PART 1 総論 ― 神経学的検査へのアプローチ
CH.00 ― OVERVIEW
神経学的検査という考え方

神経学的検査の目的は「異常があるかどうか」を見つけることではなく、「神経系のどこに異常があるか」を、画像診断の前に絞り込むことにある。1つ1つの検査は、特定の神経・特定の髄節・特定の脳幹核を通る回路をピンポイントで調べる小さなスイッチであり、その結果を積み重ねて初めて病変部位が見えてくる。

MRIやCTは強力だが、体全体を無条件に撮影できるわけではない。神経学的検査によって「頸髄なのか胸腰髄なのか」「末梢神経なのか脳幹なのか」をあらかじめ絞り込んでおくことで、撮影範囲・鎮静時間・費用のすべてが現実的になる。神経学的検査は画像診断の代わりではなく、画像診断を的確に依頼するための地図づくりである。

検査の全体構造

本書では検査を便宜的に4つのパートに分けて解説する。①意識レベル・姿勢反応は大脳から末梢までの長い経路をまとめて評価し、②脊髄反射は特定の髄節だけを切り出して評価し、③脳神経検査は脳幹の高さを評価し、④感覚検査は予後に直結する情報を与える。この順序自体に意味があり、「範囲の広い検査」から「範囲の狭い検査」へと絞り込んでいく流れになっている。

「反射」と「反応」はまったく別のものを見ている

この先の章を読み進めるうえで、最初に区別しておきたい概念がある。

脊髄反射(膝蓋腱反射・屈曲反射・会陰反射など)は、受容器から脊髄に入り、同じ高さで運動ニューロンに接続してそのまま筋肉へ戻る、閉じた回路(反射弓)だけで成立する。大脳はいっさい関与しない。極端に言えば、大脳が完全に機能を失っていても、その髄節と末梢神経さえ無事であれば反射は出る。

一方、姿勢反応(固有位置感覎試験・立ち直り反応など)や視覚に基づく反応(威嚇反応など)は、受容器からの情報が脊髄を上行し、脳幹・視床を経て大脳皮質まで到達し、そこから下行路を通って再び末梢の筋肉を動かすという、神経系のほぼ全長を使う回路である。したがって反射が正常でも姿勢反応が異常ということは十分に起こりうるし、むしろ軽度の障害を最も鋭敏に検出できるのは姿勢反応の方である。

この違いを理解しておくと、「反射は正常なのに歩様がおかしい」といった一見矛盾した所見も、経路の長さが違う検査を組み合わせているだけだと納得できる。

上位運動ニューロン(UMN)と下位運動ニューロン(LMN)

下位運動ニューロン(LMN)は、脊髄前角の細胞体から末梢神経を経て筋肉に至る「最終共通路」である。ここが障害されると、その髄節が担当する反射弓そのものが壊れるため、反射は低下・消失し、筋トーンは低下し、神経支配を失った筋は数日〜数週で急速に萎縮する(除神経性筋萎縮)。

上位運動ニューロン(UMN)は、大脳皮質や脳幹からLMNへ向かう下行路であり、その主な役割は「動きを起こす」ことに加えて「脊髄反射を適度に抑制する」ことにある。UMNが障害されると、この抑制が外れるため、反射弓そのものは無傷でむしろ亢進し、筋トーンは上がり(痙性)、筋の廃用性萎縮はあっても緩徐である。

項目
UMN徴候(抑制が外れる)
LMN徴候(回路そのものが壊れる)
脊髄反射
正常〜亢進
低下〜消失
筋トーン
正常〜亢進(痙性)
低下(弛緩性)
筋萎縮
軽度・緩徐(廃用性)
高度・急速(除神経性)
典型的な原因部位
大脳・脳幹・脊髄white matter
脊髄灰白質前角・末梢神経・神経筋接合部
読み方のコツ

以降の章で「この反射は◯◯神経・◯◯髄節をみている」「亢進していれば◯◯より頭側のUMN病変を疑う」という説明が繰り返し出てくるが、これはすべてこのUMN/LMNの原理を個々の反射弓に当てはめているだけである。原理を先に理解しておくと、暗記量は大きく減る。

CH.01 ― OVERVIEW
意識レベルと精神状態の評価

意識の「レベル(覚醒度)」と「内容(行動・認知)」は、支えている構造が異なる。この2つを分けて観察すると、脳幹病変と大脳病変を初診の時点である程度切り分けられる。

覚醒を維持しているのは、脳幹(中脳〜延髄)の中心を走る上行性網様体賦活系(ARAS)である。ARASは感覚入力の一部を受け取りながら視床を経由して大脳皮質全体に非特異的に投射し、皮質を「起きている状態」に保ち続けている。したがって意識レベルの低下は、①ARASそのものが障害される脳幹病変、②ARASの投射を受け取る大脳皮質が両側性・びまん性に障害される場合、のいずれかで起こる。逆に言えば、片側だけの限局した大脳病変では、よほど大きくない限り意識レベル自体は保たれる。

正常
周囲を認識し、呼びかけに正常に反応する
沈うつ・傾眠
刺激がないと眠るが、呼びかけや軽い刺激で正常に近い反応が戻る
昏迷(stupor)
強い痛み刺激にのみ反応する。それ以外では覚醒しない
昏睡(coma)
痛み刺激にも反応しない。ARASそのものが機能していない状態
「意識レベルの低下」と「行動の変化」を混同しない

