VETSTUDY LIBRARY / 薬理学
犬と猫の抗菌薬の分類
殺菌性・静菌性/グラム陰性・陽性/臓器移行性
殺菌性・静菌性/グラム陰性・陽性/臓器移行性
抗菌薬は「何を」「どのように」「どこまで」効かせるかという3つの軸で整理すると理解しやすくなります。本書では、殺菌的作用と静菌的作用の違い、グラム陽性菌・陰性菌に対するスペクトラムの違い、そして各臓器・組織への移行性という3つの視点から、犬と猫の臨床で用いられる主要な抗菌薬をやさしく体系的に解説します。
CHAPTER 01
抗菌薬・抗生物質とは
分類の話に入る前に、「抗菌薬」と「抗生物質」という言葉の違いと、これから学ぶ3つの分類軸の全体像を確認しておきましょう。
抗生物質と抗菌薬、その違い
「抗生物質」という言葉は本来、微生物が他の微生物の増殖を抑えるために産生する物質、あるいはそれに由来する化合物を指す言葉として使われてきました。ペニシリンが青カビ由来であることは、その代表例としてよく知られています。
一方で「抗菌薬」は、天然由来の物質だけでなく、化学的に合成された薬剤(サルファ剤、フルオロキノロン系など)まで含む、より広い概念です。現在の臨床現場では両者はほぼ同じ意味で使われることが多いのですが、合成抗菌薬まで扱う本書では、より包括的な「抗菌薬」という表現で統一します。
抗菌薬は、細菌の細胞壁合成やタンパク質合成、核酸複製といった、細菌に特有の構造・代謝経路を標的とすることで、犬や猫自身の細胞にはできるだけ影響を与えずに感染を制御します。この「病原体だけを狙い撃ちする」性質を選択毒性と呼び、あらゆる抗菌薬設計の基本原理になっています。
用語メモ
本書で扱う「広域・狭域」はスペクトラム(効果が及ぶ菌種の範囲)についての言葉で、これから学ぶ「殺菌性・静菌性」(菌をどう扱うか)とは別の軸です。この2つを混同しないことが、抗菌薬を体系的に理解する第一歩になります。
獣医療における適正使用と、本書の3つの視点
薬剤耐性菌(AMR)の広がりを受け、伴侶動物臨床でも「経験的に広域抗菌薬を選ぶ」のではなく、想定される原因菌・感染部位・薬物動態を踏まえた合理的な選択が求められるようになっています。そのための土台となるのが、次の3つの視点です。
視点
内容
扱う章
殺菌性・静菌性
細菌を死滅させるか、増殖を抑えて宿主免疫に排除を委ねるか
第2章
グラム陽性・陰性
細胞壁構造の違いにより、どの菌種に効果が及ぶか(スペクトラム)
第3・4章
臓器移行性
脳・前立腺・骨・尿路など、感染部位まで薬が届くかどうか
第5章
第6章では、これら3つの視点を犬と猫それぞれの臨床現場でどう組み合わせて考えるかを扱います。まずは第2章「殺菌的作用と静菌的作用」から見ていきましょう。
CHAPTER 02
殺菌的作用と静菌的作用
抗菌薬が細菌を「殺す」のか「増殖を止める」のかという違いは、重症度や感染部位に応じた薬剤選択の出発点になります。
殺菌性 = bactericidal
静菌性 = bacteriostatic
殺菌性と静菌性の定義
殺菌的(bactericidal)な抗菌薬は、薬剤単独で細菌を死滅させます。細胞壁の合成を阻害する薬剤や、DNA複製を止める薬剤の多くがこれにあたります。一方静菌的(bacteriostatic)な抗菌薬は、細菌の増殖を止めるだけで、最終的に病原体を排除するのは好中球やマクロファージなど宿主の免疫細胞の役割になります。
分類
代表的な系統
殺菌的
β-ラクタム系(ペニシリン系・セフェム系)、アミノグリコシド系、フルオロキノロン系、メトロニダゾール
静菌的
テトラサイクリン系、マクロライド系、リンコサミド系、クロラムフェニコール、サルファ剤(単剤)
