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犬の副腎皮質機能低下症(アジソン病)は、症状が非特異的で他疾患に酷似することから 「偉大なる詐欺師(The Great Pretender)」 と呼ばれます。消化器疾患や慢性腎臓病として治療されているうちに、ストレスを契機に急性副腎不全(アジソンクリーゼ)へ陥る——という経過が典型です。
国家試験では、高カリウム血症・低ナトリウム血症とNa/K比、ショックなのに徐脈という循環の逆説、そして治療薬フルドロコルチゾンの位置づけが問われます。いずれも副腎皮質の層構造を理解していれば導ける内容です。
「アジソン病(副腎皮質機能低下症)」について第73〜77回の試験問題を分析したところ、合計で3問出題されています。
第74回実地D:元気がなく、ぐったりしている5歳齢の犬の症例。血液検査結果(ナトリウム 135 mEq/l、カリウム 5.8 mEq/l、Na/K比 23.3)といった特徴的な電解質異常から、最も疑われる疾患として「副腎皮質機能低下症」を選択させる問題。
実地D:上記症例において、確定診断のために実施すべき追加検査として「ACTH刺激試験」を選択させる問題。
第76回学説B:「副腎皮質機能低下症(アジソン病)の治療薬はどれか」という知識問題。正解として「フルドロコルチゾン」を選択させる設問。
アジソン病は内分泌疾患の重要事項として挙げられており、以下の3点をセットで覚えておくことが合格のポイントです。
臨床検査:血液検査での低ナトリウム血症、高カリウム血症、およびNa/K比の低下(一般に27以下)。
診断:確定診断にはACTH刺激試験が不可欠であること。
治療薬:ミネラルコルチコイド製剤であるフルドロコルチゾンなどが用いられること。
なお、アジソン病は他の設問において、多飲多尿や多食の原因疾患、あるいは副腎萎縮を伴う疾患などの選択肢(誤答肢)としても頻繁に登場しています。
- 副腎皮質の3層構造と、球状帯だけがACTH非依存であること
- 続発性でアルドステロンが保たれ、電解質異常が出ない理由
- ショックなのに徐脈という循環の逆説
- ストレスリューコグラムの欠如という診断の手がかり
- Na/K比の低下はアジソンに特異的ではないこと
- 緊急時にデキサメタゾンを先行投与できる理由
- フルドロコルチゾンとDOCPの使い分け
1. 副腎皮質の層構造 — すべての土台
アジソン病の分類も、症状の出方も、治療薬の選択も、副腎皮質の3層がそれぞれ何に支配されているかから導けます。まずここを固めてください。
図:副腎皮質の層構造とホルモン。外側から球状帯・束状帯・網状帯の順に「塩・糖・性」のホルモンを産生する。ACTHの支配を受けるのは束状帯と網状帯であり、球状帯は主にレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)と血中カリウム濃度によって調節される。
外側から 球状帯・束状帯・網状帯 の順に、「塩(アルドステロン)・糖(コルチゾール)・性(アンドロゲン)」と対応します。そしてACTHが支配するのは「糖」と「性」だけで、「塩」はRAASの管轄です。
2. 3つの病型
| 病型 | 障害部位 | 欠乏するホルモン | 電解質異常 | 内因性ACTH |
|---|---|---|---|---|
| 原発性 (典型的) |
副腎皮質そのものの破壊 | 糖質+鉱質の両方 | あり(高K・低Na) | 高値 |
| 非定型 | 副腎皮質(球状帯は保たれる) | 糖質のみ | なし | 高値 |
| 続発性 | 下垂体のACTH分泌不全 | 糖質のみ | なし | 低値 |
原発性がもっとも多く、多くは免疫介在性の副腎皮質破壊によります。若齢〜中年の雌に多く、スタンダードプードル、ポーチュギーズ・ウォーター・ドッグ、ノヴァスコシア・ダック・トーリング・レトリバー、ベアデッド・コリーなどに好発する遺伝的素因が知られています。ミトタンやトリロスタンの過剰投与による医原性も原発性に含まれます。医原性の多くは休薬により回復しますが、トリロスタンでは約5%の症例で不可逆性となることが報告されています。