大脳皮質・辺縁系の限局した病変では、覚醒度は保たれたまま、性格の変化・攻撃性・見当識障害・意味のない徘徊や旋回、頭部を壁に押し付ける行動(head pressing)といった行動の質の変化だけが現れることが多い。これはARASを介した「覚醒のスイッチ」の問題ではなく、皮質が処理する「内容」の問題だからである。旋回はしばしば病変側への旋回(ipsiversive circling)として現れるが、これは単独では信頼性の高い側性化徴候ではなく、他の所見と合わせて解釈する。

臨床的な意味は大きい。意識レベルそのものが低下している動物では脳幹または両側性・びまん性の大脳病変を、意識ははっきりしているのに行動だけがおかしい動物では片側性の大脳(前脳)病変を、まず念頭に置く。

注意

意識レベルの急速な低下(数時間〜数日単位)は、脳幹への圧迫(脳ヘルニアなど)を示唆する緊急徴候になりうる。この先の脳神経検査・姿勢反応検査は、こうした症例ではより慎重かつ迅速に行う必要がある。

CH.02 ― OVERVIEW
姿勢反応検査

姿勢反応は、脊髄反射とは対照的に「神経系のほぼ全長」を使う検査群である。歩様がまだ正常に見える段階でも異常が出るため、最も鋭敏な検査であると同時に、病変を精密には絞り込めない検査でもある。

手足の位置を正しく認識し、必要なら瞬時に位置を修正するという一連の動作には、①四肢末端の受容器が発した固有感覚情報が末梢神経・脊髄を上行し、②脳幹・視床を経て大脳皮質(感覚運動野)まで届き、③そこから下行運動路が同側または対側の脊髄を下り、④脊髄前角のLMNを介して筋肉を動かす、という全経路が正常に機能している必要がある。したがって姿勢反応の異常は、末梢神経・脊髄・脳幹・大脳のどこにでも原因がありうる。「異常があること」は高い感度で拾えるが、「どこにあるか」は姿勢反応だけでは決められない。

反応
主に評価する経路・特徴
固有位置感覚試験(足位置修正)
意識的固有感覚の上行路+下行運動路の全体。最も鋭敏で、軽度不全麻痺の検出に優れる
立ち直り反応
同じ経路を、体重負荷を変えながら評価。姿勢維持の統合をみる
触知性・視覚性設置反応
触覚または視覚からの入力で同じ経路を賦活する。視覚性のみの障害は視路の問題を示唆
ホッピング反応
1肢だけに全体重を負荷し、同じ経路をより高い負荷でテストする。小型犬・猫で特に有用
手押し車反応
前肢経路を負荷。後肢を持ち上げて前肢だけで歩かせ、頭部を上げた状態でも評価する
伸張性伸展位置反応
後肢経路を負荷。体を支えながら地面に近づけ、四肢を伸展させて着地に備える反応をみる
左右差・前後差の読み方

上行する固有感覚路も下行する運動路も、脊髄・末梢神経のレベルでは基本的に同側性に走る一方、大脳皮質と視床のレベルでは対側支配になる。そのため、片側の姿勢反応だけが悪い場合、脊髄・末梢神経病変ならその側、大脳病変なら反対側の大脳(視床を含む前脳)を疑う、という使い分けができる。両側の後肢だけが悪ければ胸腰髄〜腰仙髄、四肢すべてが悪ければ頸髄または脳幹・両側大脳を疑う――この「どの組み合わせで悪いか」というパターン認識が、次章以降の脊髄反射・脳神経検査と組み合わさって病変部位を絞り込んでいく。

なぜ歩様が正常でも行うのか

軽度の不全麻痺では歩様の異常が目立たないことが多い。しかし固有位置感覚のようにフィードバックの精度を直接問う検査では、歩行という「結果」だけでは見えない微細な遅れや不正確さを拾い上げられる。神経学的検査を歩様観察だけで済ませてはいけない理由がここにある。

PART 2 脊髄反射検査
CH.03 ― 脊髄反射
前肢の屈曲反射

ここからは脊髄反射――受容器から脊髄の同じ高さで折り返して筋肉に戻る、閉じた回路だけで完結する検査――に入る。大脳の関与がないぶん、結果は特定の髄節と末梢神経の状態だけを純粋に反映する。

TEST 03-1
屈曲反射(前肢の引っ込め反射)
支配神経
橈骨神経・正中神経・尺骨神経・筋皮神経(刺激する指により関与する神経の組み合わせが変わる)
髄節
C6〜T2(頸髄膨大部)
反射弓の型
多シナプス性(介在ニューロンを経由)
侵害受容器(皮膚) 背側(感覚) 腹側(運動) 後根神経節 介在ニューロン 前角運動ニューロン 屈筋群 求心路 遠心路
※模式図。脊髄灰白質の形状・介在ニューロンの数は単純化している。動く点は興奮の伝導方向を示す。

皮膚を侵害刺激すると、その情報は感覮神経を介して脊髄背側(感覚)へ入り、複数の介在ニューロンを経由してから前角の運動ニューロンに伝わり、屈筋が収縮して肢を引っ込める。膝蓋腱反射(次章)と違って感覮ニューロンが運動ニューロンに直接つながっていないのは、指・手根・肘・肩という複数の関節を同時に、かつ協調して屈曲させる必要があるためである。介在ニューロンが情報を複数の高さ・複数の運動ニューロン群に分配することで、1本の指への刺激でも肢全体を協調して引っ込める複合運動が実現する。同時に介在ニューロンの一部は伸筋の運動ニューロンを抑制し(相反性抑制)、屈曲と拮抗する伸展が起きないようにしている。