ただしこの境界は絶対的なものではありません。例えばサルファ剤とトリメトプリムの合剤(ST合剤)は、単剤ではいずれも静菌的ですが、葉酸合成経路の異なる段階を同時に阻害することで、組み合わせると殺菌的に働きます。濃度や菌種によっても、殺菌・静菌の境界は連続的に変化しうると理解しておくとよいでしょう。
臨床上の目安
敗血症、細菌性心内膜炎、髄膜炎、好中球減少症を伴う感染など、宿主免疫に排除を頼りにくい重症例では、殺菌的抗菌薬が優先されます。一方、免疫機能が保たれた動物の一般的な皮膚感染や呼吸器感染では、静菌薬でも十分に治療が成立します。
PK/PDパラメータ ― 濃度依存性と時間依存性
抗菌薬の効果は「効くか効かないか」だけでなく、「血中濃度がどう推移すれば効果が最大化されるか」という薬物動態学(PK)・薬力学(PD)の観点からも整理されます。この視点は、殺菌性・静菌性の分類と並んで、投与設計の考え方を理解するうえで重要です。
濃度依存性の抗菌薬(concentration-dependent killing)
血中濃度がMIC(最小発育阻止濃度)を大きく上回るほど殺菌効果が高まるタイプです。代表例はアミノグリコシド系とフルオロキノロン系で、Cmax(最高血中濃度)/MIC比が効果の指標になります。高用量を1日1回投与し、その後の谷の時間を確保する投与設計に向いています。
時間依存性の抗菌薬(time-dependent killing)
血中濃度がMICを上回っている時間の割合(Time above MIC, T>MIC)が効果を左右するタイプです。代表例はβ-ラクタム系(ペニシリン系・セフェム系)で、濃度をMICより極端に高くしても効果は頭打ちになります。そのため、1日複数回の投与や、血中濃度を持続的に維持する投与設計が重視されます。
抗菌薬後効果(Post-Antibiotic Effect, PAE)
薬剤の血中濃度がMICを下回った後も、しばらく細菌の増殖が抑制され続ける現象です。アミノグリコシド系やフルオロキノロン系は、グラム陰性菌に対して比較的長いPAEを持つことが知られており、投与間隔をあけた設計を支える薬理学的根拠のひとつになっています。
系統
殺菌タイプ
主な指標
アミノグリコシド系
濃度依存性
Cmax / MIC
フルオロキノロン系
濃度依存性
Cmax / MIC、AUC / MIC
β-ラクタム系
時間依存性
Time above MIC
臨床選択と併用時の注意
殺菌的抗菌薬の多くは、細菌が活発に分裂・増殖している状態を狙って作用します。β-ラクタム系が細胞壁合成中の菌を標的にするのは典型例です。ここで静菌薬を先に、あるいは同時に投与して菌の増殖そのものを止めてしまうと、殺菌薬が作用点を見つけにくくなり、効果が弱まる「拮抗作用」が生じることがあります。古典的な例として、ペニシリン系とテトラサイクリン系の併用が挙げられます。
一方で、すべての組み合わせが拮抗するわけではありません。作用点の異なる薬剤同士を組み合わせることで、単剤よりも強い効果(相乗効果・シナジー)が得られる場合もあります。β-ラクタム系とアミノグリコシド系の併用による腸球菌への相乗効果はその代表例です。
したがって「殺菌薬と静菌薬は併用してはいけない」と単純に暗記するのではなく、それぞれの薬剤の作用機序・作用点・対象菌種を踏まえたうえで、併用の是非を判断することが臨床では求められます。
CHAPTER 03
グラム陽性菌とグラム陰性菌
細胞壁の構造の違いが、抗菌薬の効きやすさ(スペクトラム)を大きく左右します。染色の原理から、犬猫でよくみる原因菌、スペクトラムによる薬剤の分類までを整理します。
細胞壁構造とグラム染色の原理
