公衆衛生学 > 細菌性食中毒
食品衛生学は公衆衛生学のなかで最も出題数が多い領域であり、そのうち細菌性食中毒が中心を占めます。菌の名前と症状を一対一で丸暗記しようとすると破綻しますが、発症の機序で3つに分ければ、潜伏期も発熱の有無も加熱の効果もすべて導けます。
鍵になるのは「毒素が先にできているか、体の中でできるか」という一点です。食品のなかですでに毒素ができていれば、食べた直後から症状が出ますし、加熱して菌を殺しても毒素が残れば発症します。逆に生きた菌が腸で増える必要があるなら、症状が出るまでに時間がかかり、加熱が有効になります。
第73回〜第77回の試験問題を分析したところ、公衆衛生学は試験全体の約15〜18%(50〜60問程度)を占め、そのうち食品衛生学が約40%と最大の割合となっています。
黄色ブドウ球菌、カンピロバクター、ボツリヌス菌、サルモネラ、セレウス菌などの特徴・予防法に加え、培地や染色像を用いた同定問題が頻出です。実地試験では、ボツリヌス菌による神経症状とマウス接種試験、セレウス菌の芽胞形成、サルモネラ属菌の選択分離培地における生化学性状試験などが出題されています。
「細菌性食中毒」(原因菌の同定、疫学・統計、予防、病態など)を主なテーマとした設問は、合計で18問出題されています。
主に食品衛生学や公衆衛生学の学説試験、および培地写真やグラフを用いた実地試験において非常に高い頻度で出題されています。
1. ボツリヌス菌に関する問題
嫌気性条件下での増殖や毒素の特徴、マウスを用いた診断法が繰り返し問われています。
第77回実地D:神経症状を呈した食中毒を疑う患者に関連し、マウスを用いた接種試験の模式図から「ボツリヌス菌」を特定させ、喫食直前の加熱処理(80℃以上30分間など)による予防法を問う連問。
第75回学説A:「食品内で生成された毒素によって引き起こされる食中毒の原因菌」として、正しいもの(ボツリヌス菌など)を選択させる問題。
第73回学説B:ボツリヌス食中毒の特徴(主な症状は麻痺、毒素は通常の加熱で失活するなど)に関する正しい記述を選択させる問題。
2. カンピロバクターに関する問題
日本の食中毒統計で事件数トップクラスであることや、好発原因食品(鶏肉)に関する知識が問われます。
第76回実地C:食中毒患者数の年次推移グラフにおいて、近年届出件数の最も多い物質(カンピロバクター・ジェジュニ/コリ)を特定させる問題。
第75回学説A:令和3年の食中毒統計において「最も事件数の多かった細菌性食中毒の病因物質」として、カンピロバクターを選択させる問題。
第73回学説A:令和4年の食中毒統計における事件数最多の病因物質(カンピロバクターやアニサキスなど)に関する知識問題。
3. 黄色ブドウ球菌・セレウス菌に関する問題
耐熱性エンテロトキシンや芽胞形成の有無、嘔吐型・下痢型の病態、および培地での性状が問われます。
第76回実地C:嘔吐患者の食品から分離された細菌の卵黄添加培地での発育像(混濁環)およびグラム染色像から、原因菌(セレウス菌:炭疽菌と近縁、芽胞形成)の特徴を特定させる問題。
第76回学説B:「食品内毒素型食中毒を引き起こす病原細菌」の組み合わせとして、黄色ブドウ球菌とセレウス菌(嘔吐型)等を選択させる問題。
第73回実地C:短い潜伏期間(平均3時間)と主な症状(激しい嘔吐)を示した統計表から、疑われる食中毒(ブドウ球菌食中毒)を特定させる問題。
4. サルモネラ属菌・腸管出血性大腸菌・その他の原因菌
第74回実地D:食中毒患者糞便を播種した選択分離培地のコロニー像および生化学性状試験の結果から、原因菌(サルモネラ属菌)を同定し、その特徴(鶏卵内部に存在することがあるなど)を答えさせる連問。
第75回学説A:腸管出血性大腸菌食中毒に関する記述(溶血性尿毒症症候群[HUS]を発症することがあるなど)の正誤を問う問題。
第73回実地C:月別の発生事件数と年ごとの死者数データから、原因となる病因物質(腸管出血性大腸菌、ボツリヌス、ノロウイルス等との比較)を答えさせる問題。
第77回実地C:分離・同定手順のフローチャートと選択分離寒天培地上の定型コロニーから、原因菌(腸炎ビブリオなど)を特定させる問題。
第74回実地C:厚生労働省への届出統計表(過去3年間分)に基づき、該当する食中毒の病因物質(カンピロバクター等)を答えさせる問題。
