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COMPARATIVE ENDOCRINOLOGY ・ 犬猫比較内分泌学

層をよむ
犬と猫の副腎皮質

被膜・球状層・束状層・網状層 ― そして髄質。副腎を輪切りにすると現れる同心円の層構造は、 そのままホルモンの機能地図になっています。下の図はこの本のナビゲーターです。層をクリックすると、 その層に関係する章へジャンプします。

第IV部
犬のクッシング症候群
第IV部
アジソン病
第V部
ACTH刺激試験
第V部
LDDST
第III部
犬猫の種差 全体像
第VI部
薬物治療

第I部 ― 基礎生理学 ・ 第1章

副腎の解剖学

副腎は小さな臓器だが、その血管支配と位置関係は臨床上きわめて重要な意味を持つ。特に右副腎と後大静脈の近接関係は、 犬の副腎腫瘍の外科的評価において避けて通れない知識である。本章では肉眼解剖・血管支配・犬猫の種差を整理する。

位置と肉眼解剖

副腎(副腎皮質+副腎髄質からなる複合内分泌器官)は腹腔内、腎臓の頭内側に位置する後腹膜臓器である。 腎臓に「乗っている」わけではなく、腎臓とは脂肪組織を挟んでやや離れた位置にあり、左右で位置関係が異なる。

  • 右副腎:肝臓の尾状葉付近、後大静脈の外側面に近接し、しばしば接するように位置する。犬ではやや頭側かつ背側に位置することが多い。
  • 左副腎:左腎の頭内側、大動脈と腎動脈の近傍に位置し、右副腎よりも尾側に位置する傾向がある。
臨床メモ ― 右副腎腫瘍と血管浸潤

右副腎は解剖学的に後大静脈と密接するため、右副腎腫瘍(特に副腎皮質癌)は血管壁への浸潤や腔内への進展(瘤栓)を 起こしやすい。術前の腹部超音波・CTで腫瘍と後大静脈の位置関係を評価することが、手術計画上きわめて重要になる。

血管支配

副腎は体格に対して不釣り合いなほど豊富な血液供給を受ける。これはステロイド合成という代謝集約的な仕事を 常時こなすための構造的裏付けであり、単一の主幹動脈に依存する多くの臓器とは対照的に、複数の小動脈が 被膜下で吻合する「動脈叢」を形成して皮質・髄質を養っている。

  • 動脈供給:頭側副腎動脈(横隔腹動脈または腎動脈由来)、中副腎動脈(大動脈から直接分枝)、尾側副腎動脈(腎動脈由来)という複数系統が被膜下で網目状に吻合する。
  • 静脈還流:動脈とは対照的に、静脈は左右それぞれ基本的に1本の主静脈に集約される。右副腎静脈は非常に短く、後大静脈へ直接注ぐ。左副腎静脈は比較的長く、左腎静脈または横隔腹静脈に合流する。
大動脈 後大静脈 左腎 右腎 左副腎 右副腎 大動脈・腎静脈近傍 後大静脈に近接

図1-1: 副腎と大血管の位置関係(模式図)。右副腎は後大静脈と近接し、これが右副腎腫瘍における血管浸潤リスクの解剖学的背景となる。

犬と猫の比較解剖

犬と猫はどちらも左右非対称な副腎形態を持つが、その程度と大きさには違いがある。犬では特に左副腎が扁平でやや 細長い(ピーナッツ様)形状をとりやすく、右副腎は矢尻状ないし卵形で後大静脈に沿うように位置する。猫では 左右差が犬ほど顕著ではなく、両側とも比較的卵円形に近い形状を保つ傾向がある。

  • 体格による個体差が大きく、大型犬では長径 2〜3cm 程度に達することもある
  • 左副腎は扁平・細長い形状になりやすい
  • 右副腎は後大静脈に近接し、外科的アクセスがより難しい

  • 体格差が小さいため個体差は比較的少なく、長径はおよそ1〜1.5cm程度
  • 左右とも卵円形に近く、犬ほどの左右形態差は目立たない
  • 相対的に小さいため画像診断上の同定・計測には高い解像度が求められる
画像診断上のポイント

超音波検査における副腎の正常上限は犬種・体格により幅があるが、一般に尾側極の厚み(caudal pole thickness)が 指標として用いられる。猫は副腎が小さく脂肪組織との境界が不明瞭になりやすいため、犬に比べて同定に習熟を要する。

第I部 ― 基礎生理学 ・ 第2章

副腎皮質の組織学 ― 3層構造

副腎皮質は被膜側から髄質側へ向けて、球状層・束状層・網状層という3つの層に分かれる。 この層構造は単なる形態学的な区分ではなく、それぞれが異なる酵素発現パターンを持ち、異なるホルモンを 産生する「機能地図」そのものである。本書の層ナビゲーターも、この構造を土台にしている。

皮質の全体構成

皮質の体積比はおおよそ、球状層が全体の1割強、束状層が6〜8割と大部分を占め、網状層は髄質との境界に 接する薄い層として1割弱を占める、という比率が一般的な目安として知られている。束状層が最も厚いのは、 日常的なストレス応答・代謝調節を担うコルチゾールが常時大量に必要とされることの反映と考えられる。

被膜 球状層 アルドステロン 束状層 コルチゾール 網状層 アンドロゲン 髄質 (参考) 被膜側 ← → 髄質側(中心)

図2-1: 副腎皮質の層構造の模式図。パターンは各層の組織像の特徴(球状:小塊状、束状:索状、網状:網目状)を簡略化したもの。

球状層 ― Zona Glomerulosa

被膜のすぐ内側に位置する薄い層で、細胞が小さな塊(glomera=糸球状の集塊)を作って配列するのが特徴である。 ミトコンドリア内に板状(ラメラ状)のクリステを持つ点で、束状層・網状層の管状クリステとは電顕的に区別できる。

アルドステロン合成酵素(CYP11B2)をこの層だけが発現するため、球状層は事実上「アルドステロンだけを作れる」 唯一の層である。調節の主体はACTHではなく、レニン-アンジオテンシン系(アンジオテンシンII)と血中カリウム 濃度であり、この点が束状層・網状層とは調節システムそのものが異なる。

束状層 ― Zona Fasciculata

皮質の大部分を占める最も厚い層。細胞は被膜から髄質に向かって放射状に走る索状(束状)の細胞列を作り、 その間を洞様毛細血管が並走する。細胞質は脂質(コレステロールエステルなど原料の貯蔵)に富み、 組織標本では泡沫状に抜けて見えるため「スポンジオサイト(海綿状細胞)」とも呼ばれる。

11β-水酸化酵素(CYP11B1)の発現によりコルチゾール合成が主体となり、下垂体ACTHによる調節を強く受ける。 本書で扱う糖質コルチコイド関連の疾患・検査(クッシング症候群、ACTH刺激試験、デキサメタゾン抑制試験など)は、 ほぼすべてこの層の機能を評価するものと言い換えられる。