この反射が正常に出ることは、皮膚の感覮神経・C6〜T2の脊髄灰白質・運動神経・筋肉というローカルな回路が保たれていることを意味するだけで、動物が痛みを「感じている」かどうかとは別問題である。反射性の引っ込めは大脳を介さないため、意識のない状態や、まれに完全な脊髄離断の後でも起こりうる。痛みを意識として知覚しているかどうかは、後述する深部痛覚検査(第13章)で別に確認する必要がある。

異常時の解釈

反射の低下・消失は、その反射弓を構成するC6〜T2の脊髄灰白質・末梢神経(腕神経叢を含む)・筋肉のいずれかが障害されているLMN徴候である。逆に、刺激に対して反応が過大・持続的になったり、反対側の肢に伸展が現れたりする場合は、脊髄の下行路(UMN)による抑制が外れているサインであり、次項以降で扱う交叉伸展反射の考え方につながる。

CH.04 ― 脊髄反射
膝蓋腱反射と後肢の屈曲反射

同じ「脊髄反射」でも、膝蓋腱反射と屈曲反射では回路の構造がまったく違う。この違いを理解すると、なぜ膝蓋腱反射だけが特別に速いのかが見えてくる。

TEST 04-1
膝蓋腱反射
支配神経
大腿神経
髄節
L4〜L6
反射弓の型
単シナプス性(相同性反射)
大腿四頭筋 (受容器=効果器:相同性反射) 背側(感覚) 腹側(運動) 後根神経節 単シナプス(直接接続) 求心路(Ia群線維) 遠心路(α運動ニューロン)
※模式図。単シナプス性反射は、屈曲反射(前章)より伝導が1段階少ない分だけ速い。

大腿四頭筋を急に伸張すると、筋紡錘という伸張受容器が興奮し、その情報を運ぶIa群求心性線維が脊髄に入って介在ニューロンを介さずに直接同じ筋を支配するα運動ニューロンに接続する。ここが屈曲反射との決定的な違いである。介在ニューロンによる中継がないぶんシナプスは1つだけになり、動物の脊髄反射のなかで最も速く、最も単純な反射になる。

もう1つの特徴は、伸張を感知した筋自身が収縮して反応するという「相同性(homonymous)」の反射である点だ。皮膚(受容器)と筋肉(効果器)が別の組織である屈曲反射とは異なり、膝蓋腱反射は受容器と効果器が同じ筋の中に同居している。この単純さゆえに、膝蓋腱反射は姿勢を保つための瞬間的なフィードバック機構として、意識に上る前に筋の長さを一定に保つ役割を担っている。

異常時の解釈

反射の低下・消失はL4〜L6の脊髄灰白質または大腿神経のLMN障害を示す。反射の亢進(過剰な伸展・クローヌス様の反復)は、L4より頭側のどこか(腰髄より上のUMN)による抑制が外れていることを示すが、これは「L4〜L6より頭側に問題がある」という意味であり、正常であっても頭側の病変を否定する根拠にはならない点に注意する。

TEST 04-2
後肢の屈曲反射
支配神経
坐骨神経(脛骨神経・腓骨神経枝)/股関節屈曲は大腿神経(腸腰筋)も関与
髄節
L6〜S2
反射弓の型
多シナプス性(前肢の屈曲反射と同型)

回路の構造は前章で見た前肢の屈曲反射とまったく同じで、対象となる髄節がL6〜S2に移るだけである。膝蓋腱反射(L4〜L6)と組み合わせることで、腰仙髄膨大部の中でも障害の中心がどのあたりにあるかを絞り込める――たとえば膝蓋腱反射は保たれるのに屈曲反射だけが消失していれば、より尾側(L6〜S2・坐骨神経)に問題が集中していると考えられる。

見かけの亢進に注意

坐骨神経(L6〜S2)がLMN障害を受けると、膝蓋腱反射(大腿神経)に拮抗するはずの後肢屈筋群の緊張が失われるため、膝蓋腱反射だけを見ると異常に強く出ているように見えることがある。これはUMN病変による真の亢進ではなく、拮抗筋のLMN障害による相対的な現象であり、「見かけ上の亢進」として区別して考える必要がある。屈曲反射自体が消失していれば、この可能性を積極的に疑う。

CH.05 ― 脊髄反射
交叉伸展反射

交叉伸展反射は、他の脊髄反射と違って「出ないのが正常」という珍しい反射である。この逆転した見方が理解の鍵になる。

TEST 05
交叉伸展反射
回路
屈曲反射の求心路+交連性介在ニューロン+対側伸筋運動ニューロン
正常な状態
安静・横臥位では顕在化しない(下行性抑制により隠されている)
意味
明瞭に出れば下行性抑制の消失=UMN徴候
侵害刺激(片肢) 脊髄(同一分節) 同側:屈筋 対側:伸筋 交連性介在ニューロン 同側:屈曲(逃避) 対側:伸展(支持)
※模式図。色は本文の対応関係(緑=同側・常に存在/赤=対側・通常は抑制されている)を示す。交連路の解剖学的位置は簡略化している。

