CHAPTER 1 ── 基礎生理学
体液生理学の基礎
輸液製剤を選ぶという判断は、すべて「体液がどこに、どれだけ足りないか」という生理学的な問いに対する答えです。まずは体内の水と電解質がどのように分布し、動いているのかを整理します。
1-1 体液区分(細胞内液・間質液・血漿)ICF / ISF / Plasma
犬・猫の体重に占める水分量(総体液量、Total Body Water:TBW)はおよそ体重の60% です。肥満個体では脂肪組織の含水率が低いため、この割合はやや低く見積もる必要があります。TBWは大きく2つの区画に分けられます。
細胞内液(ICF) :TBWの約2/3(体重の約40%)。カリウムを主体とする陽イオンが優位。
細胞外液(ECF) :TBWの約1/3(体重の約20%)。ナトリウムを主体とする陽イオンが優位。さらに以下に分かれる。
間質液(ISF) :ECFの約3/4(体重の約15%)。血管外・細胞外の組織間隙を満たす。
血漿(Plasma) :ECFの約1/4(体重の約5%)。血管内に留まり、循環血液量の水分成分を構成する。
総体液量(TBW)=体重の約60%
細胞内液 ICF(体重の約40%)
主要イオン:K+, Mg2+, リン酸
間質液 ISF
体重の約15%
血管外・組織間隙
血漿 Plasma
体重の約5%
主要イオン:Na+, Cl-
ECF(細胞外液)= ISF + 血漿 = 体重の約20%
図1-1 体液区分の模式図。輸液は原則としてまず血漿(血管内)に入り、製剤の性質に応じて間質・細胞内へと再分布する。
この区分を意識すると、「なぜ輸液の種類によって効果の出方が違うのか」が理解しやすくなります。等張性の晶質液は主にECF(間質+血漿)に分布し、5%ブドウ糖液のような自由水はICFまで含めた全体に均等に分布します。膠質液は分子量が大きいため血漿内に留まりやすく、血管内容量の維持に優れます。
1-2 浸透圧と膠質浸透圧Osmolality / Oncotic pressure
体液の移動は浸透圧の差によって駆動されます。犬・猫の血漿浸透圧の基準値はおよそ290〜310 mOsm/kg で、主にNa+とその随伴陰イオン(Cl-、HCO3-)、グルコース、尿素によって規定されます。
浸透圧(osmolality)と有効浸透圧(tonicity)
Na+やグルコース、マンニトールのように細胞膜を自由に通過できない溶質は「有効浸透圧物質」として水の移動を引き起こしますが、尿素のように細胞膜を自由に通過する溶質は浸透圧計算上は数値に加わっても、実際の水の移動(緊張度=tonicity)には寄与しません。輸液を考えるときに重要なのは、この「実際に水を動かす力=有効浸透圧」の方です。
膠質浸透圧(Colloid Osmotic Pressure:COP)
血漿蛋白(主にアルブミン)は分子量が大きく毛細血管壁を通過しにくいため、血管内に水分を保持する方向の圧(膠質浸透圧)を生み出します。血管内外の水分移動は、この膠質浸透圧と静水圧(Starlingの法則)のバランスで決まります。低アルブミン血症の患者では膠質浸透圧が低下し、晶質液が血管外へ漏出しやすくなる(浮腫・胸腹水の増悪)ため、膠質液の適応を検討する根拠になります。
💡 Starlingの法則(簡略版)
毛細血管からの水の移動方向は「(血管内静水圧 − 間質静水圧)−(血管内膠質浸透圧 − 間質膠質浸透圧)」で決まります。輸液で血管内静水圧を上げすぎたり、低アルブミン血症で血管内膠質浸透圧が下がったりすると、水は間質側へ移動しやすくなります。
主な輸液製剤の浸透圧比較(等張域を中心に)
← 低張 等張域(血漿とほぼ同じ) 高張 →
なお高張食塩水(7.2〜7.5%)は約2,400 mOsm/Lと図の範囲を大きく超える高張液で、少量で急速に血管内へ水を引き込む特性を利用します(4-3節・5-2節)。
1-3 水分・電解質の出納とホメオスタシスFluid balance
健常な犬・猫では、飲水・食餌からの水分摂取と代謝水(栄養素の酸化で生じる水)の合計が、尿・糞便・呼気や皮膚からの不感蒸泄によって失われる水分量とほぼ釣り合っています。
経路 内容 目安(成犬)