グラム染色は、細菌をクリスタルバイオレット(紫色の色素)で染めたのち、ヨウ素で固定し、アルコールで脱色を試み、最後にサフラニン(赤色の色素)で対比染色するという手順で行われます。この過程で紫色が残るか、脱色されて赤色に染まり直すかによって、細菌は大きく2つのグループに分けられます。
グラム陽性菌は、細胞壁の大部分を占める厚いペプチドグリカン層を持ち、この層がクリスタルバイオレットと複合体を作って脱色を防ぐため、紫色に染まります。ペプチドグリカン層にはタイコ酸が組み込まれており、免疫系がこれを異物として認識する標的にもなります。
グラム陰性菌は、ペプチドグリカン層が薄く、その外側にリポ多糖(LPS)を含む脂質二重層の外膜を持つのが特徴です。アルコール処理でこの外膜が壊れて紫色の色素が流れ出てしまうため脱色され、サフラニンによって赤〜ピンク色に染まり直します。この外膜の存在が、抗菌薬の透過性や効きやすさに大きく影響します。
グラム陰性菌の外膜は、多くの抗菌薬にとって物理的な「バリア」として働きます。薬剤がポーリン(小さな孔)を通過できるかどうかが、グラム陰性菌への効きやすさを左右する重要な要因のひとつです。
犬猫でよくみられる原因菌
同じ「感染症」でも、想定される原因菌がグラム陽性菌か陰性菌かによって、選ぶべき抗菌薬のスペクトラムは大きく変わります。犬猫の臨床でよく遭遇する代表的な菌種を整理しておきましょう。
グラム陽性菌
- Staphylococcus pseudintermedius(犬の膿皮症の主要原因菌)
- β溶血性レンサ球菌(Streptococcus属)
- Enterococcus属(尿路・術後感染など)
グラム陰性菌
- 大腸菌 Escherichia coli(尿路感染の代表的原因菌)
- Pasteurella multocida(猫の咬傷・膿瘍でよくみられる)
- Klebsiella属、Proteus属(尿路感染)
- Bordetella bronchiseptica(犬の伝染性気管気管支炎)
- Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌。外耳炎・難治性創傷などで問題になりやすい)
抗菌スペクトラムによる分類 ― 狭域と広域
抗菌薬は、効果が及ぶ菌種の範囲によって「狭域スペクトラム」「広域スペクトラム」に分けて考えることができます。範囲が狭いほど周辺の常在菌への影響が少なく、耐性菌を生み出しにくいという利点があるため、原因菌が推定できる場合は、できるだけ狭い範囲で効く薬剤を選ぶことが適正使用の基本になります。
スペクトラム
代表的な系統・薬剤
主なターゲット
狭域(陽性中心)
第一世代セフェム、天然ペニシリン
ブドウ球菌・レンサ球菌などグラム陽性菌が中心
広域(陽性+陰性)
アミノペニシリン、第二世代セフェム、ST合剤
グラム陽性菌に加え、一般的なグラム陰性桿菌もカバー
広域(陰性中心・緑膿菌含む)
フルオロキノロン系、第三世代セフェムの一部、アミノグリコシド系
グラム陰性菌中心。一部は緑膿菌もカバー
次の第4章では、これらの系統ごとに「殺菌性/静菌性」「グラム陽性/陰性スペクトラム」を具体的に見ていきます。
CHAPTER 04
抗菌薬の系統別分類各論
系統ごとに「作用機序」「殺菌性/静菌性」「グラム陽性/陰性スペクトラム」「犬猫での注意点」を整理します。各カードの帯グラフは、陽性寄りか陰性寄りかを大まかに示す目安です。
β-ラクタム系(ペニシリン系・セフェム系)
細胞壁のペプチドグリカン合成酵素(ペニシリン結合タンパク、PBP)を阻害し、増殖中の菌の細胞壁合成を止めることで殺菌的に働く、最も歴史の長い抗菌薬グループです。
ペニシリン系
Penicillins(天然ペニシリン・アミノペニシリン)
殺菌性
陽性寄り〜広域
