAPP分泌も↑
・β細胞疲弊
→ 機能喪失
β細胞機能低下・消失
アミロイド圧迫 + オリゴマー毒性 + 炎症 + 疲弊
相対的インスリン欠乏 → 持続的高血糖
糖毒性 → さらなるβ細胞障害・IR増強(悪循環)
糖毒性フィードバック
図 3-2. 猫の糖尿病発症機序。IAPPアミロイドとインスリン抵抗性が悪循環を形成し、糖毒性によってさらに増悪する。
① IAPP と膵島アミロイド沈着の詳細
IAPP(膵島アミロイドポリペプチド/アミリン) はβ細胞がインスリンと同一分泌顆粒から共分泌する37残基のペプチドホルモンである。正常では食欲抑制・胃排出遅延・グルカゴン抑制といった有益な機能を担うが、過剰蓄積や構造的不安定性により不溶性アミロイド線維を形成し膵島内に沈着する。
物理的圧迫: アミロイド沈着物が膵島内を占拠し、β細胞の空間と血流を物理的に縮小・圧迫する。
オリゴマー毒性: 線維形成前の中間体(IAPP オリゴマー)が細胞膜に穿孔を形成し、Ca²⁺流入の調節障害とアポトーシスを誘導する。最も直接的な毒性機序とされる。
炎症誘発: アミロイド沈着はマクロファージのNLRP3インフラマソームを活性化し、IL-1βやTNF-αを産生させてβ細胞炎症を増幅する。
なぜ猫に多いか: 猫のIAPP配列はヒトと類似した疎水性残基配置を持ち、アミロイド形成能が犬より著しく高い。糖尿病猫の90%以上に膵島アミロイドが認められる。
② インスリン抵抗性の要因と機序
要因
主な機序
臨床的対処
肥満
脂肪組織からTNF-α・レジスチン・遊離脂肪酸が放出 → PIK3/Akt シグナル阻害 → GLUT-4 トランスロケーション障害 → 末梢IR↑
体重減量(理想体重達成)。1–2%/週の緩徐な減量が推奨
外因性ステロイド
糖質コルチコイド
が肝糖新生酵素(PEPCK・G6Pase)を誘導↑ + 末梢インスリン受容体後シグナルを阻害 → 医原性高血糖
ステロイド中止・プレドニゾロン→シクロスポリン等代替薬へ切替
高炭水化物食
慢性食後高血糖 → 慢性高インスリン血症 → インスリン受容体ダウンレギュレーション → 2次性IR
低炭水化物食(<12%ME)・高タンパク食への切替
末端肥大症(稀)
GH過剰(下垂体腫瘍)→ IGF-1↑ → 重度IR。インスリン要求量が 10–20 IU/回 以上に達することがある
頭部MRI・GH/IGF-1測定。放射線治療・下垂体摘出
プロゲステロン(不妊未処置雌)
GH産生刺激 → 一過性GH過剰 → IR。黄体期に発症しやすい
不妊手術による黄体期
排除
③ 糖毒性(グルコトキシシティ)と可逆性
慢性高血糖そのものがβ細胞機能をさらに低下させる「糖毒性」は、猫の糖尿病進行と寛解の理解 において中心的概念である。
酸化ストレス増大: 高血糖により活性酸素種(ROS)産生が増大し、β細胞のミトコンドリア電子伝達系が障害されATP産生が低下、インスリン分泌能が著しく低下する。
小胞体(ER)ストレス: 慢性的なインスリン過剰合成要求がERに折り畳み障害(UPR)を誘発し、アポトーシス経路が活性化される。
K_ATP チャネル脱感作: 慢性高血糖によりβ細胞の電気生理的応答性が鈍化し、同じ血糖刺激でも分泌量が低下する。
💡 寛解の病態生理的根拠
糖毒性の障害は
少なくとも部分的に可逆的 である。インスリン療法と低炭水化物食により血糖を正常化すると:
① 酸化ストレスが軽減され残存β細胞のミトコンドリア機能が回復
② ERストレスが解除されインスリン合成・分泌能が回復
③ IAPPの過剰分泌が減少し、新たなアミロイド形成が抑制される
これらにより残存β細胞の機能が段階的に回復し、最終的にインスリン不要の「糖尿病寛解」が達成されうる。
早期診断・早期積極治療が寛解達成の最大の鍵 である。
慢性合併症の病態
持続的高血糖は酸化ストレス・終末糖化産物(AGEs)形成・ポリオール経路亢進・プロテインキナーゼC活性化 などを通じて血管・神経・眼・腎臓に障害を与える。
糖尿病慢性合併症の臓器別影響
持続的
高血糖
AGEs / 酸化ストレス
👁 眼
白内障(犬で多発)
糖尿病網膜症(犬・稀)
🧠 神経
糖尿病性神経障害
猫:後肢の底行性歩行
🫘 腎臓
糸球体硬化症(軽度)
尿路感染症の素因
🫀 肝臓