摂取 飲水・食餌中水分 約40〜60 mL/kg/日
摂取 代謝水 約5〜10 mL/kg/日
喪失(不感蒸泄) 呼気・皮膚からの蒸散 約20 mL/kg/日
喪失(尿) 腎からの排泄 約20〜40 mL/kg/日
喪失(糞便) 通常はごく少量 約5〜10 mL/kg/日
この出納バランスが崩れる代表例が、嘔吐・下痢・多尿・摂食不良・発熱・熱中症などです。輸液療法の第一の目的は、経口摂取で追いつかなくなったこのバランスを静脈内から補い、体液量と組成を正常域に戻すことにあります。
ナトリウムとカリウムの役割分担
Na+はECF(血漿・間質)の浸透圧を規定する主要イオンであり、「体内のNa+量」がほぼそのまま「ECF量=循環血液量」を規定します。一方K+はICFの主要陽イオンで、細胞機能(特に心筋・骨格筋の興奮性)に直結するため、輸液中のK+濃度と投与速度の管理は不整脈予防の観点からも重要です。
1-4 酸塩基平衡の基礎Acid-base
血液pHは主に重炭酸緩衝系(HCO3-/CO2)によって狭い範囲(犬猫ともにおよそ7.35〜7.45)に維持されています。輸液製剤の組成は、この酸塩基平衡に直接影響します。
⚠ 生理食塩水と高Cl性代謝性アシドーシス
生理食塩水はNa+・Cl-がともに154 mEq/Lと血漿より高いCl-濃度を持ち、緩衝作用のある陰イオン(乳酸・酢酸・重炭酸など)を含みません。大量・急速投与では血中Cl-濃度が上昇し、希釈性かつ高Cl性の代謝性アシドーシスを来しうることが知られています。
乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液に含まれる乳酸・酢酸は、肝臓(乳酸)や骨格筋・肝臓(酢酸)で代謝される過程で重炭酸イオンを生成し、緩衝能を補います。これが「バランス晶質液(balanced crystalloid)」と呼ばれる所以で、生理食塩水のような「非バランス晶質液(unbalanced crystalloid)」との重要な違いです。
アニオンギャップ(Anion Gap)
AG=Na+ −(Cl− + HCO3−)で計算され、犬でおよそ12〜24 mEq/L、猫でおよそ13〜27 mEq/L が目安とされます(施設・測定機器により基準範囲は異なります)。AG開大性の代謝性アシドーシス(乳酸アシドーシス、腎不全、糖尿病性ケトアシドーシスなど)と、AG正常性の代謝性アシドーシス(重炭酸喪失、生理食塩水大量投与など)を鑑別する手がかりになります。
1-5 犬と猫の体液特性の違いSpecies differences
犬用の輸液プロトコルをそのまま猫に当てはめると、思わぬ合併症を招くことがあります。両種の生理学的な違いを理解しておくことが、安全な輸液の第一歩です。
🐕 犬
体格差が大きく(チワワ〜グレートデンまで)、体重あたりの代謝率・輸液必要量のばらつきが大きい。比較的まとまった急速輸液に耐えやすく、2024年AAHAガイドラインでのショック輸液速度は
15〜20 mL/kg (15〜30分)。
🐈 猫
循環血液量が体重比で小さく、潜在性の
肥大型心筋症(HCM)
を有する個体が少なくないため急速輸液による肺水腫・胸水のリスクが相対的に高い。ショック輸液速度は
5〜10 mL/kg (15〜30分)と犬より控えめに設定される。
猫は輸液過剰に敏感: 心筋の予備能が低い個体が多く、投与速度・総量ともに慎重なモニタリングが必要。
猫は慢性腎臓病(CKD)
の有病率が高い: 皮下輸液を含めた在宅管理の機会が多く、長期的な電解質モニタリングが重要。
犬は出血性ショック・GDVなど急性の大量輸液が必要な病態に遭遇しやすい: 晶質液の急速大量投与や高張食塩水の適応を検討する場面が多い。
ストレス性高血糖: 猫は採血・入院ストレスで一過性高血糖を来しやすく、ブドウ糖加輸液の解釈やモニタリングでは注意が必要。
CHAPTER 2 ── 輸液製剤各論①
晶質液(クリスタロイド)
日常臨床で使用する輸液の大部分を占めるのが、電解質を主成分とする晶質液です。分子量の小さいイオンで構成されるため血管壁を自由に通過し、細胞外液全体に速やかに分布します。