四足動物が片肢を痛みから引っ込めるとき、体重を支える役目はとっさに反対側の肢へ移らなければならない。そのため、屈曲反射の求心性入力の一部は、脊髄の正中線を横切る交連性介在ニューロンを介して、対側の伸筋運動ニューロンにも同時に伝えられている。片肢が屈曲すると同時に反対の肢が伸展して体を支える――これが交叉伸展反射の設計思想である。

ただし、この対側への回路は健常な成体では下行性の抑制を強く受けており、横臥位で屈曲反射を確認しても、反対側の肢がはっきり伸展することは通常ない。この下行性抑制は生後に成熟する経路であり、新生子ではむしろ交叉伸展が目立つことがある点も踏まえておきたい。

異常時の解釈

横臥位で安静にしているにもかかわらず、片肢への刺激で反対側の肢がはっきりと伸展する場合は、その髄節に対する下行性抑制(UMN)が失われていることを意味する。回路そのもの(同側の屈曲反射・交連路)は保たれているからこそ、抑制が外れた分だけ交叉伸展が顕在化する――「壊れて出る」のではなく「抑制が外れて出る」反射である点が、他の脊髄反射と発想が逆になる理由である。

CH.06 ― 脊髄反射
会陰反射・肛門反射・尾の緊張

脊髄の最も尾側、仙髄と馬尾・陰部神経の状態を映す反射である。骨盤骨折や尾の牽引損傷(尾を強く引っ張られた猫など)で真っ先に評価すべき項目でもある。

TEST 06
会陰反射・肛門反射
支配神経
陰部神経ほか仙髄由来の神経
髄節
S1〜S3(仙髄)
反射弓の型
多シナプス性
会陰部皮膚 背側(感覚) 腹側(運動) 肛門括約筋 収縮(窄まる) 尾の筋 基部を屈曲(締める)
※模式図。同じS1〜S3の運動ニューロン群から、肛門括約筋と尾の筋という2つの効果器へ出力が分かれる。

会陰部の皮膚を刺激すると、その情報はS1〜S3の脊髄に入り、同じ髄節から出る運動ニューロンを介して肛門括約筋が収縮(肛門の窄まり)し、同時に尾の基部を下げて締めるように屈曲する。2つの効果器が別々の筋であるにもかかわらず同時に反応するのは、どちらも同じS1〜S3という運動ニューロンプールから枝分かれして出力されているためである。

この反射は、脊髄の中でも最も尾側にある仙髄と、そこから伸びる馬尾・陰部神経の状態を直接反映する。骨盤内で脊髄そのものは終わっていても、馬尾(神経根の束)はさらに尾側まで伸びているため、仙尾骨の骨折や尾の強い牽引損傷は、脊髄自体を傷つけていなくても馬尾・陰部神経を介してこの反射に異常を残しうる。

異常時の解釈

反射の低下・消失、尾の緊張低下(だらんとした尾)は、S1〜S3または馬尾・陰部神経のLMN障害を示す。臨床的には排便・排尿の制御にも直結する領域であり、この反射の異常がみられた場合は、あわせて排尿状態(自力排尿の有無、膀胱の張り具合)も確認する価値が高い。膀胱障害のUMN型・LMN型の違いは第14章で扱う。

CH.07 ― 脊髄反射
皮筋反射(パニキュラス反射)

背部の皮膚をつまむと体表がピクッと収縮する、あの反射である。これは唯一「病変の高さそのもの」をおおよそ体表で読み取れる脊髄反射であり、画像診断前の当たりをつける手段として重宝される。

TEST 07
皮筋反射
求心路
刺激した高さの脊髄神経(皮膚枝)
統合中枢
C8〜T1
遠心路
外側胸神経(両側の皮筋へ)

他の脊髄反射と違い、この反射は刺激した場所の脊髄分節だけでは完結しない。皮膚から入った感覚情報は、脊髄内を上行する固有脊髄路(propriospinal tract)を何分節分も伝わり、頸胸移行部にあるC8〜T1の統合中枢まで届いて初めて、そこから外側胸神経を介して両側の皮筋(体表の筋)へ出力される。つまりこの反射は「刺激点から統合中枢まで、脊髄が連続してつながっている」ことを前提にした、いわば距離のある反射である。

統合中枢 C8–T1 (外側胸神経) 刺激点A (病変より頭側) 病変部位 刺激点B (病変より尾側) 皮筋反射:陽性 皮筋反射:陰性
※模式図。刺激点Aは病変より頭側にあるため信号がC8–T1に到達し反射が出るが、刺激点Bは病変より尾側にあるため上行路が途絶し反射が出ない。

この性質を利用して、背部の皮膚を尾側から頭側へ向かって少しずつ刺激していくと、病変より尾側では反射が出ず、病変を越えて頭側に入った瞬間から反射が出るようになる。この「反射が出はじめる境界線」を体表で確認することで、胸腰髄病変の尾側端をおおよそ推定できる。ただし、上行する固有脊髄路は病変の少し尾側からすでに巻き込まれ始めることが多く、実際の境界線は解剖学的な病変の中心よりも1〜数椎体ぶん尾側にずれて現れることが知られている。あくまで目安であり、正確な位置は画像診断で確認する。

異常時の解釈

ある高さから尾側で皮筋反射が一様に消失していれば、その高さより頭側のどこかに脊髄実質を横断的に障害する病変(圧迫・炎症・外傷など)がある可能性を考える。一方、C8〜T1の統合中枢そのものや外側胸神経が障害されれば、刺激する場所によらず反射は出なくなる。

