インスリノーマ|【獣医師国家試験対策】

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インスリノーマは膵β細胞に由来する機能性腫瘍で、血糖値とは無関係にインスリンを分泌し続けることで持続的な低血糖を引き起こします。発作を主訴に来院することが多く、てんかんとして治療されているうちに診断が遅れる例も少なくありません。

国家試験でこの疾患の核心となるのは、「低血糖時にインスリンが基準範囲内であっても異常」という判定の考え方です。本来は抑制されているべき状況で抑制されていないこと自体が病的である——この理解がなければ、検査値を見ても正常と読んでしまいます。

過去問分析

「インスリノーマ」は第73〜77回の試験問題を分析したところ、主なテーマとした設問、または正解の選択肢として扱われている問題は、合計で5問出題されています。
その他の問題でも、低血糖や高カルシウム血症に関連する疾患として、選択肢(誤答肢)に繰り返し登場しています。

1. 疾患の知識・治療を問う問題(5問)
第73回 学説B:犬のインスリノーマが引き起こす低血糖の治療薬として、適切な薬剤(プレドニゾロン)を選択させる問題。
第75回 学説B:第73回とほぼ同様の設問。インスリノーマによる低血糖管理に用いられる薬剤(プレドニゾロン)の知識が問われています。
第76回 学説A:フェレットに好発する腫瘍の組み合わせを問う問題。正解(a, e)の一つとしてインスリノーマが含まれています。
第76回 学説B:「失神」の原因として最も適当な疾患を選択する問題。正解としてインスリノーマが挙げられています。
第77回 学説B:犬のインスリノーマに関する詳細な知識(付属リンパ節や肝臓への転移、アミロイドの沈着など)の正誤を問う問題。

2. 関連知識・選択肢として登場する設問
直接のメインテーマではありませんが、以下の設問において重要な比較対象や選択肢として登場しています。
第76回 必須:高カルシウム血症を併発しやすい腫瘍を問う問題の選択肢(インスリノーマは通常低血糖を起こすため誤答肢)。
第75回 実地C:めん羊の神経徴候(妊娠中毒)に関する設問の選択肢。
第77回 実地D:副腎皮質機能低下症(アジソン病)を疑う症例における鑑別疾患の選択肢。

インスリノーマについては以下の事項を整理しておくことが重要です。
主徴:腫瘍細胞による過剰なインスリン分泌に起因する低血糖、およびそれに伴う失神。
治療: 低血糖の緩和には、インスリンと拮抗する作用を持つプレドニゾロン(グルココルチコイド)が用いられること。
特徴: フェレットでの発生が多いことや、犬では転移性が高いこと。


内分泌疾患の中でも、クッシング症候群や糖尿病と並んで、「血糖値の異常」に関連するトピックとして頻出しています。

この記事で押さえること
  • 犬ではほとんどが悪性であり、ヒトとは性質が異なること
  • 低血糖時のインスリンが「正常値」でも異常である理由
  • 低血糖症状が神経系とアドレナリン系の2系統に分かれること
  • ブドウ糖の急速大量投与が反跳性低血糖を招く理由
  • ジアゾキサイドがスルホニル尿素薬とちょうど逆の作用をもつこと
  • 術後に一過性の糖尿病が生じうる理由

1. インスリノーマとは

膵ランゲルハンス島のβ細胞に生じた腫瘍が、インスリンを自律的に過剰分泌する疾患です。中〜高齢の犬に発生し、アイリッシュセッター、スタンダードプードル、ボクサー、フォックステリア、ジャーマンシェパード、ゴールデンレトリバーなど中〜大型犬に多く報告されています。猫での発生はまれです。

種差のひっかけ

犬のインスリノーマは、その大部分が悪性(癌腫)です。診断時にすでに所属リンパ節や肝臓へ転移している症例がおよそ半数、あるいは40〜50%を超えるとされます。ヒトのインスリノーマは多くが良性腺腫であり、この点が大きく異なります。「良性であることが多い」とする記述は犬では誤りです。

2. 病態生理 — なぜ低血糖が止まらないのか

正常なβ細胞は血糖値を感知してインスリン分泌を調節しています。血糖が低下すればインスリン分泌は速やかに抑制され、同時にグルカゴンなどの拮抗ホルモンが分泌されて血糖が引き上げられます。

ところが腫瘍細胞はこの調節から外れており、血糖値がどれほど低くてもインスリンを分泌し続けます。その結果、低血糖が是正されないまま持続します。

血糖値とインスリン濃度の関係を正常時とインスリノーマで比較した模式図 低血糖域 インスリンの基準範囲 インスリン濃度 低血糖 血糖値 正常血糖 正常 インスリノーマ 低血糖でも分泌が止まらない 正常では、低血糖時にインスリンは基準範囲を下回るまで抑制される。

図:血糖値とインスリン濃度の関係。正常では血糖の低下に応じてインスリン分泌が抑制され、低血糖時には基準範囲を下回る。インスリノーマでは血糖値に関係なく分泌が続くため、低血糖であってもインスリンが基準範囲内あるいはそれ以上に保たれる。

