Veterinary Internal Medicine
犬と猫の
血糖コントロール
生理学・組織学・病理学・薬理学の包括的解説
🐶 犬 (Canis lupus familiaris) 🐱 猫 (Felis catus)
Chapter 1 — 生理学

血糖調節のメカニズム

グルコースは脳・赤血球・骨格筋のエネルギー源として不可欠である。犬と猫では基礎代謝の違いにより、血糖調節に種差が存在する。本章では、正常な血糖恒常性維持に関わるホルモン系・細胞機構を詳説する。

正常血糖値と種差

パラメータ
空腹時血糖(正常) 70–110 mg/dL 70–158 mg/dL
腎性糖尿閾値 ~180 mg/dL ~252–288 mg/dL
ストレス性高血糖 軽度(稀) 著明(頻繁)
食後血糖ピーク 食後 1–2 時間 食後 4–8 時間(緩徐)
主な燃料基質 グルコース + 脂肪 タンパク質 + 脂肪(肉食性)
⚠ 重要な種差
猫はストレス(保定・採血など)で一過性に血糖が 270–360 mg/dL まで上昇することがある。採血時に激しく抵抗した猫では、その血糖値を診断に用いる前に必ず状況を考慮すること。

血糖調節ホルモン回路

血糖の恒常性は、主に膵臓由来の インスリン(低下させる)と グルカゴン(上昇させる)のバランスによって維持される。さらに副腎皮質ホルモン No.009 犬と猫の副腎 ・成長ホルモン・甲状腺ホルモン No.023 猫の甲状腺 が補助的に関与する。

血糖調節フィードバック回路 血糖上昇→膵β細胞インスリン分泌→組織グルコース取り込み→血糖低下→膵α細胞グルカゴン分泌→肝グリコーゲン分解→血糖上昇のフィードバックループ 血中グルコース 70–110 mg/dL (犬の正常値) 膵 β 細胞 インスリン分泌 ランゲルハンス島の 60–75% 末梢組織 骨格筋・脂肪 GLUT-4取り込み↑ 膵 α 細胞 グルカゴン分泌 ランゲルハンス島の 15–25% 肝臓 グリコーゲン分解 + 糖新生 (↑グルコース放出) 食事摂取 腸管グルコース吸収 血糖↑→活性化 インスリン 血糖↓ 血糖↓→活性化 グルカゴン 血糖↑ インスリン経路 グルカゴン経路 食事由来

図 1-1. 血糖調節の主要フィードバック回路。インスリン(青緑)とグルカゴン(赤)が拮抗的に作用する。

インスリン分泌のメカニズム

β細胞内のグルコース代謝はインスリン分泌の引き金となる。グルコースがGLUT-2(犬・猫共通)を介して細胞内に取り込まれ、解糖によりATPが産生されると、ATP感受性K⁺チャネル(K_ATP)が閉鎖する。

β細胞インスリン分泌機構 グルコースがGLUT2で細胞内に入り解糖→ATP産生→KATPチャネル閉鎖→脱分極→Ca2+流入→インスリン開口分泌 β 細胞(膵島) グルコース GLUT-2 輸送体 ↑血糖で取り込み増加 解糖・ TCA 回路 ATPの産生 ATP/ADP 比↑ K_ATP チャネル 閉鎖 膜電位→脱分極 電位依存性 Ca²⁺ チャネル 開口 細胞内 Ca²⁺↑↑ インスリン開口分泌 分泌顆粒 → 細胞外 血流へ放出 スルホニルウレア K_ATPを直接閉鎖 GLP-1 受容体 cAMP↑→分泌増強 1 2 3 4

図 1-2. β細胞インスリン分泌の細胞内シグナル伝達。K_ATPチャネルは多くの血糖降下薬の標的となる。

インスリン作用の組織特異性

  • 骨格筋・脂肪組織:GLUT-4のトランスロケーションを促進し、グルコース取り込みを増加させる。インスリン抵抗性はここで最初に発現する。
  • 肝臓:グリコーゲン合成を促進、糖新生・グリコーゲン分解を抑制。肝臓は「グルコースバッファー」として機能する。
  • 脳・赤血球:インスリン非依存的にグルコースを取り込む(GLUT-1, GLUT-3)。低血糖時に最も影響を受けやすい。
  • 猫の特殊性:猫の肝臓は糖新生活性が犬より高く、高タンパク食から恒常的にグルコースを産生する。この適応が糖尿病の病態に影響する。

糖新生(Gluconeogenesis)

糖新生とは、非糖質前駆体からグルコースを新たに合成する代謝経路である。主に肝臓、次いで腎皮質で行われ、空腹時・低血糖時における血糖維持の根幹をなす。インスリン依存性の末梢グルコース取り込みとは独立した経路であるため、糖尿病時にインスリン作用が低下すると糖新生は脱抑制されて亢進し、高血糖をさらに悪化させる。