5. 低温発育菌・アレルギー様食中毒などの関連知識
第73回学説B:「4℃以下で発育可能な食中毒の原因菌」の組み合わせとして、Listeria monocytogenes(リステリア)とYersinia enterocolitica(エルシニア)を選択させる問題。
第75回学説A:モルガン菌などによるアレルギー様食中毒の発生機序(ヒスチジンの脱炭酸反応によるヒスタミン生成)に関する記述の正誤を問う問題。
細菌性食中毒の対策では以下の要素が毎年のように形を変えて出題されます。
毒素の分類:感染型(カンピロバクター、サルモネラ)、食品内毒素型(黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌)、生体内毒素型(ウェルシュ菌、セレウス菌下痢型)。
培地と染色性:サルモネラ(DHL寒天等での黒色コロニー)、セレウス(卵黄培地での卵黄反応陽性[混濁]、グラム陽性桿菌)。
特殊な増殖特性:リステリアやエルシニアの低温発育性(冷蔵庫内でも増殖)。
とくに実地試験では、グラフや検査手順のフローチャートから原因菌を絞り込ませるパターンが多いのが特徴です。
- 感染型・毒素型・生体内毒素型という3分類から、潜伏期と加熱の効果が導けること
- 黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性、ボツリヌス毒素は易熱性という対比
- カンピロバクターは微好気性で42℃発育、潜伏期が最も長い部類であること
- 1歳未満に蜂蜜を与えてはいけない理由
- ウェルシュ菌は加熱がかえって条件を整えるという逆説
- サルモネラの乳糖非分解・硫化水素産生という生化学性状
1. 3つの発症機序
| 型 | 発症の仕組み | 潜伏期 | 発熱 | 加熱の効果 | 代表菌 |
|---|---|---|---|---|---|
| 毒素型 (食品内毒素型) |
食品中で菌が産生した毒素を摂取して発症する | 短い (数時間) |
まれ | 毒素が耐熱性なら無効 | 黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌、セレウス菌(嘔吐型) |
| 感染型 | 生きた菌が腸管で増殖して発症する | やや長い (半日〜数日) |
あり | 有効 | サルモネラ、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、リステリア |
| 生体内毒素型 | 生きた菌が腸管内で増殖して毒素を産生する | 中間〜長い | 菌による | 有効 | 腸管出血性大腸菌、ウェルシュ菌、セレウス菌(下痢型) |
- 毒素型は潜伏期が短い。すでにできている毒素を摂るので、菌が増える時間が要らないからです。
- 毒素型は発熱しにくい。感染ではなく中毒だからです。
- 感染型は発熱する。生きた菌への免疫応答が起こるからです。
- 毒素型では加熱が万能ではない。菌が死んでも毒素が残れば発症します。
2. 潜伏期から絞り込む
図:主要な細菌性食中毒の潜伏期。食品内で毒素が産生される毒素型は数時間以内に発症するのに対し、生きた菌の増殖を要する感染型では半日から数日を要する。ボツリヌス菌は毒素型でありながら、毒素が神経に作用するまでに時間を要するため潜伏期がやや長い。
3. 毒素型の食中毒
3-1. 黄色ブドウ球菌
グラム陽性球菌で、顕微鏡下ではブドウの房のような配列を示します。ヒトの鼻腔や手指、化膿創に常在するため、手指で扱う食品が原因となります。おにぎり、弁当、和菓子などが典型です。
黄色ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンはきわめて耐熱性が高く、通常の加熱調理では失活しません。したがって菌を加熱で殺しても食中毒は防げません。
予防の要点は「毒素を作らせないこと」です。手指に傷や化膿創がある人は調理しない、低温で保存して菌を増やさないという対策になります。
潜伏期は1〜5時間ときわめて短く、激しい嘔吐が主症状です。発熱はまれです。なお本菌は食塩耐性をもつため、選択分離にはマンニット食塩培地が用いられます。
