伝染病学
伝染病学は、試験全体のおよそ6分の1を占める最大級の分野です。細菌病・ウイルス病・寄生虫病の3本柱からなり、公衆衛生学や法規と横断して出題されます。
膨大に見える範囲ですが、整理の軸は3つしかありません。法規とのリンク(家畜伝染病か届出伝染病か)、画像のパターン認識(剖検像・虫卵像・染色像)、そして疫学と公衆衛生(野生動物との関係、食中毒としての側面)です。本ページでは分野全体の出題傾向を整理したうえで、病原体の分類体系と消毒薬の選択という、各テーマ記事では扱いきれない横断的な内容を解説します。
第73回〜第77回の試験問題を分析したところ、伝染病学に関連する設問は試験全体(330問)のうち約15〜20%を占める巨大なボリュームとなっています。
とくに学説試験Bでは80問中25〜35問程度が出題され、伝染病学各論が集中する「得点源」のセクションとなっています。
1. 試験区分別の出題傾向
| 試験区分 | 出題数の目安 | 問われる内容 |
|---|---|---|
| 必須問題 (50問中) | 5〜8問 | 感染症法や家畜伝染病予防法に基づく基礎知識(届出義務、指定動物)、微生物の基本性状 |
| 学説試験B (80問中) | 25〜35問 | 伝染病学各論として、細菌・ウイルス・寄生虫の各論的知識が集中的に出題される |
| 実地試験C・D (120問中) | 10〜15症例 (20〜30問) | 剖検所見(肉眼像)、組織像、顕微鏡写真、流行曲線から疾患を特定し、その後の対策や治療薬を選ばせる |
2. 病原体の分類
2-1. 細菌の分類
細菌はグラム染色性・形態・酸素要求性の3つの軸で整理します。これに加えて、通常の分類から外れる特殊な菌群を押さえておきます。
| 特殊な菌群 | 性質 | 臨床上の帰結 |
|---|---|---|
| 芽胞形成菌 | Bacillus 属(炭疽)、Clostridium 属(破傷風、気腫疽、ボツリヌス) | 芽胞は消毒薬や乾燥に極めて強く、環境中で長期間生存する |
| 抗酸菌 | Mycobacterium 属(結核、ヨーネ病) | 脂質に富む細胞壁をもち消毒薬に抵抗性。発育がきわめて遅い |
| マイコプラズマ | 細胞壁をもたない | β-ラクタム系抗菌薬が無効。グラム染色で染まらない |
| リケッチア・クラミジア | 偏性細胞内寄生 | 人工培地で培養できない |
2-2. ウイルスの分類
ウイルスは核酸の種類(DNAかRNAか)とエンベロープの有無という2軸で整理します。この2軸は出題の定番であるだけでなく、消毒薬の選択に直結する実務的な区分でもあります。
図:ウイルスの分類マトリクス。核酸の種類とエンベロープの有無で4つに分かれる。エンベロープは脂質二重層であるため、アルコールや界面活性剤で容易に破壊される。エンベロープをもたないウイルスは環境中で安定し、消毒薬にも抵抗性を示す。
- アフリカ豚熱ウイルスはDNAウイルス(アスファウイルス科)。名前の似た豚熱はRNAウイルス(フラビウイルス科)です。しかもアフリカ豚熱はダニが媒介するDNAウイルスとして唯一の存在です。
- 口蹄疫ウイルスはエンベロープをもたないRNAウイルス(ピコルナウイルス科)。環境抵抗性が高く、伝播力の強さの一因となっています。
2-3. 寄生虫の分類
| 分類 | 代表例 |
|---|---|
| 原虫 | バベシア、トキソプラズマ、クリプトスポリジウム、コクシジウム、トリパノソーマ |
| 線虫 | 犬糸状虫、回虫、鉤虫、鞭虫 |
| 条虫 | エキノコックス(多包条虫)、瓜実条虫 |
| 吸虫 | 肝蛭、槍形吸虫 |
| 外部寄生虫 | マダニ、ノミ、ヒゼンダニ、シラミ |
3. 消毒薬の選択
病原体の構造の違いは、そのままどの消毒薬が効くかに直結します。防疫の実務でも試験でも問われる部分です。
芽胞 > 抗酸菌 > エンベロープをもたないウイルス > 一般の細菌(栄養型)・真菌 > エンベロープをもつウイルス
左にあるものほど消毒しにくく、右にあるものほど容易に不活化されます。
| 対象 | 代表的な病原体 | 消毒の考え方 |
|---|---|---|
| 芽胞 | 炭疽、破傷風、気腫疽 | 通常の消毒薬は無効。高圧蒸気滅菌や焼却によって処理する |
| 抗酸菌 | 結核、ヨーネ病 | 脂質に富む細胞壁のため抵抗性。アルコールやアルデヒド系を用いる |
| エンベロープなし のウイルス |