糖新生の代謝経路と主要制御因子 肝臓(糖新生の主要部位) アミノ酸 アラニン・グルタミン等 筋タンパク分解 / 食事由来 グリセロール 中性脂肪の加水分解 脂肪組織から放出 → DHAP経由 乳酸・ピルビン酸 Cori 回路(筋由来) 嫌気性解糖の産物を再利用 オキサロ酢酸(OAA) ↓ PEPCK(律速酵素①)→ ホスホエノールピルビン酸(PEP) グルカゴン → PEPCK ↑ コルチゾール・成長ホルモンも促進 解糖系中間体 FBPase-1(律速酵素②)→ フルクトース-6-リン酸 グルコース-6-リン酸 G6Pase(律速酵素③)→ 脱リン酸化 インスリン PEPCK・FBPase-1 G6Pase を転写抑制 → 糖新生全体を抑制 グルコース → 血流へ放出

図 1-3. 糖新生の代謝経路と主要制御因子。グルカゴンが経路を促進し、インスリンが律速酵素を転写レベルで抑制する。

主要な糖新生前駆体

  • アミノ酸(アラニン・グルタミン):筋タンパク分解で生じたアミノ酸がトランスアミノ化を経てピルビン酸・α-ケトグルタル酸となり、オキサロ酢酸(OAA)へ変換される。断食時・糖尿病時に最も重要な基質となる。
  • グリセロール:脂肪組織での中性脂肪加水分解(リポリシス)により放出され、ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)を経由して糖新生経路に入る。
  • 乳酸(Cori 回路):骨格筋の嫌気性解糖で産生された乳酸が肝臓に運ばれ、ピルビン酸 → OAA → グルコースと変換され再利用される。
  • プロピオン酸(犬・猫での寄与は微小):反芻動物と異なり、犬・猫ではプロピオン酸の糖新生への寄与は無視できる程度である。

律速酵素と調節機構

  • PEPCK(ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ):OAA → PEP の変換を触媒する最上流の律速酵素。グルカゴン・コルチゾール・成長ホルモンにより転写が誘導され(↑)、インスリンにより強力に転写抑制される(↓)。
  • FBPase-1(フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ):F-1,6-BP → F-6-P を触媒。AMPにより競合阻害(エネルギー充足時に糖新生を停止させるセンサー)。
  • G6Pase(グルコース-6-ホスファターゼ):G-6-P → グルコースの最終脱リン酸化を担う。肝臓・腎臓に局在し、筋肉には発現しない(筋肉はグルコースを血中に放出できない)。
🐱 猫の糖新生:臨床的に重要な種差
猫は肉食動物として高タンパク食に適応しており、PEPCK などの糖新生酵素活性が犬より恒常的に高い。食事の炭水化物量にかかわらず、肝臓は絶えずアミノ酸からグルコースを産生し続けている。この結果:

① 低炭水化物食でも血糖が比較的維持される
② インスリン抵抗性が生じると糖新生が過剰になり高血糖が悪化しやすい
③ タンパク制限は逆に筋萎縮・代謝障害を招くため、猫では高タンパク・低炭水化物食が糖尿病管理に推奨される
💊 薬理学との接点 — メトホルミンと糖新生
ヒト糖尿病の主要治療薬であるメトホルミンは、肝臓ミトコンドリア複合体Ⅰを阻害し、AMP/ATP 比上昇 → AMPK 活性化を介して PEPCK・G6Pase を転写抑制することで肝糖新生を低下させる。しかし猫ではこのミトコンドリア阻害が乳酸アシドーシスのリスクを著しく高めるため使用禁忌(→ Ch.4 薬理学 参照)。
Chapter 2 — 組織学

膵臓の構造:ランゲルハンス島を中心に

膵臓は外分泌(消化酵素産生)と内分泌(ホルモン産生)の二重機能を持つ。血糖コントロールに関わるのは内分泌部、すなわちランゲルハンス島(膵島)である。

ランゲルハンス島の細胞構成

ランゲルハンス島の組織学的構造 膵島を構成するα、β、δ、PP細胞の空間的配置と比率 外分泌腺房(腺房細胞) ランゲルハンス島(膵島) 血管 毛細血管 β インスリン β インスリン β インスリン β インスリン α グルカゴン α グルカゴン α グルカゴン α グルカゴン δ ソマトスタチン δ ソマトスタチン PP 膵ポリペプチド β細胞 60–75% インスリン分泌・血糖↓ α細胞 15–25% グルカゴン分泌・血糖↑ δ細胞 5–10% ソマトスタチン・抑制