2-1 等張性電解質輸液とはIsotonic replacement fluids
血漿とほぼ同じ電解質濃度・浸透圧を持つ輸液を「等張性電解質輸液」、あるいは投与後に細胞外液を増量させる働きから「細胞外液補充液 」と呼びます。乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、生理食塩水などが代表例です。
等張性であるためICF(細胞内)への水の移動はほとんど起こらず、投与量はECF(間質+血漿)にのみ分布します。教育上よく用いられる目安として、投与後に体内で平衡に達すると、間質と血管内へおよそ3:1の比率で分布するとされます。つまり乳酸リンゲル液を1,000 mL投与しても、平衡後に血管内に留まるのはおよそ250 mL程度と考えられ、これが「循環血液量を増やすには晶質液は膠質液より多くの量が必要」と言われる理由です。
💡 使いどころの大枠
等張性電解質輸液は、①出血・脱水による循環血液量減少への補充、②周術期の維持輸液、③電解質異常が明らかでない緊急時の初期輸液、という3つの場面で第一選択になります。
2-2 輸液バッグ図鑑:等張晶質液Isotonic crystalloid catalog
代表的な等張性電解質輸液の組成と特性を、実際のバッグラベルをイメージした形式で比較します。数値は代表的な製剤の組成例で、実際の製品ごとにわずかな差があります。
乳酸リンゲル液 vs 酢酸リンゲル液
両者はNa+・K+・Cl-の組成がほぼ同じで、違いは緩衝剤(乳酸 vs 酢酸)にあります。乳酸は主に肝臓 で代謝されるため、重度肝機能障害や肝血流の乏しいショック状態では代謝が遅延し、乳酸値の解釈がしづらくなる・高乳酸血症が助長されるという欠点があります。酢酸は肝臓に加えて骨格筋を含む末梢組織 でも代謝されるため、肝機能に依存しにくく、肝疾患症例や肝血流低下が疑われる周術期において酢酸リンゲル液が選択されることがあります。また乳酸リンゲル液に含まれるCa2+は、クエン酸加血液製剤と混注すると凝固を来す、炭酸・リン酸を含む薬剤と配合変化を起こすといった配合上の制約がある点にも注意が必要です。
2-3 低張性維持輸液(1号液〜4号液の考え方)Hypotonic maintenance fluids
人医療では生理食塩水と5%ブドウ糖液を種々の比率で混合した「1号液〜4号液」という維持液類が体系化されており、獣医療でもその考え方は輸液戦略の理解に役立ちます。1号液に近づくほど生理食塩水の比率が高く電解質補給効果が大きく、4号液に近づくほどブドウ糖液の比率が高く自由水補給効果が大きくなります。
分類 通称 K+ 特徴・用途
1号液 開始液 含まず 病態不明時の安全性を優先。緊急時の水分・電解質補給の初期選択。
2号液 脱水補給液 含む 細胞内電解質(K+など)も同時に補いたい脱水例。臨床使用頻度は低め。
3号液 維持液 含む 1日の水分・電解質必要量に近い組成。最も汎用される維持液。
4号液 術後回復液 含まず/ごく少量 電解質濃度が最も低く、自由水補給が主目的。腎機能未熟な新生子など。
ただし小動物臨床の現場では、既製の1〜4号液をそのまま用いるよりも、等張性電解質輸液(乳酸/酢酸リンゲル液)をベースに、必要に応じてKCl(塩化カリウム)を添加して自家調製する 方法が広く行われています。これは輸液速度や病態の変化に応じてK+濃度を柔軟に調整できる利点があるためです。K+補正の目安は次の通りです。
血清K+(mEq/L) 輸液へのKCl添加量の目安
3.5〜5.5(正常域) 10 mEq/L
3.0〜3.5 20 mEq/L
2.5〜3.0 30 mEq/L
2.0〜2.5 40 mEq/L
2.0未満 最大80 mEq/L(要individualized管理)
⚠ カリウム加輸液の投与速度上限
カリウム加輸液は、一般に
0.5 mEq/kg/時 を超えない速度で投与することが推奨されます。急速投与は致死性不整脈(高カリウム血症)を招くため、投与ルート・輸液ポンプの設定を必ず確認してください。
2-4 ブドウ糖液と高張食塩水Dextrose & Hypertonic saline
5%ブドウ糖液(D5W)
