犬の膵外分泌不全(EPI:Exocrine Pancreatic Insufficiency)は、膵臓の消化酵素分泌能が不足し、栄養素を消化できなくなる疾患です。「よく食べるのに痩せていく」という一見矛盾した症状が特徴で、国家試験では診断法、とくに cTLI(犬トリプシン様免疫活性)の測定原理と採血条件が繰り返し問われます。
cTLI は「なぜトリプシノーゲンを測ると膵臓の機能がわかるのか」という原理さえ理解していれば、絶食条件も、酵素補充療法中でも測定できる理由も、すべて自力で導けます。本記事はこの一点を中心に構成しました。
「膵外分泌不全(EPI)」について、第73〜77回の試験問題を分析したところ、3問出題されています。
第73回実地D:3か月前からの食欲亢進、軟便、体重減少を呈した犬の症例において、最も疑われる疾患として「膵外分泌不全」を選択させる問題。
実地D:上記症例において次に実施すべき検査として、診断に不可欠な「血清トリプシン様免疫活性(TLI)の測定」を選択させる問題。
第77回学説B:犬の膵外分泌不全に関する記述(生涯にわたる膵消化酵素製剤の投与が必要である等)の正誤を問う知識問題。
膵外分泌不全は犬の消化器疾患の重要トピックとして挙げられており、以下の要素がセットで問われる傾向にあります。
臨床徴候:食欲亢進(多食)があるにもかかわらず体重が減少し、軟便・脂肪便を出す。
診断:血清中のTLI(トリプシン様免疫活性)の低下を確認することが最も重要です。
治療:生涯にわたる膵消化酵素剤の補充が必要です。
- 症状が出るのは膵外分泌能の約90%が失われてからという予備能の大きさ
- 犬の最多原因は膵腺房萎縮で、糖尿病を併発しない理由
- 不足する酵素のうちリパーゼの影響が突出して大きい理由
- cTLI の測定原理と、12時間絶食が必要な理由
- cTLI が酵素補充療法中でも測定できる理由
- コバラミン低下・葉酸上昇というパターンの意味
1. EPIとは — 90%の予備能
膵臓の外分泌部は、リパーゼ・アミラーゼ・プロテアーゼ(トリプシノーゲン、キモトリプシノーゲンなど)を合成し、膵液として十二指腸へ分泌しています。この機能が低下した状態が膵外分泌不全です。
膵外分泌部はきわめて大きな予備能をもち、臨床症状が現れるのは外分泌能のおよそ90%(85〜90%)が失われてからです。
この事実は、2つの重要な帰結をもたらします。第一に、診断された時点で膵臓の大部分はすでに失われているということ。第二に、多くの症例で病変は不可逆であり、治療は生涯にわたるということです。「早期発見して膵臓を守る」という発想が成立しにくい疾患だと理解してください。
2. 原因 — 犬と猫でまったく異なる
| 項目 | 膵腺房萎縮(PAA) | 慢性膵炎の終末像 |
|---|---|---|
| 頻度 | 犬で最多 | 犬では2番目。猫では最多 |
| 好発年齢 | 若齢〜中年(1〜4歳での発症が多い) | 中高齢 |
| 好発犬種 | ジャーマンシェパード、ラフコリー、チャウチャウ、イングリッシュセッター | キャバリア、コッカースパニエル、ミニチュアシュナウザーなど |
| 機序 | 自己免疫性のリンパ球性膵炎により腺房細胞が選択的に破壊・萎縮 | 反復する炎症により腺房・膵島がともに線維化・破壊 |
| 膵島(内分泌部) | 温存される | 破壊されうる |
| 糖尿病の併発 | しない | しうる |
犬の EPI(膵腺房萎縮)では膵島が温存されるため糖尿病を併発しません。一方、慢性膵炎を原因とする場合(猫に多い)は内分泌部も破壊されるため、糖尿病を併発しうるという違いが問われます。
猫ではさらに、慢性膵炎・慢性腸症・胆管炎が同時に存在する三臓器炎(triaditis)という病態がしばしばみられます。猫の EPI を「犬と同じもの」として扱わないことが重要です。
3. 病態生理
3-1. なぜリパーゼの不足がもっとも問題になるのか