図 2-1. ランゲルハンス島の組織学的模式図。β細胞が島の中心部を占め、α細胞が周辺に分布する(犬・猫共通の基本構成)。

β細胞 (B細胞)

HE染色で淡明な細胞質。電顕では電子密度の高い分泌顆粒が特徴的。犬の糖尿病では免疫介在性破壊により著減する。

α細胞 (A細胞)

島の外周に多く分布。分泌顆粒はβ細胞より電子密度が高い。グルカゴン免疫染色で同定可能。

δ細胞 (D細胞)

ソマトスタチンを分泌し、αおよびβ細胞の分泌をパラクリンに抑制するローカルレギュレーター。

PP細胞 (F細胞)

膵ポリペプチドを分泌。外分泌膵機能の調節に関与。膵島内での比率は低い(1–5%)。

アミロイド沈着(猫)

猫の2型様糖尿病では膵島内に膵島アミロイドポリペプチド(IAPP)由来のアミロイドが沈着し、β細胞を圧迫・破壊する。重要な組織病理所見。

空胞変性(犬・猫)

慢性高血糖によりβ細胞に空胞変性(グリコーゲン蓄積)が生じる。血糖コントロール改善で可逆性がある。

犬と猫の膵島構造の相違

組織学的特徴
β細胞比率 60–75%(正常) 60–70%(正常)
糖尿病でのβ細胞 著明な消失(免疫介在) 部分的残存(機能不全が主)
アミロイド沈着 糖尿病猫の 90% 以上
膵炎との関連 慢性膵炎→β細胞破壊 慢性膵炎→β細胞機能不全
病変の可逆性 低い(β細胞再生乏しい) 高い(適切治療で寛解可能)
🔬 臨床的意義
猫の糖尿病は適切な血糖コントロール(低炭水化物食 + インスリン療法)により、残存β細胞が回復し「糖尿病寛解」が達成される場合がある(報告率:診断後6か月以内で約30–50%)。これは犬の糖尿病では極めて稀な転帰である。
Chapter 3 — 病理学

糖尿病の病態生理と合併症

糖尿病は慢性高血糖を特徴とする代謝疾患であり、複数の臓器に不可逆的障害をもたらす。犬と猫では病型・病態・慢性合併症の発生様式に重要な差異がある。

糖尿病の病型分類

犬と猫の糖尿病病型比較 犬は1型様糖尿病が主体、猫は2型様糖尿病が主体であることを示す図解 犬の糖尿病 1型様(インスリン依存性)が主体 β細胞の不可逆的破壊→絶対的インスリン不足 主な病因(%) 免疫介在性 40–50% 慢性膵炎 30–40% 黄体期(雌) 20% その他・不明 <10% 治療 インスリン終生投与が必須 寛解は極めて稀(黄体期除く) 雌では不妊手術で予防可能 猫の糖尿病 2型様(初期)→相対的インスリン欠乏 膵島アミロイド + インスリン抵抗性が主な機序 主な危険因子(%) 肥満 50–70% 慢性膵炎 30–60% ステロイド投与 15% 高炭水化物食 治療 インスリン + 低炭水化物食 寛解可能(30–50%) 肥満解消・誘因除去が重要

図 3-1. 犬と猫の糖尿病病型の比較。病因・治療方針・予後に重要な違いがある。

猫の糖尿病発症機序

猫の糖尿病は2型様の病態から始まり最終的にインスリン依存状態へ移行する進行性疾患である。中心機序は①膵島アミロイドポリペプチド(IAPP)の沈着によるβ細胞障害と、②インスリン抵抗性の2本柱であり、両者が糖毒性を介して悪循環を形成し疾患を進行させる。

猫の糖尿病発症機序:IAPP沈着とインスリン抵抗性の悪循環 【主要リスク因子】 肥満 脂肪組織量↑→アディポカイン異常 高炭水化物食 慢性食後高血糖・慢性高インスリン血症 ステロイド 糖質コルチコイド→医原性IR 慢性膵炎 β細胞の直接炎症性傷害 ① IAPP 過剰分泌・アミロイド線維形成 β細胞からインスリンと共分泌 → 凝集・膵島内沈着 ② インスリン抵抗性(IR) 末梢組織(筋・肝・脂肪)でインスリンシグナル低下 アミロイドの毒性 ・物理的圧迫 ・オリゴマー毒性→細胞膜穿孔 ・炎症誘発(IL-1β↑) → アポトーシス促進 β細胞への過負荷 ・補償的分泌↑ → IAPP分泌も↑ ・β細胞疲弊 → 機能喪失 β細胞機能低下・消失 アミロイド圧迫 + オリゴマー毒性 + 炎症 + 疲弊 相対的インスリン欠乏 → 持続的高血糖 糖毒性 → さらなるβ細胞障害・IR増強(悪循環) 糖毒性フィードバック