肝脂肪症(猫)
肝酵素上昇(犬)
🦴 筋肉・皮膚
筋萎縮・体重減少
被毛光沢の消失
🛡 免疫
好中球機能低下
感染症への罹患性↑
図 3-2. 慢性高血糖による多臓器障害。犬では白内障・感染症が特に問題となり、猫では末梢神経障害・肝脂肪症が重要な合併症となる。
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)
インスリン絶対的欠乏状態では、脂肪分解が亢進し肝臓でケトン体(アセトアセテート・β-ヒドロキシ酪酸・アセトン)が過剰産生される。DKAは代謝性アシドーシス・脱水・電解質異常 を伴う緊急病態である。
🚨 緊急病態 — DKA の診断基準
高血糖 (>252 mg/dL) +
ケトン尿症/ケトン血症 +
代謝性アシドーシス (pH <7.3 または HCO₃⁻ <15 mEq/L)。
犬: 急激に発症することが多い。猫: DKAより高浸透圧性非ケトン性症候群(HONK)も発生。
ケトン体:産生・利用・病態
ケトン体とは、脂肪酸のβ酸化が亢進した状態で肝臓ミトコンドリアが産生する3種の有機酸 (アセトアセテート・β-ヒドロキシ酪酸・アセトン)の総称である。正常時にも微量産生されて脳・心筋のエネルギー源として機能するが、インスリン欠乏時には産生が利用を大幅に上回り、代謝性アシドーシスを招く。
ケトン体の産生・血中放出・末梢利用の経路
肝臓(ケトン体産生)
脂肪酸(FFA)
脂肪組織リポリシス由来
β酸化(ミトコンドリア)
アセチル CoA
インスリン欠乏時→TCA停止→過剰蓄積
HMG-CoA 合成酵素
HMG-CoA
HMG-CoA リアーゼ
アセトアセテート
β-ヒドロキシ酪酸
還元(NADH↑時)
アセトン
自然脱炭酸→呼気排出
(甘いフルーツ臭の原因)
エネルギー利用不可
インスリン
リポリシスを抑制 → FFA 低下
→ ケトン体産生↓
末梢組織(ケトン体利用)
β-ヒドロキシ酪酸(血流)
主要ケトン体:DKA時の約 75%
酸化(スクシニルCoA転移酵素)
アセトアセテート(再変換)
アセチル CoA × 2
TCA 回路 → ATP 産生
脳・心筋・骨格筋のエネルギー源
血中放出 → 末梢組織へ輸送
過剰蓄積 → 代謝性アシドーシス
アニオンギャップ↑ / 血液 pH↓ / DKA
図 3-3. ケトン体の産生・血中放出・末梢利用の経路。β-ヒドロキシ酪酸が最主要ケトン体であり、尿試験紙では検出されない点が臨床上重要。
3種のケトン体の特徴
ケトン体
特徴
検出法
アセトアセテート(AcAc)
産生の起点。β-OHBへ還元される。末梢組織でアセチルCoAへ分解されTCA回路へ入る。
尿試験紙(ニトロプルシド法)で検出可
β-ヒドロキシ酪酸(β-OHB)
DKA時に最も血中濃度が高い主要ケトン体(約75%)。NADHが多い環境で産生が増加する。尿試験紙では検出されない ことに注意。
血液β-OHB専用センサー(最も精度高)
アセトン
AcAcの自然脱炭酸で生成。呼気の甘いフルーツ臭の原因。エネルギーとしては利用不可。
呼気臭・一部尿試験紙で検出
⚠ 尿試験紙の落とし穴
市販の尿ケトン試験紙(ニトロプルシド法)は
アセトアセテートとアセトンしか検出しない 。DKA早期や治療初期はβ-ヒドロキシ酪酸が主体のため、
尿試験紙陰性でもケトアシドーシスが存在する 場合がある。血液β-OHB測定(>0.5 mmol/L で陽性)の併用が強く推奨される。
🐶🐱 犬と猫の種差
犬: インスリン欠乏時にケトン体が速やかに蓄積し、DKAへ移行しやすい。典型的なアセトン臭(甘いフルーツ臭)が呼気・尿に認められることがある。
猫: 肝脂肪症(脂肪肝)
を同時に発症しやすく、ケトン体よりも高浸透圧状態(HONK)が前景に立つ場合がある。また猫はケトン体の嗅覚認知が鋭く、食欲廃絶の一因になりうる。
💊 DKA治療中のモニタリング上の注意
治療開始後、β-OHBはアセトアセテートより早く低下する。インスリン投与により
β-OHB がアセトアセテートへ再変換されるため、尿ケトン(AcAc)は治療中に一時的に上昇することがある 。臨床的改善にもかかわらず尿試験紙が悪化したように見えるこの現象に惑わされず、血液β-OHBの低下・臨床症状・pH 改善を総合して判断することが重要。