網状層 ― Zona Reticularis

髄質との境界に接する薄い層で、細胞が不規則に吻合する網目状(reticular)の索を作る。束状層に比べて 細胞は小型で脂質含量が少なく、組織像はより好酸性(濃染性)に見える。

この層では17,20-リアーゼ活性(CYP17の副反応)が優位になり、かつ3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素 (3β-HSD)の発現が相対的に低下するため、代謝経路がコルチゾール合成よりもDHEA・アンドロステンジオンなど アンドロゲン前駆体の産生に傾く。調節はACTHを介するが、束状層とは酵素発現の重みづけが異なる点が鍵である。

なぜ層構造が重要なのか

「同じ副腎皮質」でも、どの層が過剰に働いているかによって現れる病態はまったく異なる。束状層優位の 異常はクッシング症候群(糖質コルチコイド過剰)を、球状層の異常はアルドステロン関連の電解質異常を、 網状層の異常は性ホルモン様の症状(脱毛など)を引き起こしうる。層を意識することが、症状と検査値を 結びつける近道になる。

表2-1: 皮質3層の要点比較
組織像主要ホルモン鍵酵素主な調節因子
球状層小塊状(糸球状)配列アルドステロンCYP11B2アンジオテンシンII・K⁺
束状層索状配列・泡沫状細胞質コルチゾールCYP11B1ACTH
網状層網目状配列・好酸性細胞質DHEA・アンドロステンジオンCYP17(17,20-リアーゼ優位)ACTH

種差と発生学的補足

犬・猫ともに基本的な3層構造は共通しているが、層境界の明瞭さや相対的な厚みには個体差・種差がある。 また、細胞は球状層で生まれて内側へ移動しながら分化し、網状層に達した後にアポトーシスによって 置き換えられるという「向心性移動説(zonal migration theory)」が組織発生学的モデルとして広く知られている。 この考え方は、なぜ層境界が明確な「壁」ではなく緩やかな移行帯として観察されるかを理解する助けになる。

第I部 ― 基礎生理学 ・ 第3章

ステロイド生成経路

コレステロールという1つの原料から、コルチゾール・アルドステロン・アンドロゲンという性質の異なる 3種類のホルモンが作られる。その運命を決めるのは「どの層に、どの酵素が発現しているか」である。 本章では出発点から分岐点までの経路を、後の章で登場する検査値の意味づけの土台として整理する。

出発点はコレステロール

副腎皮質細胞は血中LDLからコレステロールを取り込み、細胞質内に脂質滴として蓄える一方、必要に応じて 自ら合成する能力も持つ。ステロイド生成の律速段階は、このコレステロールをミトコンドリア外膜から 内膜へと運び込む過程であり、これを担うのがStAR蛋白(steroidogenic acute regulatory protein) である。ACTHはこのStAR蛋白の活性化を介して、数分単位でコルチゾール産生を急増させることができる。

ミトコンドリア内膜に到達したコレステロールは、側鎖切断酵素(CYP11A1, P450scc)によってプレグネノロンへ 変換される。ここまでが3層すべてに共通する経路であり、この先で運命が分岐する。

球状層 経路 束状層 経路 網状層 経路 StAR蛋白/CYP11A1 3β-HSD CYP17(17α-水酸化) CYP21 3β-HSD CYP17(17,20-リアーゼ) CYP11B1 CYP21 3β-HSD CYP11B2 (球状層特異) CYP11B1 コレステロール プレグネノロン プロゲステロン 17OHプレグネノロン (束状層・網状層 共通) 11-デオキシコルチコ ステロン 17OHプロゲステロン DHEA コルチコステロン 11-デオキシ コルチゾール アンドロステンジオン アルドステロン コルチゾール 末梢組織でテストステロン・エストロゲンへ(副腎外)

図3-1: 副腎皮質ステロイド生成経路。同じプレグネノロンから、酵素発現の違いによって3方向へ運命が分岐する。

律速段階とACTHの二段構えの制御

ACTHによるコルチゾール産生の増加は、時間軸の異なる2つの機序で成り立っている。

  • 急性調節(分〜時間単位):ACTH受容体(MC2R)刺激→cAMP/PKA経路の活性化→StAR蛋白のリン酸化・活性化により、既存の酵素を使ってコレステロール供給律速を一気に解除する。
  • 慢性調節(時間〜日単位):CYP11A1・CYP17・CYP11B1などステロイド生成酵素そのものの遺伝子発現が増加し、副腎皮質(特に束状層)の肥大・過形成につながる。慢性的なACTH過剰(下垂体依存性クッシング症候群など)で両側副腎皮質過形成が生じるのはこの機序による。
種差メモ ― 犬の「非典型的クッシング症候群」と17OHプロゲステロン

ステロイド生成の基本経路は哺乳類間で高度に保存されているが、犬では臨床的に興味深い現象が知られている。 一部の犬で、コルチゾール自体は基準範囲内にとどまる一方、束状層・網状層の中間代謝産物である 17OHプロゲステロンなどの前駆ステロイドが過剰産生され、クッシング症候群様の症状を呈することがある。 これは「非典型的(atypical)クッシング症候群」と呼ばれ、標準的なACTH刺激試験でコルチゾールのみを 測定した場合には見逃されうるため、臨床的な疑いが強い症例では前駆ステロイドパネルの測定が検討される。

第II部 ― 内分泌調節機構 ・ 第4章

HPA系とネガティブフィードバック

束状層のコルチゾール産生は、副腎だけで完結しているわけではない。視床下部・下垂体・副腎皮質という 3つの臓器が1本の軸(HPA軸)として連動しており、この軸のどこが壊れているかによって、クッシング症候群も アジソン病も原因が「下垂体性」か「副腎性」かに分かれる。本章はその軸の基本構造を扱う。

HPA軸の全体像

視床下部の室傍核から分泌されるCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)が下垂体門脈系を 通じて下垂体前葉に到達し、コルチコトロフ細胞からのACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌を促す。 ACTHは全身循環を介して副腎皮質(主に束状層)に作用し、コルチゾール分泌を刺激する。ACTHはPOMC (プロオピオメラノコルチン)という大きな前駆体蛋白から切り出されて作られる点も知っておくとよい。

視床下部 室傍核 CRH 下垂体前葉 コルチコトロフ細胞 ACTH 副腎皮質 (束状層中心) 分泌 コルチゾール 長経路フィードバック(視床下部抑制) 短経路フィードバック (下垂体抑制) ◀ 赤い破線 = 抑制性フィードバック

図4-1: HPA軸のネガティブフィードバック。コルチゾールは視床下部・下垂体の両方に働きかけ、自らの産生を抑える方向に作用する。

フィードバックの二重構造

コルチゾールによる抑制は2つの経路で働く。下垂体に直接作用してACTH分泌を抑える「短経路」と、 視床下部に作用してCRH分泌を抑える「長経路」である。さらに時間軸で見ると、グルココルチコイド受容体を 介した数分単位の速い抑制と、遺伝子発現を介した数時間単位の遅い抑制が組み合わさっている。