天然ペニシリン(ペニシリンG)はグラム陽性菌中心の狭域スペクトラムです。アモキシシリンなどのアミノペニシリンは陰性桿菌の一部にも効果が広がりますが、細菌が産生するβ-ラクタマーゼ(分解酵素)によって不活化されやすいという弱点があります。これを補うため、β-ラクタマーゼ阻害薬のクラブラン酸を配合した製剤(アモキシシリン/クラブラン酸)が広く使われています。
殺菌タイプ
時間依存性(Time above MIC)主な適応
皮膚・軟部組織感染、歯科感染、一般的な創傷感染セフェム系(セファロスポリン系)
Cephalosporins ― 第一〜第三世代
殺菌性
世代で変化
ペニシリン系と同じくβ-ラクタム構造を持ち、PBPを阻害して殺菌的に働きます。第一世代(セファレキシンなど)はグラム陽性菌への効果が中心で、犬の膿皮症治療における第一選択薬としてよく使われます。世代が進むにつれてグラム陰性菌へのスペクトラムが広がる傾向があります。
殺菌タイプ
時間依存性(Time above MIC)犬猫での注意点
比較的安全域が広く忍容性が高いが、稀に消化器症状がみられるアミノグリコシド系
アミノグリコシド系
Aminoglycosides(ゲンタマイシン、アミカシンなど)
殺菌性
陰性寄り
細菌の30Sリボソームサブユニットに結合し、誤ったタンパク質合成を誘導することで細胞膜を傷害し、殺菌的に作用します。好気性のグラム陰性桿菌(緑膿菌を含む)に強い一方、嫌気性菌やグラム陽性菌にはあまり有効ではありません。血中濃度依存性で、長いPAEを持つのが特徴です。
殺菌タイプ
濃度依存性(Cmax / MIC)犬猫での注意点
腎毒性・内耳毒性のリスクがあり、全身投与は限定的。点耳・点眼など局所投与が中心テトラサイクリン系
テトラサイクリン系
Tetracyclines(ドキシサイクリン、ミノサイクリンなど)
静菌性
広域
30Sリボソームサブユニットに結合し、tRNAの結合を妨げることでタンパク質合成を阻害する静菌薬です。グラム陽性・陰性の両方に加え、リケッチア、マイコプラズマ、クラミジアなど細胞内寄生菌にも有効な広域スペクトラムを持ちます。脂溶性が高く、組織移行性に優れる点も特徴です(詳細は第5章)。
主な適応
エールリヒア症などのリケッチア感染症、マイコプラズマ感染症犬猫での注意点
歯・骨に沈着し着色を起こすため幼若動物では避ける。カルシウムとのキレート形成で吸収が低下するマクロライド系・リンコサミド系
構造は異なりますが、いずれも50Sリボソームサブユニットに結合してタンパク質合成を阻害するという共通点を持ちます。
マクロライド系
Macrolides(エリスロマイシン、アジスロマイシンなど)
静菌性
陽性寄り
グラム陽性菌と、マイコプラズマなど一部の細胞内寄生菌に有効です。呼吸器組織への移行性が良好で、マイコプラズマ性の呼吸器感染症などで選択されることがあります。
リンコサミド系
Lincosamides(クリンダマイシンなど)
静菌性
陽性・嫌気性寄り
グラム陽性菌と嫌気性菌に強く作用し、骨・関節への移行性が良好なため、骨髄炎や歯周病関連感染、深部の膿瘍でよく選択されます。トキソプラズマ症の治療に用いられることもあります。
フルオロキノロン系
フルオロキノロン系
Fluoroquinolones(エンロフロキサシン、マルボフロキサシン、猫用プラドフロキサシンなど)
殺菌性
陰性寄り
DNAジャイレースとトポイソメラーゼIVを阻害し、DNA複製を止めることで殺菌的に作用します。グラム陰性菌(緑膿菌を含む)に強く、濃度依存性でPAEも長いため、投与間隔をあけた設計と相性がよい系統です。組織移行性にも優れます(第5章参照)。
殺菌タイプ
濃度依存性(Cmax / MIC、AUC / MIC)犬猫での注意点