PART 3 脳神経検査

脳神経検査は、脊髄反射よりさらに頭側――脳幹という限られた高さの中で、どの神経核がやられているかを絞り込む検査群である。以下の5章では吻側(中脳)から尾側(延髄)へ順にみていくので、まず全体の配置を確認しておく。

中脳 延髄 III IV V VI VII VIII IX・X XII 吻側 尾側
※模式図。CN XI(副神経)は延髄尾側〜上位頸髄由来で個体差があるため図から省略した。CN I(嗅神経)・CN II(視神経)は脳幹の核ではないため別扱いとする。

この並びから読み取れる実践的なポイントは、複数の脳神経がまとまって障害されると、その組み合わせから脳幹の高さを特定できるということである。たとえばCN V・VI・VIIがまとまって障害されていれば橋、CN IX・X・XIIがまとまって障害されていれば延髄が疑わしい、という具合である。

CH.08 ― 脳神経検査
視覚路とCN II

対光反射と威嚇反応は、どちらも「光や物が見えたときの反応」という点で似ているが、通る経路がまったく違う。この違いこそが視覚障害の原因を絞り込む鍵になる。

TEST 08-1
対光反射(PLR)
求心路
CN II(視神経)
遠心路
CN III(動眼神経・副交感成分)
通過する中枢
視交叉→視蓋前域→両側の動眼神経副交感核(大脳皮質は通らない)
光刺激 刺激眼 反対眼 視交叉(視神経の一部が交叉) 視蓋前域(左右が連絡) 直接反応(同側) 対光反応(対側)
※模式図。片眼(左)に光を当てると、視蓋前域が左右の動眼神経副交感核の両方に投射しているため、刺激眼(直接反応)と反対眼(対光反応)が同時に縮瞳する。

視蓋前域は左右の動眼神経副交感核(CN IIIの一部)の両方に投射している。そのため片方の眼だけに光を当てても、刺激した眼(直接反応)と反対の眼(対光反応/コンセンサル反応)の両方が同時に縮瞳する。この左右への分岐こそが、片眼だけの異常から求心路と遠心路のどちらが悪いのかを見分ける手がかりになる。

刺激眼の直接反応(−)/反対眼の対光反応(+)
刺激眼側の遠心路(CN III・虹彩)の障害
刺激眼の直接反応(−)/反対眼の対光反応(−)
刺激眼側の求心路(CN II・網膜)の障害

対光反射は大脳皮質を経由しない皮質下反射である。したがって、この反射が正常であっても、動物が視覚情報を「認識」できているかどうかは保証されない――視床より先、視覚野に至る経路が絶たれていても瞳孔は正常に反応しうる。逆に対光反射が消失していれば、それは網膜からCN III・虹彩までの反射弓そのものに原因があると判断できる。

TEST 08-2
威嚇反応と眩惑反射
威嚇反応の経路
網膜→CN II→視交叉→視放線→後頭葉皮質(視覚)+ 同側小脳による促通 → CN VII(まぶたを閉じる)
眩惑反射の経路
網膜→CN II→皮質下→CN VII(まぶたの部分閉眼)。皮質を通らない

威嚇反応(物を急に近づけてまばたきさせる反応)は、対光反射と違い、視覚野に届いた情報を「脅威」として認識し、それを運動指令に変換する高次の過程を含む。さらに、この運動指令が適切にまぶたの閉眼として出力されるには、同側の小脳による促通も必要とされる。そのため威嚇反応は、視覚路(網膜からCN II、視放線、後頭葉皮質まで)・CN VII(顔面神経の運動枝)・小脳のいずれが欠けても消失しうる、複合的な反応である。なお、この反応は学習・成熟を要するため、子犬・子猫では生後10〜12週齢頃まで明確に出ないことがある。

眩惑反射(強い光でまぶたが反射的に部分閉眼する反応)は対光反射と同じく皮質を経由しない皮質下反射で、網膜からCN IIを経て脳幹、CN VIIへと抜ける短い経路だけで完結する。

対光反射と威嚇反応の解離が語ること

対光反射と眩惑反射が正常なのに威嚇反応だけが消失している場合、網膜からCN II・視交叉・脳幹という視覚路の「入り口」は保たれているとわかる。したがって原因は、より末梢(視放線・後頭葉皮質の皮質盲)か、同側の小脳、あるいはCN VII(顔面神経麻痺でまぶたを閉じられない)のいずれかに絞られる。CN VIIの運動機能は別途、眼瞼反射(第10章)で確認できるため、両者を組み合わせれば皮質盲・小脳性・顔面神経性のいずれかをかなり具体的に切り分けられる。

CH.09 ― 脳神経検査
眼球運動 CN III・IV・VI

斜視の向きは、やられた神経ではなく「やられずに残った筋肉」が眼球を引っ張る向きで決まる。この「拮抗筋の綱引き」という発想で見ると、なぜその向きに眼が傾くのかが説明できる。

神経
支配筋
障害時の所見
CN III(動眼神経)
背側・腹側・内側直筋、腹側斜筋、上眼瞼挙筋、瞳孔括約筋
外側腹側斜視・散瞳(対光反射なし)・眼瞼下垂
CN IV(滑車神経)
背側斜筋
眼球の回旋(捻転斜視)。猫では縦長瞳孔の傾きで気づきやすい
CN VI(外転神経)
外側直筋、後退筋
内斜視・外転不能・眼球後退反射(角膜反射の遠心路)の低下
正常 CN III麻痺 外側腹側斜視・散瞳・眼瞼下垂 CN VI麻痺 内斜視
※模式図。斜視の向きは、障害された筋ではなく残存した拮抗筋が眼球を引く方向で決まる。