低血糖による症状は、機序の異なる2系統に分かれます。

系統機序症状
神経低血糖症状 脳はグルコースをほぼ唯一のエネルギー源とするため、供給不足で機能が低下する 発作、虚脱、運動失調、沈うつ、失明、昏睡
アドレナリン作動性症状 低血糖に対しカテコールアミンが放出される 筋振戦、不安、頻脈、脱力、空腹感

症状は発作性・間欠的に現れ、絶食・運動・興奮、あるいは摂食(インスリン分泌が刺激されるため)を契機に誘発されます。慢性的な低血糖に脳が順応し、かなりの低値でも症状が出にくくなることもあります。

そのほか、インスリンの同化作用により食欲亢進と体重増加がみられることがあり、また傍腫瘍症候群として末梢多発性神経障害(四肢の脱力、固有受容感覚の低下、反射低下)を呈する症例もあります。

3. 診断

3-1. Whippleの三徴

低血糖を臨床的に確認するための古典的な枠組みです。

  1. 低血糖に一致する臨床症状がある
  2. 症状発現時に低血糖が確認される
  3. グルコースの投与により症状が消失する

ただしこれは「低血糖があること」を示すにとどまり、原因がインスリノーマであることまでは証明しません。

3-2. 低血糖時の血中インスリン測定 — 診断の核心

最重要

低血糖であることを確認したうえで、同じ検体から血中インスリン濃度を測定します。判定の考え方は次のとおりです。

低血糖時のインスリン濃度が基準範囲内であっても、それは異常です。本来なら基準範囲を下回るまで抑制されているべき状況だからです。「基準範囲内だから正常」と読んではいけません。

血糖とインスリンは必ず同時に採取した検体で測定します。時間差があると、その間の血糖変動により対応関係が崩れ、判定できなくなります。

なお、かつて用いられたインスリンとグルコースの比を計算する方法は、偽陽性が多いため現在は推奨されていません。低血糖時のインスリン濃度そのものを評価するのが現在の標準です。

補助的にフルクトサミンを測定すると、慢性的な低血糖を反映して低値を示します。

3-3. 画像診断

腹部超音波検査で膵臓の結節を描出できることがありますが、腫瘍が小さいことが多く感度は高くありません造影CTのほうが検出力に優れ、同時に転移の評価も行えるため、外科を検討する症例では有用です。

3-4. 低血糖の鑑別診断

低血糖はインスリノーマに限らず多くの病態で生じます。インスリノーマと診断する前に、以下を除外する必要があります。

原因機序・特徴
検体処理の不良採血後に血漿分離が遅れると赤血球の解糖により見かけ上の低血糖を生じる。まず疑うべき技術的要因
若年性低血糖幼若動物・トイ犬種。肝グリコーゲン貯蔵が少なく糖新生も未熟
肝不全門脈体循環シャント、肝硬変など。糖新生とグリコーゲン貯蔵の低下
副腎皮質機能低下症コルチゾール欠乏による糖新生の低下。電解質異常を伴うことが多い
敗血症末梢での糖消費亢進と糖新生の障害
傍腫瘍性低血糖IGF-2産生腫瘍(肝細胞癌、平滑筋肉腫など)。インスリンは低値となる点でインスリノーマと区別できる
キシリトール中毒犬でインスリンの急激な放出を引き起こす。摂取歴の確認が必要
医原性インスリンの過剰投与

4. 治療

4-1. 急性の低血糖発作

重要なひっかけ

ブドウ糖の急速大量投与は避けます。急激な血糖上昇が腫瘍細胞をさらに刺激してインスリンを大量放出させ、かえって強い反跳性低血糖を招くためです。

症状が改善する最小限の量にとどめ、必要であれば少量の持続点滴に切り替えます。

意識があり嚥下が可能であれば、蜂蜜などを歯肉に塗る方法も用いられます。

4-2. 外科的治療

部分膵切除による腫瘍摘出が第一選択です。転移巣(肝臓、所属リンパ節)についても、可能な範囲で切除する減量手術により生存期間の延長が期待できます。

術後の合併症として次の2つが重要です。

  • 膵炎:膵臓への外科的侵襲による
  • 一過性の糖尿病:腫瘍による長期のインスリン過剰状態で、残存する正常なβ細胞が抑制され萎縮しているため、腫瘍を摘出すると一時的にインスリンが不足します。多くは回復しますが、永続することもあります

4-3. 内科的治療

外科が適応とならない症例や術後再発例では、内科管理を行います。

  • 食事管理少量頻回給餌とし、複合炭水化物・蛋白質・脂肪を主体とします。単純糖質は避けます。急激な血糖上昇がインスリン分泌を強く刺激してしまうためです。
  • 運動制限:激しい運動は低血糖発作の引き金となります。
  • プレドニゾロン:一般的に広く用いられる選択肢です。糖新生を促進し、末梢組織にインスリン抵抗性を誘導することで血糖を維持します。
  • ジアゾキサイド:後述します。
  • オクトレオチド(ソマトスタチンアナログ):インスリン分泌を抑制しますが、反応には個体差があります。
ジアゾキサイドの作用機序