このフィードバック機構は、外因性ステロイド薬(プレドニゾロンなど)を長期投与した際に自然なHPA軸が 抑制される理由でもある。外因性グルココルチコイドは視床下部・下垂体を抑制し続けるため、内因性ACTH分泌が 低下し、副腎皮質(特に束状層)が萎縮する。急な投薬中止が医原性の副腎皮質機能低下を招きうるのはこのためで、 第11章・第16章で再び扱う。

概日リズムと犬猫の種差

ヒトではコルチゾール分泌に明瞭な概日リズム(早朝にピーク、夜間に低下)が存在し、臨床診断にも 利用される。しかし犬と猫では、このリズムはヒトほど頑健ではない。

  • ある程度の日内変動は報告されているが、個体差が大きく再現性に乏しい
  • ストレス・興奮による一過性の上昇が生理的リズムを容易に覆い隠す

  • 明確な概日リズムを持たないとされ、犬以上にリズムに基づく解釈が困難
  • 来院・採血自体のストレスで容易にコルチゾールが上昇しうる
なぜ「1回だけの採血」では診断できないのか

明瞭な概日リズムを欠き、かつ採血自体のストレスで値が動きうる犬猫では、安静時コルチゾール単回測定は クッシング症候群の診断にもアジソン病の除外にも不十分である。そのため第12〜14章で扱う ACTH刺激試験・デキサメタゾン抑制試験のような「動的検査」が中心的な役割を果たす。

第II部 ― 内分泌調節機構 ・ 第5章

糖質コルチコイドの生理作用

コルチゾールは「ストレスホルモン」という単純な言葉で片づけられがちだが、実際には代謝・免疫・循環・ 中枢神経にまたがる広範な作用を持つ。クッシング症候群でみられる症状の多くは、この生理作用が 「効きすぎた」結果として説明できる。

代謝作用

  • 糖新生の促進:肝臓での糖新生を促進し、血糖を上昇させる方向に働く。インスリン作用に拮抗するため、慢性的な過剰状態はインスリン抵抗性・耐糖能異常を招く。
  • 蛋白異化の促進:骨格筋の蛋白分解を促し、糖新生の材料(アミノ酸)を供給する。慢性化すると筋萎縮・皮膚の菲薄化として現れる。
  • 脂質代謝への許容作用:直接的な脂肪分解作用は限定的だが、カテコールアミンなど他のホルモンの脂肪分解作用を発揮しやすくする「許容作用(permissive effect)」を持つ。脂肪の再分布(体幹への沈着)にも関与するとされる。

免疫・炎症抑制作用

コルチゾールはリポコルチン(アネキシンA1)の発現を介してホスホリパーゼA2を抑制し、炎症性メディエーター (プロスタグランジン・ロイコトリエン)の産生を減らす。さらに好中球の血管外遊走を抑え、リンパ球・好酸球の アポトーシス/再分布を促進する。この結果、末梢血液像には特徴的な変化が現れる。

表5-1: ストレス性白血球像(stress leukogram)の典型パターン
血球分画変化の方向機序の要点
好中球増加(成熟型)血管辺縁プールからの動員・骨髄からの放出促進
リンパ球減少アポトーシス促進・リンパ組織からの再分布
好酸球減少骨髄からの放出抑制・組織への隔離
単球軽度増加種により差はあるが増加傾向が報告される
臨床での使い方

このパターンは内因性コルチゾール過剰(クッシング症候群)でも、外因性ステロイド投与でも、単なる 身体的ストレスでも同様に生じうる。したがって「ストレス性白血球像がある=クッシング症候群」ではなく、 あくまで非特異的な手がかりの一つとして、病歴・身体検査・ホルモン検査と合わせて解釈する必要がある。

循環・水電解質・中枢神経への作用

  • 血管トーヌスへの許容作用:コルチゾールは血管平滑筋のカテコールアミンへの反応性を維持する。これが欠乏すると、アドレナリン・ノルアドレナリンが十分な血管収縮を起こせず、アジソン病の低血圧・循環虚脱につながる(第11章)。
  • 多飲多尿への関与:コルチゾール過剰は抗利尿ホルモン(ADH)の分泌・作用を減弱させ、また糸球体濾過量を増加させる方向に働くとされ、犬のクッシング症候群でみられる著明な多飲多尿の一因と考えられている。
  • 消化管粘膜への影響:粘液産生の低下や粘膜修復の遅延を介して、特にNSAIDsとの併用時に消化管潰瘍のリスクを高める。

犬と猫での現れ方の違い

同じ「コルチゾール過剰」でも、犬と猫では臨床症状の出方に無視できない差がある。

  • 多飲多尿・多食・腹部膨満(ポットベリー)が典型的かつ高頻度
  • 左右対称性脱毛、皮膚の菲薄化、石灰沈着症(calcinosis cutis)
  • 肝腫大・ステロイド肝症を反映した肝酵素上昇

  • 典型症状が犬ほどはっきり出ず、糖尿病の併発を契機に発見されることが多い
  • 皮膚が極端に脆弱化する「猫皮膚脆弱症候群」は猫に特徴的な所見
  • 多飲多尿は糖尿病由来かコルチゾール由来か切り分けが難しいことがある

猫の副腎疾患に特有の臨床像は第10章でさらに詳しく扱う。

第II部 ― 内分泌調節機構 ・ 第6章

アルドステロンとRAAS系

球状層はACTHではなく、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)という別のシステムに支配されている。 この系は水電解質・循環血液量の恒常性を守るためのものであり、アジソン病における低ナトリウム血症・ 高カリウム血症を理解する鍵になる。

RAAS系の流れ

腎の傍糸球体装置は、腎灌流圧の低下・遠位尿細管へのナトリウム到達量の減少・交感神経活動の亢進を 感知するとレニンを分泌する。レニンは肝臓由来のアンジオテンシノーゲンを切断して アンジオテンシンIを生成し、これが主に肺の血管内皮に存在するACE(アンジオテンシン変換酵素) によってアンジオテンシンIIへ変換される。アンジオテンシンIIは強力な生理活性を持つ実行分子である。

腎臓 傍糸球体装置 灌流圧低下・Na⁺低下 交感神経刺激 レニン分泌 アンジオテンシノーゲン→ アンジオテンシンI ACE(主に肺) アンジオテンシンII 副腎皮質(球状層) AT1受容体 血管平滑筋 直接血管収縮 視床下部 口渇中枢・ADH アルドステロン 循環血液量↑ → レニン分泌を抑制 (負のフィードバック)

図6-1: RAAS系の流れ。アンジオテンシンIIは球状層でのアルドステロン産生だけでなく、血管収縮・口渇中枢刺激にも働く。

アルドステロンの標的作用

アルドステロンは主に腎の遠位尿細管・集合管の主細胞に作用し、上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)や Na⁺/K⁺-ATPaseの発現を高めることで、ナトリウムの再吸収とカリウムの排泄を promote する。同時に 間在細胞での水素イオン排泄も促進するため、アルドステロン過剰は代謝性アルカローシスに、 欠乏は高カリウム血症・代謝性アシドーシスに傾きやすい。