続発性でもっとも多い原因は、外因性グルココルチコイドを長期投与したあとの急な中止です。長期投与によりACTH分泌が抑制されているところへ、突然の中止で外部からの供給も断たれるために生じます。ステロイドを漸減して中止する理由がここにあります。
「電解質が正常だからアジソン病ではない」は誤りです。非定型アジソン病および続発性では、球状帯の機能が保たれるため高K血症・低Na血症を示しません。電解質正常の症例こそ見逃されやすく、後に典型型へ移行することもあります。
3. 病態生理
3-1. アルドステロン欠乏によるもの(原発性のみ)
アルドステロンは遠位尿細管・集合管でNa⁺の再吸収とK⁺・H⁺の排泄を促進します。欠乏すると、この作用がすべて逆向きに現れます。
- 低ナトリウム血症・高カリウム血症:Na⁺が再吸収されず、K⁺が排泄されない
- 循環血液量の減少:Na⁺喪失に水が随伴し、脱水・低血圧・腎前性高窒素血症を招く
- 徐脈と心電図異常:高K血症による心筋の伝導障害
- 代謝性アシドーシス:H⁺排泄の低下
3-2. コルチゾール欠乏によるもの(全病型)
- 低血糖:糖新生の低下
- ストレス耐性の喪失:手術・旅行・預けなどを契機に急激に悪化する
- 消化器症状:食欲不振、嘔吐、下痢、消化管出血によるメレナ
- 非再生性貧血:コルチゾールによる造血刺激の低下。ただし脱水による血液濃縮でマスクされることがある
4. 臨床症状 — なぜ見逃されるのか
元気消失、食欲不振、嘔吐、下痢、体重減少といずれも非特異的で、症状が増悪と寛解を繰り返す(waxing and waning)という経過をとります。輸液で一時的に改善するため、「胃腸炎が治った」と判断されて根本に到達しないことが少なくありません。
そしてストレスを契機に急性副腎不全(アジソンクリーゼ)を起こします。重度の低血圧、虚脱、低体温、徐脈を呈する緊急事態です。
ショック状態なのに徐脈。通常、循環血液量減少性ショックでは代償性の頻脈が生じます。ところがアジソンクリーゼでは高カリウム血症により心拍数が上がらず、むしろ徐脈を示します。
「虚脱・低血圧・脱水があるのに心拍数が正常または低下している」という組み合わせを見たら、アジソン病を強く疑ってください。
5. 検査所見
5-1. 電解質とNa/K比
高カリウム血症と低ナトリウム血症が典型で、両者を組み合わせた Na/K比 が指標として用いられます。健常犬ではおおむね27〜40の範囲にあり、27を下回れば疑い、24を下回れば強く疑うとされます。
Na/K比の低下はアジソン病に特異的ではありません。重度の消化管疾患、鞭虫症、急性腎障害、尿路閉塞・膀胱破裂、乳び胸などでも低下します。「Na/K比が低い=アジソン確定」とする選択肢は誤りです。
5-2. ストレスリューコグラムの欠如
重篤な状態にある犬では、内因性コルチゾールの作用により好酸球減少とリンパ球減少(ストレスリューコグラム)が生じるのが通常です。ところがアジソン病ではコルチゾールが分泌されていないため、これが起こりません。
「これほど具合が悪いのに好酸球やリンパ球が減っていない」という違和感が、診断への入り口になります。クッシング症候群とちょうど正反対の所見です。
5-3. 腎前性高窒素血症と低比重尿
脱水によりBUN・クレアチニンが上昇しますが、尿比重は低いままという一見矛盾した所見を示します。慢性的なNa⁺喪失により腎髄質の浸透圧勾配が失われる(髄質洗い出し)ためです。
この「高窒素血症+低比重尿」という組み合わせは慢性腎臓病そのものに見えるため、アジソン病がCKDと誤診される主要な理由となっています。
5-4. その他の所見
- 低血糖、低コレステロール血症、低アルブミン血症
- 高カルシウム血症(3割程度の症例)
- 心電図:高K血症の進行に伴い、T波の尖鋭化 → P波の平坦化・消失 → QRS幅の増大 → 徐脈、心停止と進行します