CN IIIは内側直筋・背側直筋・腹側直筋・腹側斜筋・上眼瞼挙筋・瞳孔括約筋という、外眼筋の大部分を支配している。CN IIIが麻痺すると、これらに拮抗する筋――CN VIが支配する外側直筋とCN IVが支配する背側斜筋――だけが正常に働き続けるため、眼球はその2筋に引っ張られて外側・腹側に位置する(外側腹側斜視)。同時に瞳孔括約筋の麻痺で散瞳し、上眼瞼挙筋の麻痺で眼瞼下垂が起こる。CN VIが麻痺した場合は逆に、拮抗するCN III支配の内側直筋だけが働くため、眼球は内側に引かれる(内斜視)。「どの筋が働かなくなったか」ではなく「どの筋が働き続けているか」で眼位を考えると理解しやすい。

CN IVは背側斜筋という1つの筋だけを支配し、眼球をわずかに回旋(内方へ捻転)させる。単独の麻痺は臨床的にまれで、しかも回旋のずれは肉眼では気づきにくいが、瞳孔が縦長のスリット状である猫では、瞳孔の傾きとして麻痺側の回旋异常を比較的とらえやすい。

生理的眼振(前庭動眼反射)が見ているもの

頭部を動かしたときに眼球が反射的に頭の動きを追う(生理的眼振)のは、CN VIII(前庭)からの情報が脳幹の内側縦束(MLF)を介してCN III・IV・VIの核に伝わることで成立する。つまりこの反射は、CN III・IV・VIそれぞれの単独の機能だけでなく、前庭からそこに至るまでの脳幹内の「配線」がつながっているかどうかを試す検査でもある。この反射が左右非対称であったり消失していたりする場合は、前庭系または脳幹そのものの障害を疑う。自発的・体位性の異常な眼振の解釈は第11章で扱う。

CH.10 ― 脳神経検査
三叉神経・顔面神経 CN V・VII

角膜反射・眼瞼反射は「1つの反射」のように扱われがちだが、実際には感覚を受け持つ神経と運動を出力する神経が別々の、複数の脳神経にまたがる反射である。

神経
主な機能
障害時の所見
CN V(三叉神経)
顔面・角膜・鼻粘膜の感覚(感覚枝)/咀嚼筋(運動枝)
顔面感覚の低下・消失。両側性の運動枝麻痺では開いたまま閉じない下顎(下顎下垂)と側頭筋の高度な萎縮
CN VII(顔面神経)
表情筋(眼瞼・口唇・耳)の運動/涙腺・唾液腺の副交感/舌前2/3の味覚
患側の耳介下垂・口唇の下垂(健側に引かれて見える)・閉眼不能
TEST 10
角膜反射・眼瞼反射
角膜(触覚刺激) 橋(脳幹) CN V感覚核 CN VI核 CN VII核 眼球後退 (CN VI) 眼瞼閉鎖 (CN VII)
※模式図。角膜への刺激(CN V)は脳幹内で2方向に分岐し、CN VIによる眼球後退とCN VIIによる眼瞼閉鎖を同時に起こす。

この反射は感覚を担うCN Vと、運動を担うCN VI・CN VIIという、あわせて3本の脳神経にまたがっている。したがって反射が消失していても原因は1つとは限らない。他の所見と組み合わせて、どの神経が問題なのかを切り分ける必要がある。

顔面が左右対称・自発的にまばたきする
CN VII運動は保たれている→感覚(CN V)側の問題を疑う
患側の顔面が下垂し閉眼できない
CN VII運動麻痺を疑う
眼瞼は閉じるが眼球が後退しない
CN VI(後退筋)側の問題を疑う
顔面の左右差はどちら側が悪いか

表情筋は左右がつねに一定の緊張で引き合っており、片側のCN VIIが麻痺すると、その側の筋緊張が失われて耳・口唇が垂れ下がる一方、健側の筋はそのまま働き続けるため、鼻づらや口角が健側へ引き寄せられて見える。「引かれて見える健側」ではなく「垂れ下がっている患側」に病変があると判断する。

CH.11 ― 脳神経検査
前庭神経系 CN VIII

前庭疾患の3大徴候(斜頸・眼振・運動失調)は、それぞれ別の投射先で説明できる。1つの入力が3方向に配られていると考えると、なぜこの組み合わせで症状が出るのかが見えてくる。

TEST 11
前庭系の投射
内耳(前庭) CN VIII 前庭神経核(延髄) 眼振 CN III・IV・VI(MLF経由) 小脳(片葉小節葉) 脊髄:同側伸筋トーン↑(前庭脊髄路)
※模式図。前庭神経核からの投射先を3方向で示す(眼振/姿勢・筋緊張/小脳性の調整)。実際の神経路の走行は簡略化している。

前庭神経核に届いた頭部の位置・動きの情報は、少なくとも3方向に配られる。①内側縦束(MLF)を介してCN III・IV・VIの核に伝わり、頭部の動きを打ち消す方向に眼球を動かす(生理的眼振/前庭動眼反射)。②前庭脊髄路を介して同側の伸筋群の緊張を高め、重力に対して姿勢を保つ。③小脳(片葉小節葉)にも投射し、前庭からの情報と運動の統合を微調整する。