表6-1: アルドステロン作用の過不足と電解質異常
血清Na⁺血清K⁺酸塩基平衡
アルドステロン過剰上昇傾向低下(低K血症)代謝性アルカローシスに傾く
アルドステロン欠乏低下(低Na血症)上昇(高K血症)代謝性アシドーシスに傾く
Na⁺/K⁺比 ― アジソン病を疑う手がかり

血清Na⁺をK⁺で割った比(基準はおおむね27〜40:1程度とされる)は、アルドステロン欠乏を疑う簡便な スクリーニング指標として広く使われる。低ナトリウム血症と高カリウム血症が同時に存在し、この比が 大きく低下している場合、原発性副腎皮質機能低下症(アジソン病)を強く示唆する所見となる。 ただし他の疾患(消化器疾患、腎疾患など)でも比が低下しうるため、確定診断にはACTH刺激試験 (第12章)が必要である。

種差メモ ― 猫の原発性アルドステロン症

クッシング症候群やアジソン病に比べると頻度は低いが、猫では球状層由来の副腎腫瘍(腺腫・腺癌)による 原発性アルドステロン症が報告されている。低カリウム血症に伴う筋力低下・頸部の腹側屈曲 (ventroflexion)、およびアルドステロンの血管作用による高血圧・高血圧性網膜症(失明)が特徴的な 臨床像として知られ、球状層が関与する副腎疾患の代表例として押さえておきたい。

第II部 ― 内分泌調節機構 ・ 第7章

副腎アンドロゲン

網状層が作るDHEA・アンドロステンジオンは、それ自体の作用は弱いが、末梢組織でより強力な性ホルモンへ 変換される「前駆体」としての役割を持つ。犬猫における生理的意義はヒトほど明確ではないが、 臨床的には無視できない一群の病態と結びついている。

網状層が作るホルモン

網状層はCYP17の17,20-リアーゼ活性が優位なため、コルチゾール合成経路から外れて DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)アンドロステンジオンという 弱アンドロゲンを主に産生する。これらは副腎自体での作用は限定的だが、精巣・卵巣・脂肪組織・皮膚などの 末梢組織でテストステロンやエストロゲンへとさらに変換されうる、いわば「準備段階のホルモン」である。

犬猫における生理的意義の留保

ヒトでは小児期後期に副腎アンドロゲン分泌が高まる「アドレナーキ(副腎皮質休止期後の再活性化)」という 現象が知られ、思春期発来に先立つ生理的イベントとして位置づけられている。しかし犬・猫において、 これに相当する明確な生理的アドレナーキの存在は確立されていない。したがって本書では、副腎アンドロゲンの 生理的意義よりも、過剰産生時の臨床的意義を中心に扱う。

臨床的意義

  • 非典型的クッシング症候群の一部:第3章で触れた通り、網状層由来の前駆ステロイド(DHEA・アンドロステンジオンなど)が過剰産生され、コルチゾール自体は正常範囲にとどまる病態がありうる。
  • 去勢後の代償:性腺を摘出した個体では、性ホルモンの供給源として副腎の相対的な寄与が増すとする報告があり、去勢後の性ホルモン関連検査の解釈に影響しうる。
  • 犬のアロペシアX(Alopecia X):北方犬種やポメラニアンなど「プラッシュコート」犬種にみられる非炎症性の左右対称性脱毛症で、副腎性ホルモンの不均衡が関与するという仮説がある。ただし病態生理は完全には解明されておらず、あくまで仮説の一つとして扱う必要がある。
種差メモ ― 検査値としての位置づけ

DHEA・アンドロステンジオン・17OHプロゲステロンなどの前駆ステロイドパネルは、コルチゾールだけを 測定するACTH刺激試験では捉えきれない「網状層・束状層前駆体優位型」の副腎機能亢進を拾い上げる 目的で、非典型的クッシング症候群が疑われる犬において補助的に用いられることがある。ただし 基準範囲や臨床的意義づけは施設・検査会社によって差があり、単独では確定診断とならない点に注意する。

表7-1: 副腎3ホルモン系統の要点(復習)
代表ホルモン主な生理作用過剰時の主な病態
球状層アルドステロンNa⁺再吸収・K⁺排泄原発性アルドステロン症
束状層コルチゾール糖新生・抗炎症・免疫抑制クッシング症候群
網状層DHEA・アンドロステンジオン性ホルモン前駆体供給非典型的クッシング症候群・脱毛関連病態

第III部 ― 犬猫の比較生理 ・ 第8章

種差の全体像

ここまでの章で断片的に触れてきた犬猫の違いを、ここで一度まとめて俯瞰する。第IV部・第V部で 疾患各論・検査に入る前の「見取り図」として使ってほしい。

なぜプレゼンテーションが異なるのか

副腎皮質の基本構造(3層構成)・主要ホルモン・調節システム(HPA軸、RAAS系)は犬猫で大きくは変わらない。 それにもかかわらず臨床像が異なって見えるのは、①概日リズムの頑健さの違い、②ストレスに対する 反応性の違い、③疾患ごとの相対的な発生頻度の違い、④併発しやすい代謝疾患(特に糖尿病)の違い、 という複数の要因が重なっているためと考えられている。特に「猫は犬に比べて臨床的なクッシング症候群を 発症しにくい」という現象については、糖質コルチコイド受容体の感受性やステロイド結合蛋白の違いなど 複数の仮説があるが、完全には解明されていない。

表8-1: 犬と猫における副腎皮質関連の比較まとめ
観点
コルチゾール概日リズム弱いながら報告あり・個体差大明瞭なリズムなしとされる
採血ストレスによる変動受けやすい犬以上に受けやすい
クッシング症候群の頻度比較的高頻度・代表的な内分泌疾患まれ
糖尿病との合併合併しうるが必発ではない高率に合併・発見の契機になりやすい
特徴的皮膚症状左右対称性脱毛・石灰沈着症皮膚脆弱症候群
アジソン病の認識比較的よく認識される鑑別疾患報告は少なくまれとされる
原発性アルドステロン症報告は少ない球状層腫瘍による症例が知られる
ACTH刺激試験の実施確立されたプロトコルあり(第12章)用量・採血タイミングに種特異的配慮が必要
LDDSTの解釈診断精度に関する情報が比較的豊富感度がより低いとされ解釈に注意
内科治療の第一選択トリロスタンが広く用いられるトリロスタンが用いられるが反応は個体差が大きい
右副腎腫瘍と血管浸潤後大静脈浸潤が臨床上の重要な懸念相対的に報告は少ない
この表の使い方

この表はあくまで「傾向」の整理であり、個々の症例の診断を代替するものではない。特に頻度・感度に 関する記述は、報告によって幅があることに留意し、実際の検査プロトコル・カットオフ値については 使用する検査機関のガイドラインおよび最新の一次文献を必ず確認してほしい。

読み進め方の指針

第IV部では、この種差を踏まえたうえで、犬のクッシング症候群(第9章)、猫の副腎疾患の特殊性(第10章)、 アジソン病(第11章)を順に扱う。第V部では、これらの疾患を確定・除外するためのホルモン検査 (ACTH刺激試験、LDDST、内因性ACTH測定など)を扱い、第VI部で治療薬理学に進む。