- X線:小心臓、後大静脈の細小化
- 超音波:両側副腎の萎縮(厚みの減少)
6. 確定診断 — ACTH刺激試験
確定診断はACTH刺激試験によります。合成ACTHを投与しても投与前後ともにコルチゾールが著明な低値にとどまり、ほとんど上昇しません。副腎皮質そのものが反応できない状態であることを直接証明する検査です。
スクリーニングとして基礎コルチゾール値の測定も有用で、一定以上の値があればアジソン病はほぼ除外できます。低値であればACTH刺激試験へ進みます。
アジソンクリーゼでは、診断を待たずにグルココルチコイドを投与する必要があります。ここでデキサメタゾンはコルチゾールの測定に交差反応しないという性質が重要になります。
すなわちデキサメタゾンで治療を開始しながら、その後にACTH刺激試験を実施できるのです。一方、ヒドロコルチゾンやプレドニゾロンは測定に干渉するため、この目的には使えません。
原発性と続発性の鑑別には内因性ACTH濃度を測定します。原発性では高値、続発性では低値を示します。
7. 治療
7-1. アジソンクリーゼ(急性期)
- 輸液が最優先:生理食塩水(0.9% NaCl)を用います。Na⁺の補充と循環血液量の回復に加え、希釈によって血中K⁺も低下します。多くの症例は輸液のみで高カリウム血症が改善します。ただし低Na血症を急速に補正すると神経学的合併症を招くため、補正速度に注意します。
- グルココルチコイドの投与:診断前であればデキサメタゾンを選択します。診断確定後はヒドロコルチゾンやプレドニゾロンに切り替えます。
- 重度の高カリウム血症への対応:心電図異常を伴う場合、グルコン酸カルシウム(心筋の保護。血中K⁺自体は下げない)、ブドウ糖とインスリンによる細胞内移行の促進などを行います。
- 低血糖の補正
7-2. 長期管理
| 薬剤 | 投与経路 | 作用 | 糖質コルチコイドの併用 |
|---|---|---|---|
| フルドロコルチゾン | 経口・毎日 | 鉱質コルチコイド作用に加え、弱い糖質コルチコイド作用をもつ | 少量で足りる、あるいは不要な例もある |
| DOCP (デソキシコルチコステロンピバル酸エステル) |
注射・数週間ごと | 鉱質コルチコイド作用のみ | 必ず併用が必要 |
両者の違いは「糖質コルチコイド作用を併せもつかどうか」に尽きます。DOCPには糖質作用がないため、プレドニゾロンの生理的用量を必ず併用します。
手術・入院・旅行・他の病気などのストレスがかかる際には、糖質コルチコイドを増量する必要があります。健常犬であればストレスに応じてコルチゾール分泌が増えますが、アジソン病の犬にはその機能がないためです。この指導を欠くと、管理良好に見えた症例が突然クリーゼを起こします。
非定型アジソン病では糖質コルチコイドのみの補充で管理しますが、典型型へ移行しうるため、電解質を定期的に監視します。
8. クッシング症候群との対比
両者は副腎皮質ホルモンの過剰と不足という表裏の関係にあり、並べて覚えると双方の定着が良くなります。
| 項目 | クッシング症候群 | アジソン病 |
|---|---|---|
| コルチゾール | 過剰 | 不足 |
| 好酸球・リンパ球 | 減少(ストレスリューコグラム) | 減少しない(欠如が手がかり) |
| 血糖 | 高血糖 | 低血糖 |
| コレステロール | 上昇 | 低下 |
| ALP | 著明上昇 | 上昇しない |
| 電解質 | 一般に正常 | 高K・低Na(原発性) |
| ACTH刺激試験 | 過剰反応 | 低反応 |
| 確定診断 | LDDST※ | ACTH刺激試験 |
| 治療 | トリロスタン(合成を抑える) | フルドロコルチゾン・DOCP(補充する) |
※LDDSTはクッシングの確定には極めて有用だが、非副腎性疾患によるストレスで容易に偽陽性となる。臨床実務においては、動物へのストレスによる偽陽性を避けるため、ACTH刺激試験と腹部超音波検査を組み合わせて診断するアプローチが主流である。