膵液が失われると3大栄養素すべての消化が障害されますが、臨床的な影響の大きさは均等ではありません。脂肪の消化障害が突出して前面に出ます。
理由は代償経路の有無にあります。糖質は唾液アミラーゼと小腸刷子縁の二糖類分解酵素によって、蛋白質は胃ペプシンと刷子縁のペプチダーゼによって、それぞれある程度は消化を代償できます。ところが脂肪の消化はほぼ膵リパーゼに依存しており、唾液リパーゼや胃リパーゼによる代償はきわめて限定的です。
その結果、未消化の脂肪が大量に大腸へ到達し、脂肪便(steatorrhea)を生じます。同時に、未消化の栄養素が浸透圧性下痢と細菌発酵を引き起こします。
3-2. コバラミン欠乏 — 治療成功を左右する
犬では内因子(intrinsic factor)の大部分が膵臓から分泌されます。膵外分泌不全では内因子も不足するため、コバラミン(ビタミンB12)の吸収障害が必発します。
コバラミンは、内因子と複合体を形成した状態で回腸から吸収されます。膵臓由来の内因子が失われれば、この経路が成立しません。ヒトでは内因子は胃壁細胞から分泌されますが、犬では膵臓が主要な供給源であるという種差が、そのまま EPI の病態に直結します。
加えて、後述する小腸内細菌異常増殖により細菌がコバラミンを消費することも欠乏を助長します。コバラミン欠乏は腸上皮のターンオーバーを障害し、補充しないかぎり酵素補充療法に反応しないという状況を作り出します。
3-3. 小腸内細菌異常増殖(SIBO)と、コバラミン・葉酸のパターン
膵液には抗菌作用があり、また未消化の栄養素は細菌の格好の基質となります。そのため EPI では小腸内細菌異常増殖(SIBO、抗菌薬反応性下痢とも呼ばれる)を高率に併発します。
ここで、コバラミンと葉酸(フォレート)の測定が意味をもちます。
| 指標 | 変化 | 理由 |
|---|---|---|
| コバラミン(B12) | 低下 | 膵由来内因子の不足+腸内細菌による消費 |
| 葉酸(フォレート) | 上昇することがある | 増殖した腸内細菌が葉酸を産生し、空腸から吸収されるため |
「コバラミン低下・葉酸上昇」は SIBO を示唆するパターンとして、そのまま覚えて構いません。方向が逆になる点が記憶しやすい部分でもあり、取り違えやすい部分でもあります。
3-4. 脂溶性ビタミンの吸収障害
脂肪の消化吸収障害は、脂溶性ビタミン(A・D・E・K)の吸収障害を伴います。とくにビタミンK欠乏による凝固障害は頻度こそ高くないものの、生検や手術の際に致命的となりうるため注意が必要です。
4. 臨床症状
- 多食にもかかわらず進行性に削痩する — EPI をもっとも強く示唆する組み合わせです。食欲があることが、かえって飼い主の受診を遅らせる要因にもなります。
- 大量の軟便〜脂肪便:灰白色〜黄褐色、酸臭または腐敗臭、量が多く、排便回数が増加します。
- 食糞・異嗜:栄養不足を補おうとする行動として現れます。
- 被毛粗剛、脂ぎった被毛(とくに肛門周囲)
- 鼓腸、腹鳴
- 元気は比較的保たれることが多く、この点も見逃しの一因となります。
5. 診断 — cTLI測定の原理から理解する
5-1. なぜトリプシノーゲンを測ると膵機能がわかるのか
膵腺房細胞は消化酵素の前駆体であるトリプシノーゲンを合成し、膵管を経て十二指腸へ分泌します。このとき、合成されたトリプシノーゲンのごく一部は生理的に血中へ漏出しています。
この漏出量は、機能している腺房細胞の総量に比例します。したがって血中トリプシノーゲン濃度を測ることは、間接的に「膵腺房細胞がどれだけ残っているか」を測ることに等しくなります。
cTLI(canine Trypsin-Like Immunoreactivity、犬トリプシン様免疫活性)は、血中のトリプシノーゲンおよびトリプシンを免疫学的に定量する検査です。膵腺房が萎縮・破壊されれば、血中 cTLI は著明に低下します。