第IV部 ― 疾患各論 ・ 第9章

犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)

犬における代表的な内分泌疾患のひとつ。コルチゾール過剰の「原因がどこにあるか」によって、 下垂体依存性(PDH)と副腎依存性(ADH)に大別され、この区別が治療方針・予後を左右する。

概念と分類

  • 下垂体依存性(PDH, Pituitary-Dependent Hyperadrenocorticism):症例の大部分を占める(文献によりおよそ8割前後とされる)。下垂体のコルチコトロフ由来腺腫がACTHを自律的に過剰分泌し、両側副腎皮質(特に束状層)がびまん性に過形成する。
  • 副腎依存性(ADH, Adrenal-Dependent Hyperadrenocorticism):残りの多くを占める。片側性が多い副腎皮質腫瘍(腺腫または腺癌)がACTHとは独立してコルチゾールを自律分泌し、正常なフィードバックにより下垂体ACTHは抑制され、対側副腎は萎縮する。
  • 医原性クッシング症候群:外因性グルココルチコイド製剤の長期投与によって生じる。内因性ACTH・コルチゾールはともに低値を示し、投薬歴の聴取が診断の鍵になる。
下垂体依存性(PDH) 副腎依存性(ADH) 下垂体腺腫(コルチコトロフ) ACTH自律分泌 ACTH 高値〜正常高値 両側副腎皮質 過形成 (主に束状層) コルチゾール過剰 画像所見:両側副腎の 対称性腫大 副腎皮質腫瘍 (片側性が多い) 自律的分泌 コルチゾール過剰 正常フィードバックで 下垂体ACTHを抑制 ACTH 低値 対側副腎の萎縮 画像所見:片側の腫瘤+ 対側の萎縮

図9-1: PDHとADHの病態生理比較。「どちらのACTHが高いか・低いか」が両者を分ける中心的な考え方である。

臨床症状

多飲多尿・多食・腹部膨満(肝腫大・筋力低下・脂肪再分布による「ポットベリー」)・左右対称性の 体幹脱毛・皮膚の菲薄化・面皰・石灰沈着症(calcinosis cutis)・パンティング・筋力低下・易感染性 (特に尿路感染)・高血圧などが典型的な組み合わせとして知られる。凝固能亢進による肺血栓塞栓症のリスク 上昇も臨床的に重要である。

下垂体腫瘍のマスエフェクト

PDH症例の一部(下垂体腫瘍が比較的大きい、いわゆるマクロアデノーマの症例)では、腫瘍そのものが 周囲の脳組織を圧迫し、食欲低下・元気消失・徘徊行動・視覚障害などの神経症状を呈することがある。 内分泌症状に加えてこうした神経症状がみられる場合は、頭部の画像診断(CT・MRI)が検討される。

診断へのアプローチ(概要)

臨床症状と病歴から疑いを持ったうえで、一般血液検査(ストレス性白血球像、ステロイド誘導性ALP上昇、 軽度高血糖、高コレステロール血症・高トリグリセリド血症、低比重尿など)で裏付けを得て、 ACTH刺激試験またはLDDST(第12・13章)で内分泌学的に確定し、必要に応じて内因性ACTH測定・ 画像診断(第14章)でPDHかADHかを鑑別する、という流れが一般的である。

第IV部 ― 疾患各論 ・ 第10章

猫の副腎疾患の特殊性

猫の副腎皮質機能亢進症は、犬と同じ名前の疾患でありながら、発見のされ方も、検査の解釈も、 治療の手応えも異なる。「犬の知識をそのまま当てはめない」という姿勢が特に重要になる領域である。

猫のクッシング症候群 ― 発見される経緯の違い

猫の副腎皮質機能亢進症は犬に比べてまれな疾患とされる。原因の内訳(下垂体依存性が大部分、副腎依存性が 一部)は犬と大きくは変わらないと考えられているが、臨床的には多くの症例が「コントロール不良の 糖尿病」を主訴として発見される点が犬と大きく異なる。インスリン抵抗性が強く、通常量のインスリンでは 血糖コントロールがつかない糖尿病猫では、背景にコルチゾール過剰が隠れている可能性を疑う必要がある。

猫の皮膚脆弱症候群

猫のコルチゾール過剰でとりわけ特徴的なのが、皮膚が極端に薄く、わずかな外力(保定やグルーミング程度) でも容易に裂けてしまう「皮膚脆弱症候群(feline skin fragility syndrome)」である。犬の左右対称性 脱毛のような比較的緩徐な皮膚変化とは異なり、皮膚そのものの構造的な脆弱性が前面に出る点が特徴で、 見られた場合には強くクッシング症候群を疑う所見となる。

臨床パール ― インスリン需要量が異常に多い糖尿病猫

1日あたりのインスリン必要量が通常想定される範囲を大きく超え、なおかつ血糖コントロールが安定しない 糖尿病猫では、コルチゾール過剰(あるいは末端肥大症など他の対抗ホルモン過剰)の関与を疑い、 副腎機能の評価を検討する価値がある。

猫における診断の難しさ

猫の副腎皮質機能亢進症の診断は、犬に比べて一般に難しいとされる。健常猫と罹患猫でコルチゾール値の 分布が重なりやすく、検査の判別性能(感度・特異度)が犬ほど高くない場合があるためである。

  • LDDST:猫では犬に比べて感度が低いとされ、偽陰性の可能性を念頭に置く必要がある。
  • デキサメタゾン抑制反応:健常猫は犬に比べてデキサメタゾンによる抑制がかかりにくい傾向があり、これが検査の解釈をより複雑にしている一因とされる。
  • ACTH刺激試験:実施は可能だが、犬用に確立されたプロトコルをそのまま適用せず、猫における反応特性を踏まえて解釈する必要がある(第12章)。

猫の副腎腫瘍 ― アルドステロン症の重要性(復習)

第6章で触れた通り、猫では球状層由来の副腎腫瘍による原発性アルドステロン症が、犬に比べて相対的に 注目される病態である。低カリウム血症に伴う筋力低下・頸部腹側屈曲、高血圧に伴う網膜症・失明などが みられた場合には、コルチゾール系だけでなくアルドステロン系の評価も選択肢に入れる。

治療の特殊性

トリロスタンは猫でも(適応外使用として)用いられるが、反応性の個体差が大きいとされる。ミトタンは 猫での忍容性への懸念から使用が限定的であり、片側性の副腎腫瘍では外科的副腎摘出が根治的選択肢となる。 下垂体腺腫に対する下垂体摘出術は、実施可能な施設が限られる高度医療として位置づけられる。 治療薬理学の詳細は第16章で扱う。

第IV部 ― 疾患各論 ・ 第11章

副腎皮質機能低下症(アジソン病)

「偉大なる詐病者(the great pretender)」の異名を持つ疾患。症状が非特異的で寛解・増悪を繰り返すため 見逃されやすい一方、急性増悪(アジソンクリーゼ)は命に関わる。第6章のRAAS系の知識が、 この章の電解質異常を読み解く土台になる。