投与時はバッグ内で等張ですが、糖が速やかに代謝されて水になるため、実質的には「自由水」を投与しているのと同じ効果を持ちます。自由水はICF・ISF・血漿のすべてに均等に分布するため、循環血液量の急速な補充には不向きです。主な適応は、高ナトリウム血症の補正、自由水欠乏(純粋な水分欠乏型脱水)の補正、持続点滴薬剤の希釈用ビヒクルなどです。
⚠ ブドウ糖液単独投与の落とし穴
5%ブドウ糖液を大量急速投与すると、血管内のNa+濃度が急激に希釈され、浸透圧性の水中毒(脳浮腫)を来すリスクがあります。また糖尿病や重篤な高血糖を有する患者、頭部外傷などで脳浮腫が懸念される患者への投与は慎重に判断します。
高張食塩水(7.2〜7.5% NaCl)
Na+濃度が1,200〜1,300 mEq/L前後、浸透圧は約2,400 mOsm/Lに達する高張液です。少量を急速投与することで間質・細胞内から血管内へ水を引き込み、短時間で循環血液量を増加させることができます(small volume resuscitation )。代表的な適応は、大量出血・GDV(胃拡張捻転症候群)などの重度ショック、頭部外傷に伴う頭蓋内圧亢進です。
犬の目安用量:4〜5 mL/kg を5〜10分かけて投与。
猫では循環血液量が少なく血管迷走神経反射のリスクもあるため、より少量・より緩徐に投与し、適応を慎重に判断する。
効果は一過性(間質液からの水の引き込みによるため)であり、単独では体液欠乏そのものを是正できない。必ず等張性晶質液など後続の輸液と組み合わせる。
脱水(特にNa欠乏型脱水)が既にある患者への単独投与は、細胞内脱水を助長するため避ける。
CHAPTER 3 ── 輸液製剤各論②
膠質液・特殊輸液製剤
分子量の大きな物質を含み、血管内に水分を留めやすい膠質液。晶質液だけでは対応しきれない循環血液量減少や低アルブミン血症の管理に、どのような選択肢があるかを整理します。
3-1 膠質液とはColloids
膠質液(コロイド)は、分子量が数万〜数十万の高分子物質を含む輸液で、健常な血管内皮を通過しにくいため、投与した水分の大部分が血管内(血漿)に留まります。晶質液が「間質:血管内=3:1」で分布するのに対し、膠質液は理論上ほぼ血管内に留まるため、少ない投与量で効率的に循環血液量を増やせるのが特徴です。
膠質液は大きく「合成膠質液(HESなど)」と「天然膠質液(血漿・アルブミン製剤・血液製剤)」に分けられます。いずれも晶質液より高価で、それぞれ固有のリスクがあるため、漫然と第一選択にするのではなく、適応を絞って使用します。
3-2 合成膠質液(HES)Hydroxyethyl starch
ヒドロキシエチルデンプン(HES)は、トウモロコシ由来のデンプンを化学修飾した血漿増量剤で、獣医救急・集中治療の現場で血管内容量の急速な補充や膠質浸透圧の維持を目的に使用されてきました。
⚠ HESをめぐる位置づけの変化
人医療では大規模臨床試験(重症敗血症患者を対象としたもの等)でHESが急性腎障害・凝固異常のリスクを増加させる可能性が報告され、重症患者への使用が大きく制限されました。獣医療でも同様の懸念(特に用量依存性の腎機能への影響や、フォンヴィレブランド因子活性低下を介した出血傾向)が指摘されており、近年は用量を抑える・敗血症や腎疾患を有する患者では回避するなど、より慎重な運用が広がっています。使用の可否は各施設のプロトコルや最新の文献を確認して判断してください。
主な適応:晶質液のみでは循環血液量が維持できない重度の低血液量性ショック、低アルブミン血症を伴う血管内容量減少。
猫は犬に比べて凝固系・腎機能への影響が懸念されやすく、用量はより保守的に設定される傾向がある。
いずれの種でも、24時間あたりの総投与量に上限を設け、腎機能・凝固能をモニタリングしながら使用する。
3-3 天然膠質液・輸血製剤Plasma, albumin, blood products
新鮮凍結血漿(FFP)
凝固因子・アルブミン・その他の血漿蛋白を含み、凝固異常(DIC、クマリン系殺鼠剤中毒など)の是正や、重度低アルブミン血症の補助的な治療に用いられます。膠質浸透圧の是正効果はアルブミン製剤単独に比べると穏やかです。
アルブミン製剤