猫では高用量・長期投与で網膜変性のリスク。成長期の犬では関節軟骨への影響が懸念され基本的に避けられるサルファ剤・ST合剤
サルファ剤 / ST合剤
Sulfonamides / Trimethoprim-Sulfamethoxazole
単剤:静菌性
ST合剤:殺菌性
サルファ剤は葉酸合成経路の初期段階を、トリメトプリムはさらに下流の酵素を阻害します。両者を組み合わせたST合剤は、同じ経路の異なる段階を同時に阻害することで相乗的に殺菌的な効果を発揮し、グラム陽性・陰性の両方に広くスペクトラムが及びます。
犬での注意点
角結膜乾燥症(KCS)や多発性関節炎などの副作用が報告される猫での注意点
過敏性が比較的高いとされ、用量・使用期間に配慮が必要その他の抗菌薬
メトロニダゾール
Metronidazole
殺菌性嫌気性菌に特化
嫌気性菌や一部の原虫(ジアルジアなど)の代謝によって活性化され、DNAを損傷することで殺菌的に作用します。嫌気性菌感染症、消化器感染症、歯周病関連感染などで用いられます。
リファンピシン
Rifampicin
殺菌性陽性寄り
RNAポリメラーゼを阻害して殺菌的に作用し、グラム陽性菌や細胞内寄生菌に有効です。単剤では耐性が生じやすいため、通常は他の抗菌薬と併用されます。
クロラムフェニコール
Chloramphenicol
静菌性広域
50Sリボソームサブユニットに結合してタンパク質合成を阻害する静菌薬で、血液脳関門や眼房水など多くの組織に良好に移行する広域スペクトラム薬です。猫ではグルクロン酸抱合による代謝が遅く、副作用リスクが高まりやすいため、使用には慎重な配慮が求められます。
CHAPTER 05
臓器移行性による分類
どれほど強力な抗菌薬でも、感染部位に届かなければ効果を発揮できません。ここでは組織移行性という視点から抗菌薬を整理します。
移行性を左右する薬物動態的要因
抗菌薬が血中から目的の組織へどれだけ移行するかは、主に次のような性質によって決まります。
- 脂溶性:脂溶性が高いほど細胞膜や関門(血液脳関門、血液眼関門など)を通過しやすい
- 分子の大きさとイオン化のしやすさ:分子が小さく、生理的pHでイオン化しにくい薬剤ほど組織へ移行しやすい
- 血漿タンパク結合率:タンパクに結合していない「遊離型」の薬剤だけが組織へ移行できるため、結合率が高いほど移行性は下がりやすい
- 局所の炎症の有無:炎症があると血管透過性が高まり、普段は移行しにくい薬剤でも到達しやすくなることがある(例:炎症時のBBB透過性の上昇)
これらの性質を踏まえて、代表的な臓器・組織ごとに、移行性の良い抗菌薬の傾向をみていきましょう。
臓器別インタラクティブマップ
部位のボタンを選ぶと、その組織への移行性が良好とされる代表的な抗菌薬系統が表示されます。
部位を選択してください
上のボタン、または図中の丸印をクリックすると、その部位への移行性が良好な抗菌薬系統が表示されます。
臓器別移行性の早見表
部位
移行性が良好とされる系統
脳(BBB)
フルオロキノロン系、クロラムフェニコール、メトロニダゾール、ST合剤
眼
フルオロキノロン系、クロラムフェニコール
肺・気道
フルオロキノロン系、マクロライド系、テトラサイクリン系
胆道・肝臓
リファンピシン、テトラサイクリン系、クリンダマイシン、マクロライド系
尿路
β-ラクタム系、フルオロキノロン系、ST合剤
前立腺
フルオロキノロン系、マクロライド系、テトラサイクリン系
骨・関節
フルオロキノロン系、クリンダマイシン
皮膚・軟部組織
セフェム系(第一世代)、クリンダマイシン、フルオロキノロン系
この表はあくまで「移行性の傾向」を示す目安です。実際の薬剤選択では、想定される原因菌のグラム染色性・スペクトラム(第3・4章)と、殺菌性/静菌性(第2章)も合わせて総合的に判断します。