図 3-2. 猫の糖尿病発症機序。IAPPアミロイドとインスリン抵抗性が悪循環を形成し、糖毒性によってさらに増悪する。

① IAPP と膵島アミロイド沈着の詳細

IAPP(膵島アミロイドポリペプチド/アミリン)はβ細胞がインスリンと同一分泌顆粒から共分泌する37残基のペプチドホルモンである。正常では食欲抑制・胃排出遅延・グルカゴン抑制といった有益な機能を担うが、過剰蓄積や構造的不安定性により不溶性アミロイド線維を形成し膵島内に沈着する。

  • 物理的圧迫:アミロイド沈着物が膵島内を占拠し、β細胞の空間と血流を物理的に縮小・圧迫する。
  • オリゴマー毒性:線維形成前の中間体(IAPP オリゴマー)が細胞膜に穿孔を形成し、Ca²⁺流入の調節障害とアポトーシスを誘導する。最も直接的な毒性機序とされる。
  • 炎症誘発:アミロイド沈着はマクロファージのNLRP3インフラマソームを活性化し、IL-1βやTNF-αを産生させてβ細胞炎症を増幅する。
  • なぜ猫に多いか:猫のIAPP配列はヒトと類似した疎水性残基配置を持ち、アミロイド形成能が犬より著しく高い。糖尿病猫の90%以上に膵島アミロイドが認められる。

② インスリン抵抗性の要因と機序

要因 主な機序 臨床的対処
肥満 脂肪組織からTNF-α・レジスチン・遊離脂肪酸が放出 → PIK3/Akt シグナル阻害 → GLUT-4 トランスロケーション障害 → 末梢IR↑ 体重減量(理想体重達成)。1–2%/週の緩徐な減量が推奨
外因性ステロイド 糖質コルチコイド No.015 犬と猫のステロイド薬 が肝糖新生酵素(PEPCK・G6Pase)を誘導↑ + 末梢インスリン受容体後シグナルを阻害 → 医原性高血糖 ステロイド中止・プレドニゾロン→シクロスポリン等代替薬へ切替
高炭水化物食 慢性食後高血糖 → 慢性高インスリン血症 → インスリン受容体ダウンレギュレーション → 2次性IR 低炭水化物食(<12%ME)・高タンパク食への切替
末端肥大症(稀) GH過剰(下垂体腫瘍)→ IGF-1↑ → 重度IR。インスリン要求量が 10–20 IU/回 以上に達することがある 頭部MRI・GH/IGF-1測定。放射線治療・下垂体摘出
プロゲステロン(不妊未処置雌) GH産生刺激 → 一過性GH過剰 → IR。黄体期に発症しやすい 不妊手術による黄体期 No.013 犬の妊娠とホルモン 排除

③ 糖毒性(グルコトキシシティ)と可逆性

慢性高血糖そのものがβ細胞機能をさらに低下させる「糖毒性」は、猫の糖尿病進行と寛解の理解において中心的概念である。

  • 酸化ストレス増大:高血糖により活性酸素種(ROS)産生が増大し、β細胞のミトコンドリア電子伝達系が障害されATP産生が低下、インスリン分泌能が著しく低下する。
  • 小胞体(ER)ストレス:慢性的なインスリン過剰合成要求がERに折り畳み障害(UPR)を誘発し、アポトーシス経路が活性化される。
  • K_ATP チャネル脱感作:慢性高血糖によりβ細胞の電気生理的応答性が鈍化し、同じ血糖刺激でも分泌量が低下する。
💡 寛解の病態生理的根拠
糖毒性の障害は少なくとも部分的に可逆的である。インスリン療法と低炭水化物食により血糖を正常化すると:

① 酸化ストレスが軽減され残存β細胞のミトコンドリア機能が回復
② ERストレスが解除されインスリン合成・分泌能が回復
③ IAPPの過剰分泌が減少し、新たなアミロイド形成が抑制される

これらにより残存β細胞の機能が段階的に回復し、最終的にインスリン不要の「糖尿病寛解」が達成されうる。早期診断・早期積極治療が寛解達成の最大の鍵である。

慢性合併症の病態

持続的高血糖は酸化ストレス・終末糖化産物(AGEs)形成・ポリオール経路亢進・プロテインキナーゼC活性化などを通じて血管・神経・眼・腎臓に障害を与える。

糖尿病慢性合併症の臓器別影響 持続的 高血糖 AGEs / 酸化ストレス 👁 眼 白内障(犬で多発) 糖尿病網膜症(犬・稀) 🧠 神経 糖尿病性神経障害 猫:後肢の底行性歩行 🫘 腎臓 糸球体硬化症(軽度) 尿路感染症の素因 🫀 肝臓 肝脂肪症(猫) 肝酵素上昇(犬) 🦴 筋肉・皮膚 筋萎縮・体重減少 被毛光沢の消失 🛡 免疫 好中球機能低下 感染症への罹患性↑