ヒト血清アルブミン製剤は膠質浸透圧の是正に有効ですが、犬猫にとっては異種蛋白であるため、投与後(特に反復投与後)にアナフィラキシー様反応や遅発性の過敏反応を来すリスクが報告されています。近年は犬アルブミン由来の製剤も研究・臨床応用が進んでいますが、入手性は限られます。使用に際してはリスクとベネフィットを個別に検討します。
輸血製剤(全血・濃厚赤血球)
急性失血や重度貧血には、酸素運搬能を持つ赤血球成分を含む輸血製剤が必要です。晶質液・膠質液はいずれも酸素運搬能を持たないため、循環血液量を保てても組織の低酸素を是正できない場合は輸血の適応を検討します。犬では血液型(DEA各種)、猫ではAB式血液型の適合性確認(クロスマッチ・血液型判定)が輸血前に必須です。
3-4 カリウム・その他電解質の補正製剤Electrolyte additives
維持輸液や病態補正の過程では、ベースとなる晶質液に電解質を添加して個々の患者に合わせた組成を作ることが一般的です。
製剤 主な用途 投与上の注意
塩化カリウム(KCl) 低カリウム血症の補正、維持輸液への添加 原液の急速静注は致死的。必ず希釈し、投与速度上限(約0.5 mEq/kg/時)を守る。
グルコン酸カルシウム 低カルシウム血症、高カリウム血症時の心筋保護 急速静注で徐脈・不整脈のリスク。心電図モニタリング下で緩徐に投与。
硫酸マグネシウム 低マグネシウム血症、難治性不整脈 腎機能低下例では蓄積・高マグネシウム血症に注意。
リン酸カリウム/ナトリウム 低リン血症の補正(糖尿病性ケトアシドーシス管理下など) 過剰投与で低カルシウム血症・異所性石灰化のリスク。
炭酸水素ナトリウム(重炭酸) 重度代謝性アシドーシスの補正 Ca含有輸液(リンゲル液等)と混注すると沈殿。ルートを分けるか単独投与。
⚠ 混合・配合変化の基本原則
カルシウムを含む輸液(リンゲル液・乳酸/酢酸リンゲル液)に、重炭酸・リン酸を含む薬剤を混注すると沈殿を生じます。複数の電解質補正が必要な場合は、配合変化のリスクを都度確認し、必要に応じて投与ラインを分けてください。
CHAPTER 4 ── 計算と実践①
輸液量・輸液速度の計算
どれほど適切な輸液製剤を選んでも、量と速度を誤れば効果は半減し、時に有害になります。4つの計算機で、維持輸液・脱水補正・ショック輸液・点滴速度の考え方を体に馴染ませましょう。
4-1 維持輸液量計算機Maintenance rate
維持輸液量は、不感蒸泄・尿・糞便からの喪失分を補い、体液バランスを保つために1日あたり必要な水分量です。代謝率は体重にそのまま比例するわけではなく、体重が小さいほど体重あたりの代謝率は高くなるため、体重換算(linear)法とアロメトリック(体表面積)法の2通りが使われます。
💧 維持輸液量計算機
体重と動物種を入力すると、代表的な2つの方式で1日あたりの維持輸液量を算出します。
アロメトリック法(132×体重kg0.75 :犬/80×体重kg0.75 :猫)は体重2〜70kgの範囲で信頼性が高いとされます(Merck Veterinary Manual)。簡易法は小型犬で高め・大型犬で低めに出る臨床的な目安(小型犬 約100 mL/kg/日、猫 約60〜80 mL/kg/日)で、現場での素早い見積もりに便利です。最終的な速度は病態・心肺機能・尿量などを見ながら調整してください。
4-2 脱水補正量計算機Dehydration deficit
脱水の程度は身体検査所見(皮膚のツルゴール、粘膜の湿潤度、眼球の陥凹など)から推定します。臨床的に検出できるのはおおむね5%以上の脱水からとされます。
推定脱水率 身体検査所見の目安
<5% 臨床的には検出困難(病歴からの推定に依存)
5〜6% 軽度の皮膚ツルゴール低下、粘膜はやや乾燥
7〜9% 明らかな皮膚ツルゴール低下、粘膜乾燥、軽度の眼球陥凹
10〜12% 皮膚が戻らない、著明な眼球陥凹、頻脈などショック徴候が出現し得る
12〜15% 明らかなショック状態、生命の危機
💧 脱水補正量計算機
脱水補正量(mL)= 脱水率(%を小数に変換)× 体重(kg)× 1000 で算出します。