概念と分類

  • 原発性副腎皮質機能低下症:副腎皮質そのものが破壊される病態で、球状層・束状層・網状層のすべてが障害されるため、糖質コルチコイドと鉱質コルチコイドの両方が欠乏する。犬では免疫介在性の副腎炎が最も多い原因と考えられている。
  • 続発性副腎皮質機能低下症:下垂体疾患によるACTH分泌低下、または外因性ステロイド薬の急な中止によって生じる。球状層はACTHにほぼ依存せずRAAS系で調節されるため、鉱質コルチコイド分泌は保たれ、糖質コルチコイド欠乏のみが前面に出る点が原発性と大きく異なる。
  • 非典型的アジソン病:原発性の病態でありながら、経過の初期には電解質異常が明らかでない(糖質コルチコイド欠乏が先行する)病型が知られており、進行して典型的な電解質異常を呈するようになることがある。
表11-1: 原発性と続発性の鑑別ポイント
原発性続発性
障害部位副腎皮質そのもの下垂体(または外因性ステロイド抑制)
糖質コルチコイド低下低下
鉱質コルチコイド低下(典型例)基本的に保たれる
血清Na⁺/K⁺低下/上昇(典型例)基本的に正常
内因性ACTH高値(フィードバック喪失)低値

臨床症状 ― 「偉大なる詐病者」

嘔吐・下痢・食欲不振・体重減少・元気消失といった非特異的な消化器症状が、寛解・増悪を繰り返しながら 慢性的に続くことが多く、他の多くの疾患と症状が重複するため診断が遅れがちである。ストレスや併発疾患を 契機に代償機構が破綻すると、低血圧・循環虚脱・徐脈(高カリウム血症による)を伴う急性副腎クリーゼに 至り、緊急対応を要する状態となる。

診断のヒント ― 「あるはずのストレス性白血球像がない」

嘔吐・下痢などで体調が悪い動物は、通常であればコルチゾール分泌の亢進を反映したストレス性白血球像 (好中球増加・リンパ球減少・好酸球減少)を示すことが期待される。ところが、明らかに体調不良でありながら 好酸球やリンパ球が減少していない、あるいは好酸球が正常〜増加している場合、コルチゾールを 十分に分泌できていない可能性、すなわちアジソン病を疑う間接的な手がかりになる。

検査所見

  • 低ナトリウム血症・高カリウム血症、Na⁺/K⁺比の低下(第6章参照)
  • 脱水・循環血液量減少を反映した腎前性の高窒素血症
  • 低血糖(重度の場合)、時に高カルシウム血症
  • 心電図異常:高カリウム血症によるT波の先鋭化、P波振幅の減少、重度例では心房静止
  • 希釈能の低下した腎臓でも、Na⁺/K⁺の異常ほど尿比重は保たれることが多く、腎不全との鑑別点で参考になる

犬と猫の種差

  • 比較的よく認識される鑑別疾患で、特定犬種での好発が報告されている
  • 若齢〜中年の雌でやや多いとする報告がある
  • トリロスタン治療中の医原性の鉱質・糖質コルチコイド欠乏にも注意

  • 報告数が少なく、まれな疾患と位置づけられる
  • 症状は犬以上に非特異的(元気消失・食欲不振・体重減少)になりやすい
  • まれであるがゆえに鑑別診断から外れやすく、診断の遅れにつながりうる

確定診断のためのACTH刺激試験は第12章で詳しく扱う。

第V部 ― ホルモン検査 ・ 第12章

ACTH刺激試験

「副腎皮質にどれだけの予備能があるか」を直接的に評価する検査。アジソン病の確定診断における 事実上のゴールドスタンダードであり、クッシング症候群の確認やトリロスタン治療のモニタリングにも用いられる。

原理

合成ACTH製剤を投与し、副腎皮質(主に束状層)がどれだけコルチゾールを追加分泌できるかを、 投与前と投与後の血中コルチゾール値の変化として評価する。第4章で学んだ通り、ACTHはStAR蛋白の 急性活性化を介して数十分でコルチゾール分泌を増加させるため、比較的短時間で結果が得られる点が この検査の実用上の利点である。

基本プロトコル

一般的な手順は、①投与前の血中コルチゾールを採血し、②合成ACTH製剤を静脈内投与し、③一定時間後 (施設・プロトコルにより30分・60分など)に再度採血してコルチゾールを測定する、という流れである。 使用するACTH製剤の種類・用量・採血タイミングは施設のプロトコルや検査会社の指示に従う必要があり、 本書では原理と解釈の考え方を中心に扱う。

時間(投与前 → 投与後) コルチゾール濃度 基準範囲 クッシング症候群 過剰反応(基準域を超える) 健常 基準範囲内への上昇 アジソン病 ほぼ無反応(平坦) 投与前 投与後

図12-1: ACTH刺激試験の反応パターン(模式図)。アジソン病では投与前後でほぼ変化がなく、クッシング症候群では基準範囲を超えて反応する。

判定の考え方

  • アジソン病の診断:投与前・投与後ともにコルチゾールが低値にとどまり、ほとんど反応しない場合、副腎皮質の予備能そのものが枯渇していることを意味し、原発性副腎皮質機能低下症の確定診断的所見となる。この検査はアジソン病診断における中心的な検査と位置づけられる。
  • クッシング症候群の確認:投与後コルチゾールが基準範囲を超えて上昇する場合、副腎皮質機能亢進を支持する所見となる。ただしこの検査単独ではPDHとADHの鑑別はできず、下垂体依存性の検出感度もLDDST(第13章)に比べてやや劣るとされる点に注意する。
  • 治療モニタリング:トリロスタン・ミトタン治療中の犬において、投与後コルチゾール値を治療目標域に収めることを目的に、定期的なモニタリング検査としても広く用いられてきた(施設によっては投与前コルチゾール単独でのモニタリングを組み合わせる場合もある)。
種差メモ ― 猫における注意点

猫は犬に比べてACTH刺激に対する反応の立ち上がりに違いがあるとされ、犬用に確立された採血タイミングを そのまま適用すると反応のピークを捉えられない可能性がある。また第10章で触れた通り、健常猫と罹患猫の 値が重なりやすいため、この検査単独でクッシング症候群を除外することには限界がある。猫の検査計画は、 可能であれば猫での実施経験が豊富な検査機関・文献に基づいたプロトコルを参照することが望ましい。

第V部 ― ホルモン検査 ・ 第13章

低用量デキサメタゾン抑制試験(LDDST)

HPA軸のネガティブフィードバック(第4章)そのものを利用した検査。「抑制がかかるべき状況で、 本当に抑制がかかるか」を確かめることで、犬のクッシング症候群に対する感度の高いスクリーニング検査 として広く用いられている。