この3方向の投射を踏まえると、前庭疾患の典型的な三徴――患側への斜頸、眼振、患側への運動失調・転倒――がなぜ同時に起こるのかが説明できる。前庭神経核からの出力低下は、①眼球運動核への出力低下→異常眼振、②同側伸筋トーンの低下→その側へ倒れ込む・斜頸、として一貫して現れる。

中枢性か末梢性か
所見
末梢性(内耳・CN VIII)
中枢性(脳幹・小脳)
眼振の向き
水平・回旋性が主体。頭位を変えても向きは一定
垂直性がありうる(垂直性眼振は中枢性のみで生じる)。頭位で向きが変わることがある
意識レベル・姿勢反応
正常
低下・異常がありうる
他の脳神経徴候
なし(ただしCN VII麻痺やホルネル症候群を併発しうる=中耳の近接構造)
CN V・VI・VII・IX・X・XIIなど多発しやすい
なぜ末梢性でCN VIIやホルネル症候群を伴うのか

顔面神経と交感神経の一部(眼への経路)は、内耳を収める骨(側頭骨錐体部)のすぐ近くを走行しているため、中耳炎・内耳炎など末梢の前庭病変がこれらを物理的に巻き込むことがある。これは中枢病変の証拠ではなく、解剖学的な近さゆえの「巻き添え」であり、姿勢反応や意識レベルが正常であれば末梢性を積極的に支持する所見になる。

CH.12 ― 脳神経検査
舌咽・迷走・舌下神経

延髄からは、嚥下と呼吸気道の防御を担うCN IX・X、そして舌の動きを担うCN XIIが出る。いずれも一見地味だが、誤嚥性肺炎や上気道閉塞という致死的な合併症に直結する。

TEST 12-1
CN IX・X(咽頭・喉頭・嚥下機能)
評価内容
嚥下反射(咽頭反射)・喉頭の外転(吸気時に気道を開く動き)
なぜ2本まとめて評価するか
咽頭・喉頭の感覚と運動の大部分を共同で支配しており、片方だけを分離して評価しにくいため

咽頭粘膜への刺激は主にCN IXの感覚線維で延髄に入り、延髄内の反射回路を介してCN IX・CN Xの運動線維に伝わり、咽頭収縮筋群が協調して収縮する嚥下反射が起こる。CN Xはさらに喉頭の筋(とくに吸気のたびに声帯を外転させて気道を開く筋)を支配しており、ここが両側性に障害されると、吸気のたびに気道が十分に開かず、狭くなった声門を空気が通過するときに特徴的な吸気性の異常呼吸音が生じる。

臨床的な重み

CN IX・Xの機能低下は、嚥下障害による誤嚥性肺炎のリスクと、喉頭麻痺による上気道閉塞のリスクという、2つの致死的合併症に直結する。とくに両側性の喉頭麻痺は緊急性が高い。

TEST 12-2
CN XII(舌下神経)
支配筋
舌の内舌筋・外舌筋(オトガイ舌筋など)
片側障害時の所見
舌を突出させると患側へ偏位。患側の舌の萎縮
両側障害時の所見
弛緩性の舌。食物の取り込み・飲水(舐める動作)が困難

舌を前方に突き出す動きは、左右のオトガイ舌筋が同時に収縮することで生まれる。それぞれのオトガイ舌筋は、収縮すると舌を反対側へ押し出す向きに働くため、左右が均等に働けば舌はまっすぐ正中に出る。片側(たとえば右側)のCN XIIが麻痺すると、正常に働く反対側(左側)のオトガイ舌筋だけが舌を押し出すため、舌は麻痺側(右)へ偏位して突出する。「押し出す力が弱い側」ではなく「反対側の力に押されて向く先」が患側になる、CN VI・CN IIIの斜視と同じ発想の現象である。

PART 4 感覚検査と病変部位の統合
CH.13 ― 感覚検査
表在痛覚と深部痛覚

「肢を引っ込めた」ことと「痛みを感じた」ことは、神経学的にはまったく別の現象である。この区別を誤ると、予後評価を大きく見誤る。

TEST 13
深部痛覚:反射と知覚の分離
大脳皮質 (意識としての知覚) 脊髄 深部組織(骨膜など) 反射性の引っ込め (意識とは無関係に起こりうる) 上行路(脊髄視床路など)
※模式図。緑の経路(反射弓)は脊髄だけで完結し、大脳が機能していなくても起こりうる。赤の経路(上行路)が大脳皮質まで届いて初めて「痛みの知覚」になる。

強い痛み刺激を骨や関節など深部組織に与えると、通常は肢を引っ込める(反射)だけでなく、頭を振り向ける・鳴く・咬もうとするといった、明らかに刺激の発生源を認識した行動が伴う。前者は脊髄だけで完結する反射弓であり、後者は脊髄視床路などの上行路が脊髄を通り抜けて脳幹・視床を経て大脳皮質まで届いて初めて成立する。肢が引っ込むこと自体は、痛みを感じている証拠にはならない。脊髄が完全に離断していても、その髄節の反射弓が残っていれば引っ込め反射だけは起こりうるからである。深部痛覚の有無を判定する際は、肢の動きではなく、頭部の反応や鳴き声など、大脳が関与していることを示す反応の有無を見る必要がある。

深部痛覚を伝える上行路は、1本の細い経路ではなく、脊髄の広い範囲に分散した複数の経路で冗長に伝えられている。そのため物理的な圧迫や損傷に対して最も抵抗性が高く、脊髄の機能のなかで最後まで残り、圧迫が強い場合は最後に失われる感覚でもある。深部痛覚が消失しているということは、それだけ脊髄の横断的な障害が重度であることを意味するため、機能回復の予後を判断するうえで最も重みのある所見として扱われる。