図 3-2. 慢性高血糖による多臓器障害。犬では白内障・感染症が特に問題となり、猫では末梢神経障害・肝脂肪症が重要な合併症となる。

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)

インスリン絶対的欠乏状態では、脂肪分解が亢進し肝臓でケトン体(アセトアセテート・β-ヒドロキシ酪酸・アセトン)が過剰産生される。DKAは代謝性アシドーシス・脱水・電解質異常を伴う緊急病態である。

🚨 緊急病態 — DKA の診断基準
高血糖 (>252 mg/dL) + ケトン尿症/ケトン血症 + 代謝性アシドーシス(pH <7.3 または HCO₃⁻ <15 mEq/L)。
犬: 急激に発症することが多い。猫: DKAより高浸透圧性非ケトン性症候群(HONK)も発生。

ケトン体:産生・利用・病態

ケトン体とは、脂肪酸のβ酸化が亢進した状態で肝臓ミトコンドリアが産生する3種の有機酸(アセトアセテート・β-ヒドロキシ酪酸・アセトン)の総称である。正常時にも微量産生されて脳・心筋のエネルギー源として機能するが、インスリン欠乏時には産生が利用を大幅に上回り、代謝性アシドーシスを招く。

ケトン体の産生・血中放出・末梢利用の経路 肝臓(ケトン体産生) 脂肪酸(FFA) 脂肪組織リポリシス由来 β酸化(ミトコンドリア) アセチル CoA インスリン欠乏時→TCA停止→過剰蓄積 HMG-CoA 合成酵素 HMG-CoA HMG-CoA リアーゼ アセトアセテート β-ヒドロキシ酪酸 還元(NADH↑時) アセトン 自然脱炭酸→呼気排出 (甘いフルーツ臭の原因) エネルギー利用不可 インスリン リポリシスを抑制 → FFA 低下 → ケトン体産生↓ 末梢組織(ケトン体利用) β-ヒドロキシ酪酸(血流) 主要ケトン体:DKA時の約 75% 酸化(スクシニルCoA転移酵素) アセトアセテート(再変換) アセチル CoA × 2 TCA 回路 → ATP 産生 脳・心筋・骨格筋のエネルギー源 血中放出 → 末梢組織へ輸送 過剰蓄積 → 代謝性アシドーシス アニオンギャップ↑ / 血液 pH↓ / DKA

図 3-3. ケトン体の産生・血中放出・末梢利用の経路。β-ヒドロキシ酪酸が最主要ケトン体であり、尿試験紙では検出されない点が臨床上重要。

3種のケトン体の特徴

ケトン体 特徴 検出法
アセトアセテート(AcAc) 産生の起点。β-OHBへ還元される。末梢組織でアセチルCoAへ分解されTCA回路へ入る。 尿試験紙(ニトロプルシド法)で検出可
β-ヒドロキシ酪酸(β-OHB) DKA時に最も血中濃度が高い主要ケトン体(約75%)。NADHが多い環境で産生が増加する。尿試験紙では検出されないことに注意。 血液β-OHB専用センサー(最も精度高)
アセトン AcAcの自然脱炭酸で生成。呼気の甘いフルーツ臭の原因。エネルギーとしては利用不可。 呼気臭・一部尿試験紙で検出
⚠ 尿試験紙の落とし穴
市販の尿ケトン試験紙(ニトロプルシド法)はアセトアセテートとアセトンしか検出しない。DKA早期や治療初期はβ-ヒドロキシ酪酸が主体のため、尿試験紙陰性でもケトアシドーシスが存在する場合がある。血液β-OHB測定(>0.5 mmol/L で陽性)の併用が強く推奨される。
🐶🐱 犬と猫の種差
犬:インスリン欠乏時にケトン体が速やかに蓄積し、DKAへ移行しやすい。典型的なアセトン臭(甘いフルーツ臭)が呼気・尿に認められることがある。

猫:肝脂肪症(脂肪肝) No.028 猫の肝リピドーシス を同時に発症しやすく、ケトン体よりも高浸透圧状態(HONK)が前景に立つ場合がある。また猫はケトン体の嗅覚認知が鋭く、食欲廃絶の一因になりうる。
💊 DKA治療中のモニタリング上の注意
治療開始後、β-OHBはアセトアセテートより早く低下する。インスリン投与によりβ-OHB がアセトアセテートへ再変換されるため、尿ケトン(AcAc)は治療中に一時的に上昇することがある。臨床的改善にもかかわらず尿試験紙が悪化したように見えるこの現象に惑わされず、血液β-OHBの低下・臨床症状・pH 改善を総合して判断することが重要。
Chapter 4 — 薬理学