重度の脱水・ショックを伴う場合は、まず4-3節のショック輸液で急速に循環血液量を安定させたのち、残りの欠乏量を数時間〜24時間かけて補正するのが一般的です。心疾患・腎疾患を有する患者では補正時間を長めに設定し、過剰投与の徴候を注意深く観察してください。
4-3 ショック輸液(急速輸液)計算機Resuscitation bolus
2024年AAHA輸液療法ガイドラインでは、循環血液量減少性ショックへの初期対応として、全血液量(犬で約90 mL/kg、猫で約60 mL/kg)を短時間で投与する従来の「ショック用量」ではなく、少量ずつ投与して反応を評価する段階的ボーラス投与 が推奨されています。
💧 ショック輸液量計算機(2024 AAHAガイドライン準拠)
1回のボーラス後は必ず循環動態(心拍数、血圧、粘膜色・CRT、乳酸値など)を再評価し、改善が不十分であれば同量を反復します(目安として最大3回程度)。過剰輸液の徴候が見られた時点で追加投与を中止してください。
4-4 点滴速度・滴下数計算機Drip rate
輸液ポンプが使用できない環境では、輸液セットの滴下係数(1 mLあたりの滴数)から目視で滴下数を調整します。小動物では微量滴下用セット(60滴/mL)が広く使われます。
💧 点滴速度・滴下数計算機
20滴/mL・15滴/mLは主に大型犬など大容量投与向けの一般用セット、60滴/mL(微量滴下)は小型犬・猫・幼齢個体など少量を精密に投与したい場合に用いられます。可能な限り輸液ポンプ・シリンジポンプによる管理を優先してください。
CHAPTER 5 ── 計算と実践②
病態別輸液戦略(使い分け)
「この患者に、どの輸液を、どれくらいの速度で」という問いに答えるのが本章の目的です。病態ごとに輸液選択の考え方を整理します。
5-1 脱水症例への輸液選択Rehydration
脱水の大部分は等張性脱水(水とNaがほぼ等しい比率で失われる)であり、乳酸/酢酸リンゲル液のような等張性電解質輸液が第一選択です。ただし血清Na値によって選択を調整します。
血清Na 脱水の性質 輸液選択の考え方
正常域 等張性脱水 乳酸/酢酸リンゲル液などの等張性電解質輸液
低い(低Na血症) 低張性脱水(Na喪失が優位) 生理食塩水など、比較的Na濃度の高い等張液。補正速度は緩徐に(後述)。
高い(高Na血症) 高張性脱水(自由水喪失が優位) 5%ブドウ糖液や低張液を併用し自由水を補う。急速な補正は避ける。
⚠ Na補正速度の上限
血清Na濃度(特に高Na血症・低Na血症が数日以上かけて生じた慢性例)を急速に補正すると、脳浮腫や浸透圧性脱髄症候群のリスクが高まります。目安として
1日あたりのNa変化を10〜12 mEq/L以内 に収めるよう、補正速度を計算し、頻回にモニタリングしながら調整します。
5-2 ショック・急性循環不全Shock
ショックは「組織灌流が代謝需要を満たせない状態」であり、代償期(頻脈・末梢血管収縮で血圧を維持)と非代償期(血圧低下、意識レベル低下)に分けて考えます。輸液療法の基本方針は次の通りです。
第一選択: バランス晶質液(乳酸/酢酸リンゲル液)による段階的ボーラス投与(4-3節)。
晶質液のみで反応不良な場合: 合成膠質液の併用、あるいは大量出血が疑われる場合は高張食塩水によるsmall volume resuscitation(2-4節)。
出血性ショック: Hbやヘマトクリットの低下、活動性出血が疑われる場合は輸血製剤の適応を早期に検討する。止血が得られるまでは血圧を正常域まで押し上げすぎない「permissive hypotension(許容的低血圧)」の考え方が採られることもある。
⚠ 猫のショック輸液は特に慎重に
猫は循環血液量が体重比で小さく、潜在性の心筋症を有する個体も一定数存在するため、犬と同じ感覚で急速大量輸液を行うと急性肺水腫・胸水を招くことがあります。少量ずつ投与して呼吸数・努力呼吸の有無をこまめに確認してください。
5-3 腎臓病(AKI/CKD)における輸液Renal disease
急性腎障害(AKI)
AKIでは腎血流・糸球体濾過量を維持するための積極的な輸液(利尿を促す目的も含む)が必要になる一方、乏尿・無尿の症例では容易に輸液過剰・肺水腫に陥ります。輸液反応性(6-1節)と尿量を頻回に評価しながら、必要量を都度見直す「動的な」管理が求められます。