3-2. ボツリヌス菌
グラム陽性桿菌、偏性嫌気性、芽胞形成菌です。ボツリヌス毒素は自然界で最強クラスの毒素として知られています。
ボツリヌス毒素は神経筋接合部でアセチルコリンの放出を阻害します。その結果、筋が収縮できなくなり弛緩性麻痺が生じます。
症状は複視・眼瞼下垂・嚥下障害・構音障害から始まり、下行性に麻痺が進行して最終的に呼吸筋麻痺に至ります。発熱はなく、意識は清明である点が特徴です。
ボツリヌス毒素は易熱性で、加熱により失活します。黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンが耐熱性であるのと対照的です。
ただし芽胞は耐熱性が高く、通常の加熱では死滅しません。「毒素は熱に弱いが、芽胞は熱に強い」という二段構えを押さえてください。
原因食品はいずしなどの発酵食品、缶詰・瓶詰、真空パック食品といった嫌気状態になる食品です。診断にはマウス接種試験が用いられ、治療は抗毒素血清によります。
1歳未満の乳児に蜂蜜を与えてはいけません。蜂蜜に混入した芽胞が、腸内細菌叢の未熟な乳児の腸管で発芽・増殖し、体内で毒素を産生するためです。
成人では腸内細菌叢が芽胞の定着を妨げるため、同じことは起こりません。「なぜ乳児だけなのか」まで理解しておいてください。
3-3. セレウス菌
グラム陽性大桿菌、芽胞形成菌で、炭疽菌と同じ Bacillus 属に属する近縁菌です。2つの病型があります。
| 病型 | 機序 | 潜伏期 | 症状 | 原因食品 |
|---|---|---|---|---|
| 嘔吐型 | 毒素型。セレウリド(耐熱性) | 1〜5時間 | 嘔吐 | チャーハン、ピラフ、スパゲッティなど加熱後に放置された米・小麦製品 |
| 下痢型 | 生体内毒素型。易熱性の腸管毒 | 8〜16時間 | 下痢・腹痛 | 食肉、スープ、野菜 |
日本では嘔吐型が多く、加熱調理後に室温放置された米飯類が典型的な原因です。芽胞が加熱後も生き残り、冷める過程で発芽・増殖するという経路をたどります。
4. 感染型の食中毒
4-1. サルモネラ属菌
グラム陰性桿菌で、鞭毛による運動性をもちます。原因食品は鶏卵と鶏肉が代表的で、卵殻表面の汚染だけでなく卵内が汚染されている場合もあります。爬虫類も保菌動物として知られています。
潜伏期は6〜72時間で、38〜40℃の発熱を伴う下痢・腹痛・嘔吐を呈します。
サルモネラは乳糖を分解せず、硫化水素を産生します。この2つの性質が同定の基本です。
DHL寒天培地やSS寒天培地といった選択分離培地では、乳糖非分解のため無色〜淡いコロニーとなり、硫化水素産生により中心部が黒色を呈します。TSI培地でも硫化水素による黒変が確認されます。
4-2. カンピロバクター
グラム陰性のらせん菌で、S字状やカモメが翼を広げたような形態を示します。日本において発生件数が最も多い部類の食中毒菌です。
カンピロバクターは微好気性であり、通常の好気培養でも嫌気培養でも発育しません。酸素濃度を下げた微好気条件が必要です。また42℃で良好に発育するという点も他の腸内細菌と異なります。
- 原因食品は鶏肉(生食や加熱不十分)、生乳、飲料水
- 少量の菌数で感染が成立する
- 潜伏期は2〜7日と食中毒菌のなかで最も長い部類。原因食品の特定が難しくなる一因
- 合併症としてギラン・バレー症候群が知られる。菌体成分とヒトの神経組織の構造が似ていることによる自己免疫反応
4-3. 腸炎ビブリオ
好塩性のグラム陰性桿菌で、3%程度の食塩存在下でよく増殖します。原因食品は海産魚介類の生食で、夏季に多発します。
真水に弱いという性質があるため、魚介類を真水でよく洗うことが有効な予防策となります。また増殖速度がきわめて速いため、常温放置は短時間でも危険です。
4-4. リステリア
4℃程度の低温でも増殖するという特異な性質をもちます。そのため冷蔵保存が予防にならない点が重要です。ナチュラルチーズ、生ハム、スモークサーモンなど非加熱で喫食する食品が原因となります。
妊婦、高齢者、免疫不全者で重症化し、妊婦では経胎盤感染による流産・死産を起こします。なお動物ではサイレージを介した感染により脳幹脳炎を生じ、旋回運動などの神経症状を示します。
5. 生体内毒素型の食中毒