予後における意味

後肢の完全麻痺があっても深部痛覚が保たれていれば、外科的な減圧などにより機能回復が期待できる可能性は相応に残る。一方、深部痛覚が消失している状態が一定時間続く場合は、脊髄の連続性がほぼ完全に断たれていることを意味し、機能回復の見込みは大きく下がる。深部痛覚は強い侵害刺激を要する検査でもあるため、判定に必要な範囲を超えて繰り返し行うべきではない。

CH.14 ― 総合評価
総合評価:病変部位の推定

ここまでの所見――どの反射が異常か、どの脳神経が障害されているか、姿勢反応はどうか――を1枚の地図に重ねると、脊髄のどの高さに問題があるかがかなり絞り込める。最後にその地図を組み立てる。

四肢を持つ動物の脊髄は、便宜的に4つの領域に分けて考えると扱いやすい。それぞれの領域は「その領域より前肢寄りか後肢寄りか」「LMNの起始核(前角)がその領域にあるか、それとも下行するUMN路が通過するだけか」という2つの軸で性格が決まる。ある髄節にLMNの起始核があればその領域はLMN徴候(反射低下・弛緩・急速な筋萎縮)を示し、その領域より頭側の病変であれば、そこを通過するUMN路が障害されるだけなのでUMN徴候(反射正常〜亢進・痙性)を示す。下のパネルを開いて、それぞれの領域の所見を確認してほしい。

前肢・後肢のLMNはいずれもこの領域より尾側(頸膨大部・腰仙膨大部)にあるため、C1〜C5の病変は四肢すべてに対してUMN徴候(反射正常〜亢進、痙性)として現れる。四肢すべてが同じ性質(UMN)の異常を示す点が、この領域を疑う最大の手がかりになる。

重度の病変、とくにC5より頭側では、横隔神経(C5〜C7が起始に関与)への影響や、意識レベル低下・複数の脳神経徴候の併発があれば、脳幹・大脳への進展も考慮する。

前肢のLMN(腕神経叢を含む)がこの領域にあるため、前肢は反射低下・弛緩・急速な筋萎縮というLMN徴候を示す。後肢のLMNはさらに尾側(腰仙膨大部)にあるため、後肢はこの領域を通過するだけのUMN路が障害され、UMN徴候(反射正常〜亢進)を示す。「前肢はLMN、後肢はUMN」という組み合わせがこの領域の指紋になる。

T1〜T3由来の交感神経(眼への経路)もこの高さを通過するため、ホルネル症候群(縮瞳・眼瞼下垂・眼球陥凹)を伴うことがある。また第7章の皮筋反射のカットオフが、この付近を境に現れることもある。

前肢のLMNはこの領域よりはるかに頭側にあるため影響を受けず、神経学的に正常のままである。後肢のLMNは尾側の腰仙膨大部にあるため、この領域の病変は後肢にUMN徴候(反射正常〜亢進)をもたらす。「前肢は完全に正常、後肢だけがUMN徴候」という組み合わせが特徴になる。

急性・重度の病変では、後肢の対麻痺に加えて前肢が硬直伸展する肢位(シフ・シェリントン肢位)がみられることがある。これは腰髄にある特定の介在ニューロン群からの上行性の抑制が失われるために起こる現象であり、前肢そのものの神経学的機能は正常である点を誤解しないようにしたい。膀胱はUMN型(過度の緊張で自力排尿しにくい)を示し、皮筋反射のカットオフ(第7章)で病変の尾側端をおおよそ推定できる。

後肢・尾・会陰部のLMN(坐骨神経・陰部神経を含む)がこの領域にあるため、後肢は反射低下・弛緩・急速な筋萎縮というLMN徴候を示す。前肢はこの領域よりはるかに頭側でLMNを受けているため影響を受けない。

膀胱はLMN型(緊張が失われ、弛緩して溢流性に漏れる・圧迫すると容易に排尿できる)を示し、会陰反射・肛門反射・尾の緊張の低下(第6章)を伴う。尾を強く引っ張られた猫の馬尾・仙尾神経損傷は、この領域の障害の典型例である。

組み合わせて読む

実際の症例では、単独の所見だけで結論を出すことはまれで、姿勢反応(第2章)・脊髄反射(第3〜7章)・脳神経(第8〜12章)・感覚検査(第13章)を重ね合わせて初めて、上のどの領域が最も辻褄が合うかが見えてくる。たとえば「四肢すべての姿勢反応が悪いが脳神経はすべて正常」なら頸髄を、「後肢だけがUMN徴候で前肢は正常、脳神経も正常」ならT3〜L3を、「後肢がLMN徴候で会陰反射も低下」ならL4〜S3を、というように、複数の陰性所見・陽性所見の組み合わせそのものが診断的な意味を持つ。

神経学的検査は、白黒はっきりした答えを1つの検査から得る道具ではない。むしろ、性質の異なる複数の小さな検査を積み重ねて、矛盾なく説明できる病変部位を1つに絞り込んでいく、パズルのような作業である。本書の各章で繰り返し強調してきた「どの神経を」「どこの支配領域を」「なぜその反応になるのか」という3つの問いは、そのパズルの1ピース1ピースの形を正しく理解するための道具にほかならない。