血糖調節薬の機序と使用法

獣医臨床で使用される血糖降下薬は、インスリン製剤と経口・注射系血糖降下薬に大別される。各薬剤の標的部位・作用機序・種差を正確に理解することが安全な使用の前提となる。

インスリン製剤の種類と使用指針

各種インスリン製剤の作用プロファイル(犬・猫) 超速効型・速効型・中間型・持効型インスリンの作用発現時間、ピーク、持続時間のグラフ 0 4h 8h 12h 16h 20h 時間(投与後) 血中インスリン活性 速効型 レギュラー 中間型 (NPH) レンテ / NPH 持効型 グラルギン / デテミル 超速効型 リスプロ 超速効型 速効型 中間型 持効型

図 4-1. インスリン製剤の作用プロファイル比較。持効型は平坦なプロファイルを示し、低血糖リスクが少ない(特に猫に推奨)。

グラルギン(Glargine)
持効型インスリンアナログ
作用機序:皮下で微結晶を形成し、ゆっくりと溶解・吸収される。24時間にわたり安定した基礎インスリン濃度を提供。

猫:第一選択薬。寛解率が高い。
犬:中間型の代替として使用可。
プロタミン亜鉛インスリン(PZI)
持効型インスリン
作用機序:亜鉛とプロタミンの複合体が吸収を遅延させる。猫で8–24時間の作用持続。

猫:グラルギンと並ぶ第一選択。特に猫専用PZI(ProZinc®)が開発。
犬:使用可能だが中間型が主流。
NPH インスリン(中間型)
中間型インスリン
作用機序:プロタミンにより吸収を中等度に遅延。ピークあり。

犬:広く使用される標準製剤。
猫:作用時間が短く、cat の場合は1日2–3回投与が必要。
レギュラーインスリン
速効型インスリン(緊急用)
作用機序:単量体として速やかに吸収。IV投与可能。

適応:DKA・高浸透圧性緊急時のIV CRI(持続点滴)。
注意:急激な低血糖を招く可能性。頻回モニタリング必須。

非インスリン系血糖降下薬

非インスリン系血糖降下薬の作用部位 各薬剤の膵臓・腸管・腎臓・肝臓への作用部位を示す図 膵臓 β細胞・α細胞 腸管 L細胞・α-グルコシダーゼ 腎臓 SGLT-2(近位尿細管) 肝臓 糖新生・グリコーゲン合成 スルホニルウレア SU剤(猫:一部使用) GLP-1 受容体作動薬 エキセナチド(猫:研究段階) SGLT-2 阻害薬 ベキサグリフロジン(猫:承認) α-グルコシダーゼ 阻害薬(アカルボース) ⚠ メトホルミン 猫では乳酸アシドーシスのリスク 獣医臨床での使用は推奨されない

図 4-2. 非インスリン系血糖降下薬の標的臓器と作用部位。SGLT-2阻害薬は近年猫の糖尿病管理に承認された(ベキサグリフロジン)。

ベキサグリフロジン (Bexagliflozin)
SGLT-2 阻害薬 — 猫に FDA 承認
機序:腎近位尿細管のSGLT-2を阻害し、グルコースを尿中に排泄させる(グルコース再吸収80–90%阻害)。

特徴:インスリン非依存的作用。体重減少効果あり。DKAのリスクに注意。
グリピジド (Glipizide)
スルホニルウレア — 猫(補助的)
機序:β細胞K_ATPチャネルを閉鎖し、インスリン分泌を刺激する。

注意:効果が出るまで数週間かかる。低血糖・嘔吐・肝毒性に注意。単独では不十分なことが多い。
アカルボース (Acarbose)
α-グルコシダーゼ阻害薬
機序:腸管でのα-グルコシダーゼを競合阻害し、多糖の消化・単糖の吸収を遅らせる。食後血糖上昇を平坦化。

使用:犬猫ともに食事療法の補助として使用可。消化管副作用(下痢・腸内ガス産生)が制限因子。
注意すべき禁忌薬剤
猫での使用を避けるべき薬剤
メトホルミン:猫では乳酸アシドーシスリスクが高く使用不可。
チアゾリジン系:猫での安全性未確立。
スルホニルウレア(グリベンクラミド):犬では長時間作用型で低血糖リスク大。
Chapter 5 — 臨床比較