口蹄疫、犬パルボウイルス | アルコールや逆性石けんは効きにくい。次亜塩素酸ナトリウムなどを用いる |
| エンベロープあり のウイルス |
豚熱、狂犬病、鳥インフルエンザ | 脂質膜が破壊されれば失活するため、多くの消毒薬が有効 |
口蹄疫ウイルスはエンベロープをもたないため一般的な消毒薬に抵抗性を示しますが、酸およびアルカリに対しては弱いという性質があります。そのため防疫の現場では消石灰や炭酸ナトリウム、クエン酸などが用いられます。
「エンベロープがないから消毒できない」のではなく、弱点に合わせて薬剤を選ぶという発想です。
次亜塩素酸ナトリウムをはじめとする消毒薬は、有機物(血液や排泄物)の存在下で著しく失活します。薬剤が病原体に届く前に、有機物と反応して消費されてしまうためです。
したがってあらかじめ洗浄して汚れを落としてから消毒薬を適用することが絶対条件です。汚れの上から消毒薬をかけても効果は得られません。
畜舎や車両の消毒において「洗浄 → 乾燥 → 消毒」という順序が徹底されるのは、この性質によります。適切な薬剤を選んでいても、この手順を踏まなければ意味をなしません。
4. 疫学の基礎
4-1. 感染成立の3要素
感染症の対策は、感染源・感染経路・感受性宿主のいずれかを断つことに集約されます。
- 感染源対策:患畜の摘発と淘汰、保菌動物の除去、野生動物の監視
- 感染経路対策:消毒、移動制限、バイオセキュリティ、媒介動物の駆除
- 感受性宿主対策:ワクチン接種による免疫の付与
また感染の様式は、親から子へ伝わる垂直感染(経胎盤・経乳・経卵)と、個体間で伝わる水平感染に大別されます。
4-2. 流行曲線
- 単一曝露型:共通の感染源に一度に曝露された場合。急峻に立ち上がり単峰性の曲線となり、幅は潜伏期のばらつきを反映します。汚染飼料や汚染水による集団発生が典型です。
- 伝播型:個体から個体へ次々と伝播する場合。潜伏期の間隔をおいて波が繰り返し、緩やかに立ち上がります。
実地試験では流行曲線が提示され、感染源が単一か、個体間伝播かを判断させる形式で出題されます。
5. 記事で扱っていない重要疾病
| 疾病 | 要点 |
|---|---|
| 口蹄疫 | ピコルナウイルス科のエンベロープをもたないRNAウイルス。偶蹄類に感染し、口腔・蹄部に水疱を形成する。致死率は高くないが伝播力が極めて強く、経済的被害が甚大となる。家畜伝染病かつ輸入禁止の対象 |
| 高病原性 鳥インフルエンザ |
オルソミクソウイルス科のA型インフルエンザウイルス。HAとNAの組み合わせで亜型が決まる。高病原性はHA開裂部位への多塩基性アミノ酸の挿入により規定され、フリンなど全身に存在するプロテアーゼで開裂・活性化されるため全身感染を引き起こす。家畜伝染病であり、発生時には殺処分と移動制限が行われる。渡り鳥による持ち込みが問題となる |
| パルボウイルス 感染症 |
パルボウイルス科のエンベロープをもたないDNAウイルス。分裂活性の高い細胞に強い親和性を示し、骨髄造血細胞・リンパ組織・腸陰窩上皮を標的とする。骨髄低形成、リンパ球減少、陰窩上皮の壊死と腺窩の拡張、絨毛萎縮を特徴とする。環境抵抗性が高く、消毒には次亜塩素酸ナトリウムを要する |
| 伝達性海綿状脳症 (BSE) |
病原体はプリオン(核酸をもたない異常蛋白質)。通常の消毒や加熱では不活化されない。肉骨粉を介した伝播が原因とされ、特定危険部位の除去が対策の柱となる。家畜伝染病 |
パルボウイルスは自らDNAを複製する装置をもたず、宿主細胞が分裂する際の仕組みを利用します。そのため分裂が盛んな細胞でなければ増殖できません。
この一点から、標的となる3つの組織と、そこに現れる病変がそのまま導けます。
| 標的組織 | 生じる病変 | 臨床所見 |
|---|---|---|
| 骨髄の造血細胞 | 骨髄低形成 | 白血球減少、貧血 |
| リンパ組織 | リンパ組織の壊死 | リンパ球減少、免疫抑制 |
| 腸の陰窩上皮 | 陰窩上皮の壊死と腺窩の拡張、絨毛萎縮 | 出血性下痢、吸収不良 |
腸絨毛の上皮は陰窩で新しく作られて先端へ押し上げられるため、陰窩が破壊されると供給が絶たれて絨毛が萎縮します。「陰窩が標的だから絨毛が短くなる」という因果を押さえてください。
なおエンベロープをもたないため環境抵抗性が高く、アルコールや逆性石けんでは不十分です。前章の分類と消毒の考え方がそのまま当てはまります。