図:cTLI測定の原理。膵腺房細胞が合成したトリプシノーゲンの一部は生理的に血中へ漏出しており、その量は機能する腺房細胞の総量に比例する。腺房が萎縮すると血中cTLIは著明に低下する。
5-2. 測定条件 — 12時間以上の絶食
cTLI の採血は 12時間以上絶食させた後に行います。
摂食は膵外分泌を刺激し、血中トリプシノーゲン濃度を一過性に上昇させます。食後に採血すると、EPI であっても値が基準範囲内に見えてしまい、偽陰性(見落とし)を招きます。
逆に言えば、この点さえ理解していれば「絶食が必要」という条件は暗記する必要がありません。「膵臓を刺激しない状態で、ベースラインの漏出量を測る」検査だからです。
5-3. 酵素補充療法中でも測定できる
cTLI は膵酵素補充療法(PERT)を実施中でも測定可能です。休薬の必要はありません。
理由は2つあります。第一に、経口投与された酵素製剤は消化管内腔で作用するものであり、免疫測定される形で血中に移行しません。第二に、cTLI アッセイは犬のトリプシノーゲンに特異的であり、酵素製剤の原料であるブタ膵由来の酵素とは交差反応しません。
この特性により、「試験的に酵素を投与してみたが診断が確定していない」という症例でも、投薬を中断せずに確定診断ができます。他の消化吸収試験にはない実務上の強みです。
5-4. cTLIはEPI、cPLIは膵炎
| 検査 | 測定対象 | 目的 | 見る方向 |
|---|---|---|---|
| cTLI | トリプシノーゲン/トリプシン | 膵外分泌不全(EPI)の診断 | 低下 |
| cPLI(Spec cPL) | 膵リパーゼ免疫反応性 | 膵炎の診断 | 上昇 |
名称が似ているため取り違えやすい2つですが、目的も見る方向も正反対です。「EPI は T(TLI)、膵炎は P(PLI)」と対応づけて覚えてください。
なお、cTLI は種特異的な検査であり、猫には fTLI を用います。ヒト用のアッセイは使用できません。また cTLI は腎から排泄されるため、腎機能低下例では値が上昇し、EPI を見逃す可能性があります。
5-5. 判定と、あわせて測定すべき項目
cTLI が著明な低値を示せば EPI と診断できます。境界域の値であれば、絶食条件を確認したうえで再検査します。基準範囲や判定閾値はアッセイと検査機関によって異なるため、必ず自施設で用いる検査の基準値を確認してください。
診断時には、以下を同時に測定します。
- コバラミンと葉酸:治療反応を左右するため必須です。コバラミン欠乏を放置すると、酵素を補充しても改善しません。
- 血清生化学検査:低コレステロール血症、低アルブミン血症などの栄養状態の指標。
- CBC、糞便検査(寄生虫の除外)。
5-6. 信頼性の低い検査
糞便トリプシン活性(フィルム消化試験)は、かつて用いられましたが現在は推奨されません。膵臓以外に由来するプロテアーゼや、腸内細菌によるトリプシンの分解により、偽陽性・偽陰性がいずれも高頻度に生じるためです。試験でこれが選択肢に現れた場合、「適切でない検査」として扱われます。
糞便脂肪染色も定性的かつ非特異的であり、確定診断には用いません。
6. 治療
- 膵酵素補充療法(PERT) ブタ膵由来の酵素製剤を、毎回の食事に混ぜて給与します。粉末製剤がもっとも効果的で、錠剤や腸溶性製剤は効果が劣ることがあります。効果が不十分な場合は制酸薬を併用し、胃酸による酵素の失活を防ぐという方法があります。副作用として、粉末が口腔粘膜を刺激して口内炎や口腔内出血を起こすことがあるため、フードと十分に混和してください。
- コバラミンの補充 皮下注射または高用量の経口投与で行います。この工程を省くと治療は成功しません。EPI の治療反応不良でもっとも多い原因が、コバラミン未補充です。
- 食事療法 高消化性のフードを選択します。繊維は酵素活性を阻害するため低繊維が望ましいとされます。脂肪含量については、従来は制限が推奨されてきましたが、近年は過度の制限は不要とする見解もあります。