なお、医原性クッシング症候群とアジソン病のACTH刺激試験がともに低反応となる点は要注意です。同じ検査結果でありながら、前者は外因性ステロイドの過剰、後者は内因性ホルモンの不足という正反対の状況を示しています。臨床症状と投薬歴で判断してください。
9. 国家試験で狙われるポイントの整理
- 副腎皮質は外側から球状帯・束状帯・網状帯=塩・糖・性。
- 球状帯はACTH非依存(RAASと血中K⁺が調節)。続発性でアルドステロンが保たれる理由。
- 「電解質正常だからアジソンではない」は誤り。非定型・続発性では電解質異常が出ない。
- ショックなのに徐脈。高K血症により代償性頻脈が起こらない。
- ストレスリューコグラムの欠如が手がかり。好酸球・リンパ球が減らない。
- Na/K比低下はアジソンに特異的ではない(鞭虫症、腎障害、乳び胸など)。
- 脱水なのに尿比重が低い(髄質洗い出し)。CKDと誤診されやすい。
- 確定診断はACTH刺激試験(前後とも低値)。
- デキサメタゾンはコルチゾール測定に干渉しないため、緊急時に先行投与できる。
- 内因性ACTHは原発性で高値、続発性で低値。
- 輸液は生理食塩水。多くは輸液のみで高K血症が改善する。
- DOCPには糖質コルチコイド作用がないため併用が必須。フルドロコルチゾンは弱い糖質作用をもつ。
- ストレス時は糖質コルチコイドを増量する。
10. 確認問題
Q1. 続発性副腎皮質機能低下症で、電解質異常を呈さない理由を副腎皮質の構造から説明せよ。
A. アルドステロンを産生する球状帯はACTHに依存せず、主にレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系と血中カリウム濃度によって調節される。続発性ではACTH分泌不全により束状帯・網状帯の機能が低下するが、球状帯の機能は保たれるため、高カリウム血症・低ナトリウム血症を生じない。
Q2. 虚脱と低血圧を呈する犬で、心拍数が上昇していなかった。考えられる機序を述べよ。
A. アジソンクリーゼによる高カリウム血症が心筋の伝導を抑制し、循環血液量減少に対する代償性頻脈を妨げているため。ショック状態でありながら徐脈または心拍数正常という所見は、本症を強く示唆する。
Q3. 重篤な状態の犬でリンパ球と好酸球が減少していなかった。この所見の意義を述べよ。
A. 通常、重篤な疾患では内因性コルチゾールの作用によりリンパ球減少・好酸球減少(ストレスリューコグラム)を呈する。これを欠くということはコルチゾールが分泌されていないことを示唆し、副腎皮質機能低下症を疑う根拠となる。
Q4. アジソンクリーゼが疑われる犬に対し、ACTH刺激試験の前にデキサメタゾンを投与できるのはなぜか。
A. デキサメタゾンは血中コルチゾールの測定において交差反応を示さないため、投与してもACTH刺激試験の結果に影響しない。したがって救命処置を先行させながら診断を進めることができる。ヒドロコルチゾンやプレドニゾロンは測定に干渉するため用いない。
Q5. DOCPで維持管理する場合に糖質コルチコイドの併用が必須である理由を、フルドロコルチゾンとの違いを含めて述べよ。
A. DOCPは鉱質コルチコイド作用のみをもち、糖質コルチコイド作用を欠くため、コルチゾールの補充を別に行う必要がある。一方フルドロコルチゾンは鉱質コルチコイド作用に加えて弱い糖質コルチコイド作用をもつため、糖質コルチコイドの併用は少量で足りるか、不要な症例もある。
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参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- CAP 緑書房
- SA Medicine インターズー
- 獣医生理学第二版 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)