6. 重要テーマ別の詳細解説
土台家畜伝染病予防法と届出伝染病
すべての疾病を整理する枠組みです。家畜伝染病の全29疾病を対象家畜つきで収載し、届出伝染病も動物種別に一覧化しました。届出義務と発生時の措置、狂犬病予防法・感染症法との守備範囲の違いも扱います。まずここから読んでください。
ウイルス豚熱とアフリカ豚熱
名前が似ていながら片方はRNA、もう片方はDNAという別物です。ASFにワクチンがないことが防疫方針を根本から分けます。剖検所見(雀卵斑腎・脾梗塞・ボタン潰瘍・脾腫大)を図解し、臨床的には鑑別できずPCRによるという診断の要点まで扱います。
ウイルス牛ウイルス性下痢(BVD)
持続感染牛(PI牛)という概念を軸に解説しています。抗体陰性・ウイルス陽性という逆転した所見、妊娠時期による転帰の違い、粘膜病を発症するのはPI牛だけである理由を、免疫寛容から一続きに導きます。
人獣共通狂犬病
治せないが防げるという特異な性質をもつ疾病です。ウイルスが神経を逆行性に移動する経路を図解し、潜伏期との関係を説明しています。ネグリ小体の3つの要点と、狂犬病予防法・家畜伝染病予防法・感染症法の3法にまたがる位置づけを扱います。
細菌牛の主要な細菌病
炭疽・ヨーネ病・牛肺疫・マイコプラズマ病を、剖検所見のパターン認識を軸にまとめました。炭疽が疑われる場合は開腹してはならないという実務上の鉄則、パールテストの原理、ヨーネ病の脳回転様の腸粘膜を図解しています。
寄生虫人獣共通寄生虫
トキソプラズマ・クリプトスポリジウム・エキノコックスを、「排出時に感染性があるか」という一本の軸で整理しました。多包条虫の生活環を図解し、ヒトが行き止まりの中間宿主であること、犬のエキノコックス症は獣医師にも届出義務があることを扱います。
7. 学習教材
カード式分類問題
法定伝染病と届出伝染病の振り分け、DNAウイルスとRNAウイルスの分類、エンベロープの有無による分類などを演習できます。本ページ第2章の内容を定着させるのに適しています。
8. 推奨する学習順序
- 枠組みをつくる:家畜伝染病予防法の記事。すべての疾病が「どの箱に入るか」で整理できるようになります
- 分類の軸を固める:本ページ第2章と第3章。病原体の分類と消毒薬の選択は、学説Aと必須問題の土台です
- 各論を攻略する:豚熱とアフリカ豚熱 → 牛ウイルス性下痢 → 牛の主要な細菌病 → 人獣共通寄生虫 → 狂犬病の順に読み進めます
- 疫学を押さえる:本ページ第4章で流行曲線の読み方を確認します
- 演習する:寄生虫クイズとカード式分類問題で、画像と分類の対応を定着させます
ワクチンによる免疫の付与、免疫寛容、アレルギーの型といった免疫学の基礎は免疫学のページで扱っています。伝染病学は免疫学と公衆衛生学の双方に接続する分野です。
参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- 新編 家畜薬理学 養賢堂
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 動物病理学総論 文永堂出版
- 獣医寄生虫学・寄生虫病学 講談社サイエンティフィク
- 家畜伝染病予防法施行規則 https://laws.e-gov.go.jp/law/326M50010000035/
- 動物検疫所 家畜伝染病予防法の解説 https://www.maff.go.jp/aqs/hou/36.html
- 動物検疫所 監視伝染病(届出伝染病)https://www.maff.go.jp/aqs/hou/42.html
- 狂犬病予防法 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC1000000247
- 厚生労働省 感染症情報 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/index.html
- 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 https://laws.e-gov.go.jp/law/410AC0000000114
- 農林水産省 獣医師国家試験 https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/zyui/shiken/shiken.html