原理

デキサメタゾンは強力な合成糖質コルチコイドでありながら、多くのコルチゾール測定系とは交差反応しにくい という特性を持つ。低用量のデキサメタゾンを投与すると、健常個体では視床下部・下垂体へのネガティブ フィードバックが働いてACTH分泌が抑制され、結果としてコルチゾール値も低下する。クッシング症候群では、 この抑制機構そのものが壊れている(下垂体腫瘍がフィードバックに反応しない、あるいは副腎腫瘍が ACTH非依存的に働いている)ため、抑制がかからずコルチゾール値が高いまま推移する。

基本プロトコル

投与前のコルチゾールを採血した後、低用量のデキサメタゾンを静脈内投与し、4時間後・8時間後に それぞれ採血してコルチゾールを測定するのが古典的な形式である。具体的な用量は施設・文献によって 幅があるため、実施する検査機関のプロトコルに従う。

投与前採血 + 低用量デキサメタゾン静注 (t = 0) 4時間後 測定 8時間後 測定 8時間値は基準値未満に抑制されているか? Yes No 基準値未満に抑制 → HACを否定する所見 抑制されず高値持続 → HACを支持する所見 → 第14章でPDH/ADHを鑑別

図13-1: LDDSTの基本的な判定の流れ。8時間値の抑制の有無が第一の分岐点となる。

判定と、もう一段深い読み方

8時間値が基準値未満に十分抑制されていれば、クッシング症候群を否定する根拠として比較的信頼度が高い。 一方、8時間値が抑制されない場合はクッシング症候群を支持する所見となるが、この検査単独ではPDHか ADHかまでは決められない。ただし、4時間値の挙動を併せて見ることで、追加の手がかりが得られる場合がある。

「4時間でいったん抑制、8時間で再上昇」というパターン

4時間値が基準値未満まで抑制されたにもかかわらず、8時間値で再び上昇してくる「エスケープ」パターンが みられた場合、これは下垂体依存性(PDH)を示唆する所見として古くから注目されてきた。ただしこの パターンが常に明確に現れるわけではなく、あくまで補助的な手がかりであり、確定的な鑑別には 第14章で扱う内因性ACTH測定や画像診断を組み合わせる必要がある。

感度・特異度と限界

LDDSTは犬のクッシング症候群、特にPDHの検出感度がACTH刺激試験より高いとされ、第一選択のスクリーニング 検査として位置づけられることが多い。一方で特異度はACTH刺激試験に比べて劣る場合があり、糖尿病や 腎疾患など他の全身性疾患、あるいは強いストレス状態にある個体では、クッシング症候群がなくても 抑制がかからず偽陽性となりうる。したがって、明確な臨床的疑いを欠く「たまたま検査した」症例への 適用には慎重さが求められる。

種差メモ ― 猫での感度低下

第10章で述べた通り、猫は健常であってもデキサメタゾンによる抑制がかかりにくい傾向があり、 LDDSTの感度は犬に比べて低いとされる。猫でこの検査を用いる場合は、偽陰性の可能性を踏まえ、 臨床症状・他の検査所見と合わせた総合的な判断がより重要になる。

第V部 ― ホルモン検査 ・ 第14章

内因性ACTH・画像診断の統合

クッシング症候群が確定した後に残る問いは「下垂体か、副腎か」である。第9章の病態生理図を思い出しながら、 内因性ACTH測定・高用量デキサメタゾン抑制試験・画像診断という3つの道具をどう組み合わせるかを整理する。

内因性ACTH測定

第9章で見た通り、PDHでは下垂体が自律的にACTHを分泌し続けるため内因性ACTHは正常〜高値を示し、 ADHでは自律的なコルチゾール分泌によって下垂体が正常にフィードバック抑制を受けるため内因性ACTHは 低値〜検出感度以下となる。この対比が、内因性ACTH測定を最も直接的な鑑別手段たらしめている。

検体取り扱い上の注意

ACTHは血中で不安定なペプチドであり、採血後の取り扱い(専用採血管の使用、速やかな冷却・遠心分離、 迅速な血漿分離と凍結保存など)を誤ると測定値が偽って低く出ることがある。結果の解釈に迷う場合は、 臨床像と矛盾しないか、検体取り扱いに問題がなかったかを最初に確認する価値がある。

高用量デキサメタゾン抑制試験(HDDST)

内因性ACTH測定が普及する以前から用いられてきた鑑別法である。考え方は次の通り:PDHの下垂体腺腫は 低用量デキサメタゾンには抵抗性を示すが、高用量まで増やすとフィードバック感受性がある程度残っている 腺腫では抑制がかかることがある。一方、ADHの副腎腫瘍は下垂体を介さず自律的にコルチゾールを産生して いるため、高用量であっても原理的に抑制されない。

  • 高用量で抑制される → PDHを支持する所見
  • 高用量でも抑制されない → ADHの可能性はあるが、PDHの中にも高用量ですら抑制されない症例が一定数存在するため、この結果だけではPDHを否定できない

つまりHDDSTは「抑制されればPDHらしい」とは言えても、「抑制されなければADH」と言い切れない非対称な 検査であり、この限界が内因性ACTH測定・画像診断への統合的アプローチが好まれる理由になっている。

画像診断との統合

表14-1: 腹部超音波における典型的な鑑別所見
PDHADH
副腎の左右対称性両側性・比較的対称的な腫大片側性の腫瘤が多い
対側副腎正常大〜軽度腫大萎縮(同定困難なことも)
形態比較的正常な形状を保つ不整形、石灰化を伴うことがある
血管浸潤の評価通常は問題とならない特に右副腎腫瘍で後大静脈浸潤の評価が重要(第1章)

対側副腎の萎縮は、ADHを支持するうえで特に有用な所見である。片側に明らかな腫瘤があり、なおかつ 対側副腎が正常サイズあるいは同定困難なほど小さい場合、これは自律的なコルチゾール分泌による フィードバック抑制が対側に及んでいることの間接的な証拠となる。CTは超音波よりも血管浸潤の評価や 手術計画の精度向上に優れ、神経症状を伴うPDH疑い例では頭部CT・MRIによる下垂体腫瘍の評価も検討される。

現在推奨される統合的アプローチ

多くの臨床現場では、HDDST単独よりも「内因性ACTH測定 + 腹部超音波(必要に応じてCT)」の組み合わせが、 曖昧さの少ない鑑別手段として好まれる傾向にある。特に外科的治療(副腎摘出術)を検討する場合、 画像診断による血管浸潤の評価は治療方針そのものを左右するため省略できない。

第V部 ― ホルモン検査 ・ 第15章

検査結果の統合的解釈

個々の検査の原理を知っていても、それらをどの順番で、どんな臨床的疑いのもとで使うかを誤ると 誤診につながる。本章では第9〜14章で扱った知識を、実際の臨床推論の流れとして組み立て直す。

検査前確率を意識する

LDDSTもACTH刺激試験も、臨床的な疑いが乏しい個体に「念のため」実施すると、偽陽性・偽陰性の影響を 相対的に大きく受ける。多飲多尿・左右対称性脱毛・皮膚菲薄化といった典型症状に乏しい個体に安易に スクリーニング検査を行うことは推奨されにくく、まず病歴と身体検査、一般血液検査(ストレス性白血球像、 肝酵素、電解質など)で臨床的疑いを十分に高めてから、目的に応じた検査を選ぶことが基本になる。