初期は循環血液量の適正化を優先し、脱水があれば是正する。
尿量が確保された後は、尿量+不感蒸泄分を目安に輸液量を調整する(尿量に応じた輸液:ins and outs管理)。
乏尿・無尿が持続する場合は輸液過剰のリスクが非常に高く、体重・体腔液貯留・肺野聴診を頻回にモニタリングする。
慢性腎臓病(CKD)
CKD、特に猫での有病率が高く、腎の濃縮能低下により多尿・多飲を呈します。急性増悪時の入院輸液は等張性電解質輸液(乳酸/酢酸リンゲル液や生理食塩水)で行い、電解質(特にK+・リン)を定期的に確認します。安定期の在宅補助療法として、皮下輸液(等張性電解質輸液を用いた自己管理下でのSC輸液)が広く行われています。→腎臓
💡 皮下輸液(SC fluids)の基本
皮下輸液には吸収に時間を要する等張性の晶質液(乳酸リンゲル液や生理食塩水など)を用います。膠質液や高張液、K+濃度の高い輸液は皮下組織の刺激・壊死のリスクがあるため皮下投与には用いません。
5-4 心疾患合併例の輸液管理Cardiac disease
僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)、拡張型心筋症(DCM)、肥大型心筋症(HCM)などの心疾患を有する患者では、心臓が輸液負荷(前負荷増加)を代償しきれず、うっ血性心不全(肺水腫・胸水)を来しやすくなります。
維持輸液量は通常より控えめに設定し、必要最小限に留める。
急速なボーラス投与は原則として避け、やむを得ず行う場合は少量ずつ・頻回の再評価を徹底する。
呼吸数・努力呼吸の有無を輸液中も継続的にモニタリングする(6-2節)。
Na負荷を避ける目的で、比較的Na含有量の低い輸液が選択されることもある(ただし他の病態とのバランスを個別に検討)。
利尿薬(フロセミドなど)を投与中の患者では、電解質(特にK+)モニタリングを並行する。
5-5 肝疾患における輸液の注意点Hepatic disease
緩衝剤の選択: 重度肝機能障害・門脈体循環シャント(PSS)などでは乳酸の代謝が遅延するため、酢酸リンゲル液など乳酸を含まない晶質液が好まれる。
低血糖への配慮: 肝不全・PSSでは糖新生能低下により低血糖を来しやすく、ブドウ糖加輸液が必要になることがある。
腹水・門脈圧亢進: Na負荷は体液貯留・腹水を助長しうるため、過剰なNa投与は避ける。
肝性脳症: 電解質異常(特に低K血症・アルカローシス)はアンモニア産生・脳への移行を助長しうるため、K+補正を含めた電解質管理が重要。
5-6 周術期の輸液管理Perioperative
麻酔中は血管拡張・心拍出量低下により相対的な循環血液量不足が生じやすく、周術期輸液はこれを補う目的で行われます。かつては犬猫とも一律に10 mL/kg/時 の晶質液投与が広く行われていましたが、輸液過剰による合併症への懸念から、近年のAAHA麻酔・モニタリングガイドラインでは基礎速度が引き下げられています。
時期 犬(健常・正常血液量) 猫(健常・正常血液量)
〜2013年頃までの慣行 10 mL/kg/時 10 mL/kg/時
現行の推奨(基礎速度) 5 mL/kg/時 3〜5 mL/kg/時
術中に低血圧が持続する場合は、まず麻酔深度・体温・心拍数など他の要因を確認したうえで、晶質液のボーラス投与、膠質液、あるいは強心薬・昇圧薬の使用を検討します。輸液量を一律に増やすだけで血圧を管理しようとしない、という点が近年の考え方の要点です。
💡 輸液反応性を見ながらの調整
健常で正常血液量の患者に対する「基礎速度」はあくまで出発点です。出血量、術式、患者の心肺機能に応じて、術前から術後まで一連のプロセスとして輸液量を継続的に見直すことが推奨されています。
5-7 猫特有の注意点まとめFeline considerations
ショック輸液・周術期輸液ともに、犬より控えめな速度設定が基本(4-3節・5-6節)。
潜在性HCMの有病率が一定程度あり、急速輸液前のリスク評価(聴診・病歴・可能であれば心臓超音波検査)が有用。
CKDの有病率が高く、慢性期には在宅皮下輸液が重要な管理オプションになる(5-3節)。