ジアゾキサイドは膵β細胞のATP感受性カリウムチャネルを開放します。カリウムが細胞外へ流出して細胞膜が過分極するため、カルシウム流入が起こらず、インスリン分泌が抑制されます。

これは糖尿病治療に用いるスルホニル尿素薬とちょうど正反対の作用です。スルホニル尿素薬は同じチャネルを閉じて脱分極させ、インスリン分泌を促進します。同じ標的に対して開くか閉じるか——この対比で覚えると両方が同時に定着します。

5. 予後

犬のインスリノーマは悪性度が高く転移率も高いため、根治は困難です。外科的減量と内科管理を組み合わせた場合の生存期間は、病期により大きく異なります。所属リンパ節や遠隔転移がある症例ほど予後は不良となり、内科治療のみの症例では生存期間が短くなる傾向があります。

6. 国家試験で狙われるポイントの整理

ひっかけ注意
  1. 犬のインスリノーマは大部分が悪性。ヒトの多くが良性腺腫であるのと異なる。
  2. 低血糖時にインスリンが基準範囲内でも異常。抑制されているべき状況で抑制されていない。
  3. 血糖とインスリンは同時採血の検体で測定する。
  4. インスリンとグルコースの比による判定は現在推奨されない
  5. 低血糖症状は神経低血糖症状とアドレナリン作動性症状の2系統。
  6. 症状は絶食・運動・興奮・摂食で誘発される。
  7. ブドウ糖の急速大量投与は反跳性低血糖を招く。最小限にとどめる。
  8. 術後に一過性の糖尿病が生じうる(残存β細胞の萎縮による)。
  9. 内科治療の第一選択はプレドニゾロン
  10. ジアゾキサイドはKチャネルを開放してインスリン分泌を抑制(スルホニル尿素薬と逆)。
  11. 食事は少量頻回、単純糖質を避ける
  12. 鑑別としてIGF-2産生腫瘍(インスリンは低値)、肝不全、アジソン病、キシリトール中毒、検体処理不良による偽性低血糖

7. 確認問題

Q1. 低血糖を呈する犬で、血中インスリン濃度が基準範囲内であった。インスリノーマを否定できるか。理由とともに述べよ。

A. 否定できない。正常な生理では低血糖に応じてインスリン分泌が抑制され、基準範囲を下回るはずである。低血糖であるにもかかわらずインスリンが基準範囲内に保たれていること自体が、分泌調節の破綻を示す異常所見である。

Q2. インスリノーマによる低血糖発作に対し、ブドウ糖を急速大量投与すべきでない理由を述べよ。

A. 急激な血糖上昇が腫瘍細胞を刺激してインスリンの大量放出を招き、かえって強い反跳性低血糖を生じるため。症状が改善する最小限の量にとどめ、必要に応じて少量の持続投与に切り替える。

Q3. インスリノーマの摘出後に高血糖や糖尿病が生じることがある理由を述べよ。

A. 腫瘍による長期的なインスリン過剰状態のもとで、残存する正常なβ細胞が持続的に抑制され萎縮しているため。腫瘍を摘出するとインスリンが一時的に不足する。多くは可逆的だが、永続することもある。

Q4. ジアゾキサイドの作用機序を、スルホニル尿素薬と対比して述べよ。

A. ジアゾキサイドは膵β細胞のATP感受性カリウムチャネルを開放し、細胞膜を過分極させることでカルシウム流入を妨げ、インスリン分泌を抑制する。スルホニル尿素薬は同じチャネルを閉じて脱分極を起こし、インスリン分泌を促進する。両者は同一の標的に対して正反対に作用する。

Q5. 低血糖を示す犬で、インスリン濃度が低値であった。インスリノーマ以外に考えられる腫瘍性の原因を1つ挙げ、機序を述べよ。

A. IGF-2産生腫瘍(肝細胞癌、平滑筋肉腫など)による傍腫瘍性低血糖。腫瘍が産生するインスリン様成長因子2がインスリン受容体を介して糖取り込みを促進するため低血糖を生じるが、インスリンそのものは低値となる点でインスリノーマと区別できる。

関連コンテンツ

参考文献

  • 新獣医内科学 文永堂出版
  • 犬と猫の治療ガイド インターズー
  • CAP 緑書房
  • SA Medicine インターズー
  • 新編 家畜薬理学 養賢堂
  • 獣医生理学第二版 文永堂出版
  • 動物病理学各論 文永堂出版
  • Canine insulinoma: from suspicion to treatment. Improve International. 2025.
  • 農林水産省 獣医師国家試験(公式)

執筆・編集:Vet Study Library 編集部
監修:獣医師(農林水産省 獣医師名簿第44733号登録)/小動物臨床13年、環境衛生監視員としての実務経験、獣医療系出版社での獣医学情報誌・獣医学書籍の編集経験、医療系情報サイトでの執筆経験
公開日:2026年8月14日/最終更新日:2026年8月24日
本記事は獣医学生および獣医療従事者の学習支援を目的とした教育用コンテンツです。実際の診療上の判断は担当獣医師の責任において行ってください。