5-1. 腸管出血性大腸菌
ベロ毒素(志賀毒素)を産生する大腸菌で、O157が代表的です。少量の菌数で感染が成立し、潜伏期は3〜8日と長めです。
激しい腹痛と水様性下痢に続いて血便を呈します。最も重要な合併症が溶血性尿毒症症候群で、溶血性貧血・血小板減少・急性腎障害の三徴を示します。
牛が腸管内に保菌しているため、食肉や、糞便に汚染された野菜が原因となります。加熱は有効です。ヒトの腸管出血性大腸菌感染症は感染症法の3類感染症に位置づけられています。
5-2. ウェルシュ菌
グラム陽性桿菌、偏性嫌気性、芽胞形成菌です。大量調理されたカレー、シチュー、煮込み料理が原因となることから「給食病」とも呼ばれます。
ウェルシュ菌では、加熱がかえって発生条件を整えてしまいます。
- 加熱により共存する他の菌が死滅し、競合がなくなる
- 加熱により溶存酸素が追い出され、嫌気状態となる
- 耐熱性の芽胞は生き残っている
- 大鍋のため冷却が緩慢で、発芽・増殖に適した温度帯に長時間とどまる
予防は加熱そのものではなく、調理後の急速冷却と再加熱にあります。
6. 国家試験で狙われるポイントの整理
- 毒素型は潜伏期が短く発熱しにくい。感染型は潜伏期が長く発熱する。
- 黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性。加熱では防げない。
- ボツリヌス毒素は易熱性だが、芽胞は耐熱性。
- ボツリヌス毒素はアセチルコリンの放出を阻害し、弛緩性麻痺を起こす。発熱なし・意識清明。
- 1歳未満に蜂蜜を与えない。腸内細菌叢が未熟なため芽胞が定着する。
- セレウス菌は炭疽菌と同じ Bacillus 属。嘔吐型の原因は加熱後放置した米飯類。
- サルモネラは乳糖非分解・硫化水素産生。
- カンピロバクターは微好気性で42℃発育。潜伏期は2〜7日と長い。
- カンピロバクターの合併症はギラン・バレー症候群。
- 腸炎ビブリオは好塩性で真水に弱い。
- リステリアは4℃でも増殖する。冷蔵は予防にならない。
- 腸管出血性大腸菌はベロ毒素を産生し、溶血性尿毒症症候群を起こす。
- ウェルシュ菌では加熱が嫌気状態と競合菌の排除をもたらす。対策は急速冷却。
7. 確認問題
Q1. 潜伏期が2時間で激しい嘔吐を呈し、発熱を伴わない食中毒が発生した。原因菌として何を疑うか、根拠とともに述べよ。
A. 黄色ブドウ球菌またはセレウス菌(嘔吐型)を疑う。潜伏期が数時間ときわめて短く発熱を伴わないことから、食品中ですでに産生された毒素による毒素型食中毒と考えられる。原因食品がおにぎりや弁当など手指で扱うものであれば黄色ブドウ球菌、加熱後に放置された米飯類であればセレウス菌を優先して疑う。
Q2. 黄色ブドウ球菌による食中毒を加熱調理で防げない理由を述べよ。
A. 本菌が産生するエンテロトキシンは耐熱性が高く、通常の加熱調理では失活しないため。菌体そのものは加熱で死滅するが、すでに食品中に産生された毒素が残るため発症する。予防は手指の衛生管理と低温保存により毒素を産生させないことにある。
Q3. 1歳未満の乳児に蜂蜜を与えてはならない理由を述べよ。
A. 蜂蜜に混入したボツリヌス菌の芽胞が、腸内細菌叢の未熟な乳児の腸管内で発芽・増殖し、体内で毒素を産生して乳児ボツリヌス症を起こすため。成人では腸内細菌叢が芽胞の定着を妨げるため同様のことは起こらない。
Q4. ウェルシュ菌による食中毒において、加熱調理が発生を助長する機序を述べよ。
A. 加熱により共存する他の菌が死滅して競合がなくなり、同時に溶存酸素が追い出されて嫌気状態となる。耐熱性の芽胞は生き残っているため、大鍋で緩慢に冷却される過程で発芽・増殖する。予防には調理後の急速冷却と喫食前の再加熱が重要である。
Q5. カンピロバクターの培養条件と、原因食品の特定が難しい理由を述べよ。
A. 微好気性であるため通常の好気培養や嫌気培養では発育せず、酸素濃度を下げた微好気条件を要する。また42℃で良好に発育する。原因食品の特定が難しいのは潜伏期が2〜7日と食中毒菌のなかで最も長い部類であり、発症時には摂食した食品が残っていないことが多いためである。
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