犬と猫の糖尿病管理:臨床的比較

同じ「糖尿病」という診断名でも、犬と猫では病態・治療法・モニタリング・予後が根本的に異なる。この章では両種の主要な相違点を集約する。

診断・治療・モニタリングの包括比較

項目
好発年齢 7–9 歳(中高齢) 10–13 歳(高齢)
好発品種 プードル・ダックスフンド・ビーグル・サモエド バーミーズ・品種差は少ない
性差 雌に多い(黄体ホルモン関連) 去勢雄に多い(肥満関連)
主症状 多飲・多尿・体重減少・白内障 多飲・多尿・体重減少・底行性歩行
第一選択インスリン NPH / レンテ (q12h) グラルギン / PZI (q12h)
食事療法 一定量・一定時刻の食事
食物繊維を増やした処方食
低炭水化物(<12% ME)・高タンパク
缶詰食が理想的
血糖モニタリング 血糖曲線(12時間)
フルクトサミン(2週毎)
持続血糖モニター(FreeStyle Libre等)
フルクトサミン(2週毎)
ストレス血糖補正 通常は不要 必須(フルクトサミンで確認)
寛解の可能性 <5%(黄体期関連以外) 30–50%(積極的管理で)
予後(適切治療下) 中央生存期間 2–3 年 良好(寛解例は正常寿命)
💡 猫の糖尿病寛解を達成するための戦略
早期診断 → 即座にグラルギン + 低炭水化物缶詰食を開始 → フルクトサミンで週2回モニタリング → 血糖が持続的に<100 mg/dLになったらインスリン中止 → 低炭水化物食は継続。
Chapter 6 — 臨床モニタリング

血糖モニタリングの実際:インタラクティブガイド

適切なモニタリングは安全なインスリン療法の基盤である。以下のシミュレーターで、血糖値と臨床状態の関係を確認しよう。

モニタリング指標の解釈

検査 犬の目標 猫の目標 注意点
空腹時血糖 90–162 mg/dL 90–162 mg/dL 猫はストレスで偽高値
最低血糖(ナディア) >72 mg/dL >72 mg/dL <60 mg/dL = 低血糖緊急
フルクトサミン(良好) 350–450 μmol/L 350–450 μmol/L 過去約14日の平均血糖を反映
フルクトサミン(要注意) 450–500 μmol/L 450–500 μmol/L コントロール不十分・治療見直しを検討
フルクトサミン(不良) >500 μmol/L >500 μmol/L 早期の治療再評価が必要
HbA1c(犬) <5.5% 猫では使用困難 犬の赤血球寿命110日、猫70日
尿糖 No.025 犬と猫の尿検査 陰性〜軽度陽性 陰性〜軽度陽性 腎閾値の種差に注意
ケトン体 陰性 陰性 陽性 = DKA 疑い

糖化アルブミン検査(フルクトサミン)の詳細

フルクトサミンは血清アルブミンをはじめとする血漿タンパク質が非酵素的にグルコースと結合(糖化)した産物の総称である。アルブミンの血中半減期(犬約8日・猫約7日)を反映し、採血前約2週間の平均血糖状態を示す中期的血糖指標として機能する。猫のストレス性一過性高血糖の影響を受けない点が最大の臨床的意義である。

糖化アルブミン(フルクトサミン)の原理と時間軸比較 糖化反応(メイラード反応)の原理 アルブミン 血中半減期 犬:約8日 / 猫:約7日 + グルコース 血中濃度が高いほど 糖化が多く起こる 非酵素的 糖化反応 糖化アルブミン (フルクトサミン) 過去約14日の平均血糖を反映 各モニタリング検査が反映する時間軸の比較 今日 2週間前 1か月前 2か月前 3か月前 血糖(単回) 採血時点のみ 猫:ストレスで偽高値 CGM(14日間・連続) リアルタイム血糖プロファイル ストレスなし・低血糖検出可 フルクトサミン(約14日) 猫のストレス高血糖を除外できる HbA1c(犬:約3か月 / 猫:約2か月) 犬では有用。猫は赤血球寿命が短くヘモグロビン糖化効率も低いため信頼性が低い

図 6-1. 各血糖モニタリング検査が反映する時間軸の比較。猫ではフルクトサミンとCGMの組み合わせが推奨される。

フルクトサミンの偽低値を招く病態(重要)