CHAPTER 06
犬と猫における抗菌薬選択の実際
最終章では、これまでの3つの視点(殺菌性・静菌性/グラム陽性・陰性/臓器移行性)を、犬と猫それぞれの臨床現場でどう組み合わせて考えるかを整理します。
犬と猫、それぞれの種差による注意点
猫での注意点
- グルクロン酸抱合能が低く、クロラムフェニコールなど一部薬剤の代謝が遅れやすい
- フルオロキノロン系の高用量・長期投与で網膜変性(急性失明)のリスクが報告されている
- サルファ剤に対する過敏性が比較的高いとされる
犬での注意点
- ドキシサイクリンなどのカプセル・錠剤で、飲水不足時に食道炎を起こすことがある(投与後は十分な水と共に、横にならせない配慮が望ましい)
- 成長期の若齢犬では、フルオロキノロン系による関節軟骨への影響が懸念され、基本的に避けられる
- サルファ剤で角結膜乾燥症(KCS)や多発性関節炎などの副作用が報告される
経験的治療とターゲット治療
経験的治療(empiric therapy)とは、培養・感受性試験の結果が判明する前に、感染部位や動物種、臨床経験や疫学情報から原因菌を推定し、それに応じた抗菌薬を選択する治療法です。重症例や生命を脅かす感染症では、この段階から広めのスペクトラムを持つ殺菌的抗菌薬が選ばれることが多くなります。
培養・感受性試験の結果が判明した後は、可能な限りターゲット治療へ切り替えます。原因菌が同定された時点で、必要以上に広いスペクトラムの薬剤を使い続けるのではなく、狭域スペクトラムの薬剤へ絞り込む「デ・エスカレーション」を行うことが、耐性菌の出現を抑えるうえでも重要です。
抗菌薬適正使用(スチュワードシップ)の基本原則
- 可能な限り、治療開始前に培養・薬剤感受性試験を実施する
- 感染が疑われる部位への移行性(第5章)を考慮して薬剤を選ぶ
- 原因菌が推定できる場合は、不要に広域スペクトラムの薬剤を第一選択にしない
- 指示された投与量・投与間隔・投与期間を守り、症状が改善しても自己判断で中断しない
- 治療反応を定期的に再評価し、必要に応じて薬剤や治療方針を見直す
なぜ重要か
不必要な広域抗菌薬の使用は、腸内の常在菌叢を大きく乱すだけでなく、耐性菌を選択的に増やす一因になります。伴侶動物の抗菌薬耐性は、動物自身の治療選択肢を狭めるだけでなく、飼育者や獣医療従事者への伝播という公衆衛生上の課題にもつながります。
目的別・抗菌薬選択マトリクス(まとめ)
最後に、代表的な臨床シナリオごとに、想定される原因菌と、スペクトラム・移行性の観点から選択されやすい系統の例をまとめます。実際の選択は、個々の症例の重症度や既往、可能であれば感受性試験の結果に基づいて判断してください。
臨床シナリオ
想定される原因菌
選択されやすい系統(例)
犬の表在性膿皮症
グラム陽性菌(ブドウ球菌)
セフェム系(第一世代)、クリンダマイシン
単純性膀胱炎
グラム陰性桿菌(大腸菌など)
アモキシシリン/クラブラン酸、ST合剤
猫の咬傷膿瘍
混合(陽性・陰性・嫌気性)
アモキシシリン/クラブラン酸
細菌性髄膜炎(重症)
不明・広域カバーが必要
BBB移行性を重視したフルオロキノロン系、ST合剤など
前立腺炎
グラム陰性桿菌中心
フルオロキノロン系
骨髄炎
グラム陽性菌中心
クリンダマイシン、フルオロキノロン系
マイコプラズマ性呼吸器感染
細胞内寄生菌
テトラサイクリン系、マクロライド系
本書の位置づけ
本書は抗菌薬の分類・作用機序を理解するための教材であり、個別症例の投与量や治療プロトコルを示すものではありません。実際の投与にあたっては、最新の獣医薬理学の教科書や添付文書、感受性試験の結果を確認してください。