- SIBO への対応 併発が疑われる場合、抗菌薬(タイロシン、メトロニダゾールなど)を用います。
- 脂溶性ビタミンの補充 凝固異常がある場合のビタミンK補充など、必要に応じて行います。
7. 予後
適切に管理すれば予後は良好で、体重も回復します。ただし膵腺房萎縮は不可逆であり、治療は生涯継続する必要があります。酵素製剤の費用が継続的にかかることは、飼い主への説明において重要な点です。
治療に反応しない場合は、次の可能性を順に検討します。
- コバラミンが補充されていない(最多)
- SIBO が未治療である
- 慢性腸症やリンパ管拡張症を併発している
- 酵素製剤の剤形・投与量・投与方法が不適切である
8. 国家試験で狙われるポイントの整理
- 症状が出るのは膵外分泌能の約90%が失われてから。
- 多食+削痩という組み合わせが特徴。「食欲不振」は誤り。
- 犬の最多原因は膵腺房萎縮で、膵島は温存され糖尿病を併発しない。
- 猫の最多原因は慢性膵炎で、糖尿病を併発しうる。
- cTLI の採血は12時間以上の絶食後。食後は偽陰性となる。
- cTLI は酵素補充療法中でも測定できる。休薬不要。
- cTLI=EPI(低下)、cPLI=膵炎(上昇)。
- cTLI は種特異的。猫には fTLI を用いる。
- コバラミン低下・葉酸上昇は SIBO のパターン。
- 犬では内因子の主要な供給源が膵臓(ヒトは胃壁細胞)。
- 糞便トリプシン活性は信頼性が低く推奨されない。
- 不足の影響がもっとも大きいのはリパーゼ。代償経路が乏しいため。
9. 確認問題
Q1. cTLI測定によって膵外分泌機能を評価できる理由を述べよ。
A. 膵腺房細胞が合成したトリプシノーゲンの一部は生理的に血中へ漏出しており、その量は機能している腺房細胞の総量に比例する。したがって血中トリプシノーゲン濃度(cTLI)は残存する膵腺房細胞量を反映し、EPIでは著明に低下する。
Q2. cTLI測定にあたり12時間以上の絶食が必要な理由を述べよ。
A. 摂食は膵外分泌を刺激し、血中トリプシノーゲン濃度を一過性に上昇させる。食後に採血するとEPI症例でも値が基準範囲内に見え、偽陰性となるため。
Q3. 膵酵素補充療法を実施中の犬でも、休薬せずにcTLIを測定できるのはなぜか。
A. 経口投与された酵素製剤は消化管内腔で作用するものであり、免疫測定される形で血中に移行しない。またcTLIアッセイは犬のトリプシノーゲンに特異的で、ブタ膵由来の酵素製剤とは交差反応しないため。
Q4. 犬のEPIで血清コバラミンが低下する機序を、犬の種差を含めて説明せよ。
A. コバラミンは内因子と複合体を形成して回腸から吸収されるが、犬では内因子の大部分が膵臓から分泌されるため、膵外分泌不全では内因子が不足して吸収障害を生じる。加えて小腸内細菌異常増殖により細菌がコバラミンを消費することも欠乏を助長する。
Q5. 膵腺房萎縮によるEPIの犬で糖尿病を併発しないのはなぜか。
A. 膵腺房萎縮は外分泌部である腺房細胞が選択的に破壊される病態であり、内分泌部である膵島は温存されるため。一方、慢性膵炎を原因とするEPI(猫に多い)では膵島も破壊されうるため、糖尿病を併発することがある。
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参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 伴侶動物治療指針 緑書房
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- CAP 緑書房
- SA Medicine インターズー
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)