  • 低アルブミン血症(<20 g/L):糖化される基質(アルブミン)自体が減少するため、実際の血糖より低い値が得られる。肝疾患・蛋白漏出性腸症・腎性蛋白尿では必ず血清アルブミン値と併せて解釈すること。
  • 甲状腺機能亢進症 No.023 猫の甲状腺 (猫):甲状腺ホルモン過剰によりアルブミン代謝回転が亢進し半減期が短縮するため、実際の血糖コントロールより良好に見える偽低値を示す。高齢猫での糖尿病管理では甲状腺同時測定が望ましい。
  • 溶血・高ビリルビン血症:ニトロブルーテトラゾリウム(NBT)還元法の測定系に干渉し偽低値を生じる。採血後速やかに遠心分離し、溶血の有無を必ず確認する。
  • 急激な血糖変動:直近数日だけ血糖が改善した場合でもフルクトサミンはまだ「不良」を示す。逆に長期高血糖でも直近改善が始まっていれば次回測定で改善が確認される。血糖曲線との併用が重要。
🐱 猫でフルクトサミンが特に重要な理由
猫は採血時のストレスで血糖が 270–360 mg/dL まで上昇することがあり、単回の血糖測定だけではコントロール状態の評価が困難である。フルクトサミンはアルブミンへの糖化という化学反応を積分した値であるため、採血時の一過性変化の影響を全く受けない。これが猫の糖尿病モニタリングにおいてフルクトサミンが最重要検査と位置づけられる理由である。
⚠ HbA1c は猫では信頼性が低い
犬の赤血球寿命は約110日であるためHbA1cは過去3か月の平均血糖をよく反映するが、猫の赤血球寿命は約70日と短く、さらにヘモグロビンのグリコシル化効率がヒト・犬より低いため、HbA1cは猫の血糖モニタリングには信頼性が低い。猫ではフルクトサミン(2週毎)+CGM(必要時)の組み合わせが推奨される。

持続血糖モニター(CGM)の活用

FreeStyle Libre(Abbott)などのフラッシュグルコースモニタリングシステムは、犬と猫の耳介や背部に貼付することで、14日間にわたり5分毎の間質液グルコース値を記録できる。通院ストレスなしに詳細な血糖プロファイルを得られ、インスリン用量調整に有用である。

⚠ CGM使用時の注意
犬・猫用として承認されたCGMはない(ヒト用デバイスの流用)。校正係数が必要な場合がある。測定値は間質液グルコースであり、血糖値より15–20分の遅延がある。低血糖を疑う場合は必ず採血による血糖確認を行う。
参考文献・索引

主要参考資料・キーワード索引

主要参考文献

  • Nelson RW & Couto CG. Small Animal Internal Medicine, 6th ed. Elsevier, 2020.
  • Feldman EC & Nelson RW. Canine and Feline Endocrinology and Reproduction, 3rd ed. Saunders, 2004.
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  • Roomp K & Rand J. Intensive blood glucose control is safe and effective in diabetic cats using home monitoring and treatment with glargine. J Feline Med Surg 2009;11(8):668–682.
  • Niessen SJM, et al. Bexagliflozin in cats with diabetes mellitus. J Vet Intern Med 2023;37(3):942–957.
  • Zini E, et al. Prognostic factors for chronic complications in cats with diabetes mellitus. J Vet Intern Med 2010;24(2):327–335.
  • Gostelow R, et al. Systematic review of feline diabetic remission. J Vet Intern Med 2014;28(6):1853–1860.

キーワード索引

α細胞 → Ch.2 組織学

β細胞破壊 → Ch.3 病理学

アカルボース → Ch.4 薬理学

アミロイド(膵島) → Ch.2 組織学

インスリン分泌機序 → Ch.1 生理学

インスリン抵抗性 → Ch.3 病理学

エキセナチド → Ch.4 薬理学

グラルギン → Ch.4 薬理学

グルカゴン → Ch.1 生理学

グリコーゲン → Ch.1 生理学

グリピジド → Ch.4 薬理学

血糖曲線 → Ch.6 モニタリング

ケトアシドーシス → Ch.3 病理学

持続血糖モニター → Ch.6 モニタリング

スルホニルウレア → Ch.4 薬理学

ストレス血糖 → Ch.1 生理学

寛解(糖尿病) → Ch.5 比較

低炭水化物食 → Ch.5 比較

フルクトサミン → Ch.6 モニタリング

ベキサグリフロジン → Ch.4 薬理学

ランゲルハンス島 → Ch.2 組織学

K_ATPチャネル → Ch.1 生理学

SGLT-2阻害薬 → Ch.4 薬理学

GLUT-2 / GLUT-4 → Ch.1 生理学

NPH インスリン → Ch.4 薬理学

PZI インスリン → Ch.4 薬理学

DKA(糖尿病性ケトアシドーシス) → Ch.3

HbA1c / フルクトサミン → Ch.6

このテキストについて

対象読者:獣医学部学生・研修獣医師・臨床獣医師
免責事項:本資料は教育目的であり、個々の患者に対する具体的な治療判断は担当獣医師の責任において行ってください。