臨床的疑い 病歴・身体検査・一般血液検査 コルチゾール過剰を疑う コルチゾール欠乏を疑う LDDST(第一選択) または ACTH刺激試験 ACTH刺激試験 (ゴールドスタンダード) 陽性(抑制なし/過剰反応) 無反応(投与前後とも低値) 内因性ACTH + 画像診断 (第14章) 電解質・内因性ACTHで 原発性/続発性を鑑別 PDH または ADH 確定 原発性 または 続発性 確定 治療方針の決定 (第16章)

図15-1: 副腎皮質疾患診断の全体的な流れ。左がクッシング症候群、右がアジソン病の経路である。

非典型例・重複因子への注意

  • 全身性疾患の影響:糖尿病・腎疾患・重度の消化器疾患などの併発疾患は、コルチゾール値そのものやLDDSTの抑制パターンに影響し、偽陽性・偽陰性の原因となりうる。
  • 薬剤の影響:フェノバルビタールなど肝薬物代謝酵素を誘導する薬剤は、デキサメタゾンの代謝を促進し、LDDSTで見かけ上「抑制されない」結果を招くことが知られている。投薬歴の確認は検査解釈の前提条件である。
  • 結果が臨床像と合わない場合:検査結果は臨床像を裏付けるためのものであり、臨床像に優先するものではない。強い臨床的疑いがあるのに検査結果が合致しない場合は、検体の取り扱い・薬剤歴・併発疾患を再確認したうえで、必要に応じて再検査を検討する。
表15-1: 状況別の検査選択まとめ
臨床的疑い第一選択鑑別・確定のための検査主な落とし穴
クッシング症候群LDDST内因性ACTH・画像診断併発疾患・ストレスによる偽陽性
アジソン病ACTH刺激試験電解質・内因性ACTH非典型例での電解質異常の欠如
治療モニタリングACTH刺激試験(施設により投与前値も併用)臨床症状・電解質の経過観察目標域の設定は個体差が大きい

第VI部 ― 治療薬理学 ・ 第16章

副腎皮質疾患の薬物治療

治療薬の多くは、これまでの章で学んだ酵素・受容体・軸のどこか一点をピンポイントに狙っている。 「その薬がどの層の、どの酵素または受容体を標的にしているか」を意識すると、作用も副作用も 見通しがよくなる。

クッシング症候群の内科治療

トリロスタン

3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素(3β-HSD)を競合的に阻害する薬剤である。第3章の経路図を思い出すと、 この酵素はプレグネノロン→プロゲステロン、および17OHプレグネノロン→17OHプロゲステロンの変換を 担っており、ここを阻害することでコルチゾール(および程度は弱いがアルドステロンや性ホルモン系)の 産生を経路の上流でせき止める。酵素阻害という可逆的な機序であるため、投与を中止すれば比較的速やかに 産生能が回復しうる点が、次に述べるミトタンとの大きな違いである。

過量投与のリスク

阻害が強くかかりすぎると、コルチゾールだけでなくアルドステロン産生も抑制され、医原性の 副腎皮質機能低下症(急性副腎クリーゼを含む)を引き起こしうる。定期的なACTH刺激試験などによる モニタリングと、食欲不振・元気消失・嘔吐といった過量投与を示唆する症状への注意が欠かせない。

ミトタン(o,p'-DDD)

トリロスタン以前から用いられてきた薬剤で、作用機序が本質的に異なる。ミトタンは酵素を阻害するのではなく、 副腎皮質細胞そのものに対する選択的な細胞傷害作用を持ち、主に束状層・網状層を破壊する。 球状層は低用量では比較的温存されやすいとされるが、用量や治療経過によっては球状層にも影響が及びうる。 この「破壊的」な機序のため、過量投与による副腎皮質機能低下は不可逆的となりうる点がトリロスタンとの 決定的な違いであり、導入期・維持期を通じた慎重なモニタリングが必要とされてきた。

表16-1: トリロスタンとミトタンの機序比較
トリロスタンミトタン
機序3β-HSDの競合的阻害(酵素阻害)副腎皮質細胞への選択的細胞傷害
主な標的層束状層・球状層(用量依存的)主に束状層・網状層
可逆性中止により比較的速やかに可逆的破壊的機序のため不可逆的となりうる
現在の位置づけ多くの犬で第一選択限定的な使用にとどまることが多い

アジソン病の治療

原発性副腎皮質機能低下症の維持治療は、欠乏している2系統のホルモンをそれぞれ補充するという 発想がすべてである。

  • 糖質コルチコイド補充:生理的な補充量のプレドニゾロン(またはヒドロコルチゾン)を用いる。
  • 鉱質コルチコイド補充:デソキシコルチコステロンピバル酸エステル(DOCP、注射剤・一定間隔で反復投与)またはフルドロコルチゾン(経口・1日2回)のいずれかが用いられる。DOCPは純粋な鉱質コルチコイド作用のみを持つため糖質コルチコイドの補充を別途必要とするのに対し、フルドロコルチゾンは糖質コルチコイド作用もある程度併せ持つ。
急性クリーゼ時の考え方

急性副腎クリーゼでは、静脈内輸液による循環血液量の是正と高カリウム血症の希釈がまず重要であり、 並行して糖質コルチコイド(ヒドロコルチゾンなど)を投与する。診断がまだ確定していない段階では、 コルチゾール測定系と交差反応しにくいデキサメタゾンを暫定的に用いることで、後からACTH刺激試験を 実施して診断を確定させる余地を残せる、という考え方が古くから知られている。

原発性アルドステロン症の治療

片側性の副腎腫瘍が原因であれば、外科的副腎摘出が根治的な選択肢となる。手術が困難な場合や 両側性の病態には、アルドステロン受容体拮抗薬であるスピロノラクトンによる内科的管理に加え、 必要に応じたカリウム補充・降圧治療が行われる。

犬猫の違い ― 治療面での復習

トリロスタンは犬・猫双方で用いられるが、猫では反応の個体差がより大きいとされる。ミトタンは 猫での忍容性への懸念から使用が限定的である。アジソン病の維持治療(DOCP・フルドロコルチゾン)は 主に犬での使用経験が蓄積されており、猫での治療は疾患自体がまれであることもあって、 確立された知見は犬に比べて限られる。いずれの薬剤も、目標とする値は個体ごとの臨床症状・ 生活の質を踏まえて設定されるべきであり、検査値を「正常化」させること自体を目的化しないことが 重要である。

本書のまとめとして

被膜から髄質へ向かう3つの層、それぞれが持つ酵素、それらを束ねるHPA軸とRAAS系、そして犬と猫で 異なる現れ方 ― この一冊を通じて扱ってきたのは、結局のところ「層構造がそのまま機能構造である」 という一つの考え方だった。検査値や薬剤名に迷ったときは、表紙の層のナビゲーターに戻り、 「これはどの層の話か」を確認することから始めてほしい。

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