ストレス性高血糖により血糖値の解釈が複雑になりやすく、ブドウ糖加輸液の適応判断は臨床像全体から行う。
末梢静脈が細く血管確保が難しいことがあり、輸液セット・カテーテルサイズの選択にも配慮が必要(6-4節)。
CHAPTER 6 ── モニタリング
モニタリングと合併症
輸液は「入れて終わり」ではありません。反応性を評価し、過剰の徴候を見逃さず、電解質を追跡し、適切な投与経路を選ぶところまでが輸液療法です。
6-1 輸液反応性の評価Fluid responsiveness
「輸液を追加すべきか」を判断する材料は、静的指標と動的指標に分けられます。
分類 指標の例 特徴
静的指標 心拍数、血圧、CRT、粘膜色、脈圧、乳酸値 簡便だが、血液量が30%近く変化しても正常域に留まることがあり感度は限定的。
動的指標 脈圧変動(PPV)、一回拍出量変動(SVV)、フルイドチャレンジへの反応 機械換気下など条件は限られるが、より鋭敏に輸液反応性を予測できるとされる。
実地では、少量の輸液(フルイドチャレンジ)を投与し、心拍数・血圧・尿量などの反応を見て次の判断につなげる、という反復的なプロセスが現実的です。乳酸値の推移(乳酸クリアランス)も組織灌流の改善を追う指標として有用です。
6-2 輸液過剰(Fluid Overload)の徴候Overload signs
輸液過剰は見逃されやすい合併症です。体重の急激な増加は、輸液過剰を早期に検知できる客観的な指標のひとつとして重視されます。
漿液性の鼻汁、眼瞼・結膜の浮腫(chemosis)
頻呼吸・努力呼吸の増悪、肺野の湿性ラ音(肺水腫)
胸水・腹水の新規貯留または増悪
末梢(特に四肢下垂部)の圧痕性浮腫
短期間での体重増加(輸液量と尿量・喪失量のバランスから予測される増加を超える場合)
頸静脈怒張
⚠ 潜在性心疾患患者は特にハイリスク
尿路閉塞などで入院した猫の一部では、潜在性の肥大型心筋症が輸液過剰による肺水腫・胸水のリスク因子として報告されています。基礎疾患が明らかでない場合でも、急速なボーラス投与後は必ず呼吸状態を確認する習慣をつけてください。
6-3 電解質異常のモニタリングElectrolyte monitoring
電解質 モニタリングのポイント
Na+ / Cl- 補正速度の上限(1日10〜12 mEq/L以内)を守り、慢性の異常ほど緩徐に補正。
K+ カリウム加輸液投与中は特に、投与速度と血清値を定期的に確認。心電図異常(テント状T波、徐脈など)に注意。
Ca2+ / イオン化Ca 輸血・クエン酸添加製剤の大量投与、急性膵炎などで低下しやすい。
リン 糖尿病性ケトアシドーシスの治療経過、慢性腎臓病で異常を来しやすい。
血液ガス(pH・HCO3-・乳酸) 酸塩基平衡の評価、輸液の緩衝剤選択(乳酸 vs 酢酸)の妥当性の確認に活用。
輸液量・速度を大きく変更した場合や、重篤な患者では、初期は4〜8時間ごと、安定後は12〜24時間ごとなど、病態の変化速度に応じてモニタリング間隔を調整します。
6-4 輸液セットと投与経路Routes & equipment
経路 特徴・適応
末梢静脈(IV) 最も一般的。前肢橈側皮静脈・後肢外側伏在静脈などを使用。長期留置や高浸透圧液には不向きな場合がある。
中心静脈(CV) 高カロリー輸液・強い刺激性を持つ薬剤、複数ルートが必要な重症例に。中心静脈圧のモニタリングにも利用可能。
骨髄内(IO) 血管確保が困難な新生子・重度ショック時の緊急代替経路。骨髄腔は虚脱しにくく、静脈路確保までの橋渡しとして有用。
皮下(SC) 軽度脱水の補正や、CKC患者の在宅維持管理。等張性の晶質液に限る(5-3節)。
輸液ポンプ/シリンジポンプ: 速度の正確性が求められる小型患者・新生子・カリウム加輸液などで特に推奨。
重力滴下: ポンプが使用できない環境では、滴下係数に応じた滴下数計算(4-4節)で速度を管理する。
インラインフィルター: 微小凝集塊・気泡の混入を防ぐ目的で、輸血セットなど専用のフィルターを使用する製剤がある。
カテーテルサイズ: 急速大量輸液が必要な場面では、できるだけ太く短いカテーテルを選択する(流量は内径の4乗に比例し長さに反比例するため)。