基礎獣医学 > 細胞傷害と適応
細胞は刺激を受けたとき、いきなり死ぬわけではありません。まず適応しようとし、適応の限界を超えたときに傷害され、それでも耐えられなくなったときに死に至ります。
この「適応 → 可逆的傷害 → 不可逆的傷害」という段階を軸に置くと、肥大も萎縮も変性も壊死も、ばらばらの用語ではなく一続きの現象として整理できます。本記事ではこの流れに沿って、病理学の総論にあたる部分を解説します。
第73回〜第77回の試験問題を分析したところ、学説試験Aの中盤には病態の基礎となる生体反応や組織の病理変化が集中して出題されています。
具体的には、アミロイド沈着、糖原蓄積病、死後変化、フリーラジカルといった項目が問われています。基礎獣医学は試験全体の約20〜25%を占め、なかでも学説試験Aの約75%がこの分野です。
「細胞障害(可逆性・不可逆性傷害)と適応」(変性、蓄積、壊死、アポトーシス、死後変化、および萎縮・肥大・増生・化生などの適応現象)を主なテーマとした設問は、合計で18問出題されています。
1. 細胞の適応(萎縮・肥大・増生・化生)に関する問題
生体が持続的な刺激や負荷、あるいは刺激の消失に対して細胞や組織の大きさ・数を変化させて適応する現象を問う問題です。
第73回 学説A:「萎縮」に関する問題です。喘鳴症(喉頭片麻痺)の喉頭筋にみられる萎縮が神経性萎縮であることや、骨格筋の不使用性萎縮、飢餓時の栄養障害性(膠様)萎縮、肝臓の褐色萎縮(リポフスチン沈着)などの正しい分類知識が問われました。
第73回 学説A:細胞のタイプが別の分化した細胞へと置き換わる「化生(特に扁平上皮化生)」に関する問題です。犬のセルトリ細胞腫に伴う前立腺の扁平上皮化生や、ビタミンA欠乏、ジステンパー、Lawsonia感染症などの器官・組織との正しい組み合わせが問われました。
2. 可逆性細胞障害(変性・細胞内蓄積・代謝異常)に関する問題
細胞内に過剰な物質が蓄積する「変性」や、脂質・糖・色素などの代謝異常に関する問題です。
第73回 必須:水腫様変化の代表例である「風船状変性」がみられる疾患(鶏痘)を選択させる問題。
第73回 学説A:脂質蓄積症(コレステロール沈着症、ゴーシェ病、ニーマン・ピック病、糖原病など)の分類を問う問題。
第74回 必須:ポルフィリン代謝異常により骨や歯が赤褐色(紫外線下で赤色蛍光)になる「ピンク歯(ポルフィリン症)」を答えさせる問題。
第76回 学説A:皮膚の「粘液水腫」の発生要因(甲状腺機能低下症)を問う生理・病理問題。
第76回 学説A:細胞外に異常蛋白が沈着する「アミロイド沈着」を認める猫の疾患(2型糖尿病の膵島)を選択させる問題。
第76回 学説A:糖代謝異常である「糖原蓄積病(ポンペ病)」を選択させる問題(ゴーシェ、クラッベは脂質蓄積症)。
第77回 学説A:プリン体代謝異常により尿酸塩結晶が沈着する「痛風」に関する問題。鳥類の内臓痛風が内臓の漿膜に好発することなどの病態が問われました。
3. 不可逆性細胞障害と細胞死(壊死・アポトーシス)に関する問題br>
細胞の不可逆的な死である「壊死」の組織像や、遺伝的にプログラムされた細胞死「アポトーシス」の特徴・検出法を問う問題。
第75回 学説A:DNA断片化を標識して「アポトーシス」を組織学的に検出・可視化する方法(TUNEL法)を答えさせる問題。
第75回 学説A・第77回 学説A:「組織壊死」の分類に関する問題。
凝固壊死:筋肉の蝋様変性(硝子様変性)や乾酪壊死。
融解壊死(液化壊死):脳軟化。
脂肪壊死:脂肪酸の鹸化(石鹸化)をともなう膵壊死など。
壊疽:湿性壊疽におけるガス産生(捻髪音の発生)。
4. 死後変化・細胞傷害の機序に関する問題
個体死した後に生じる各種組織変化や、細胞を傷害する物理化学的ストレスに関する問題。
第75回 学説A・第76回 学説A:「死後変化」に関する正しい知識を問う問題。死後に胆汁が周囲組織に染み込んで黄色くなる胆汁浸染や、死後自己融解、硫化水素とヘモグロビンの結合による仮性メラノーシス(緑黒色変化)などが問われました。
第76回 学説A:細胞膜脂質やDNAを攻撃して細胞傷害を引き起こす活性酸素・「フリーラジカル」(スーパーオキシド、ヒドロキシラジカルなど)を選択させる問題(過酸化水素や一重項酸素はラジカルではない)。
「細胞障害と適応」の分野は、病理学の中でも最も論理的でパターン化されているため、一度マスターすれば確実に得点できるエリアです。
1. 壊死の組織分類:
脳の壊死は「融解(液化)壊死」、
筋肉の変性・壊死は「蝋様変性」、
結核結節やヨーネ病は「乾酪壊死(凝固壊死の亜型)」 という対応関係を暗記しましょう。
2. 死後変化の鑑別:生前の病変(うっ血、メラノーシス)と、死後の変化(仮性メラノーシス、死後浸潤、死後凝血[豚脂様凝血])の区別が最も引っかけとして狙われやすいポイントです。
3. 変性のキーワード:アミロイド変性=猫の2型糖尿病・コンゴレッド染色、ポルフィリン症=ピンク歯・赤色蛍光 など、代表的な疾患と変化を1対1で整理しておくと、選択肢を瞬時に削ることができます。
- 肥大と過形成の違いと、心筋で過形成が起こらない理由
- 異栄養性石灰沈着と転移性石灰沈着の区別
- アポトーシスでは炎症が起こらない理由
- 壊死の型と、脳が融解壊死となる理由
- フリーラジカルの防御系とセレン・ビタミンE
- 死後変化と生前の病変を区別する決定的な指標
1. 細胞の適応
| 適応 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 肥大 | 細胞の大きさが増す。細胞数は変わらない | 弁膜症や高血圧による心筋の肥大、運動による骨格筋 |
| 過形成 | 細胞の数が増す | 内分泌刺激による腺の過形成 |
| 萎縮 | 細胞の大きさや数が減る | 廃用性萎縮、圧迫性萎縮、栄養不良、副腎の萎縮 |
| 化生 | 分化した細胞が別の分化した細胞に置き換わる | 慢性刺激による気道の線毛上皮から扁平上皮への置換 |
| 異形成 | 細胞の大きさ・形・配列が乱れる | 前がん病変となりうる |
心筋と骨格筋は分裂能をもたないため、過形成は起こらず肥大のみが生じます。「心筋が過形成を起こす」という記述は誤りです。
一方、肝臓や上皮のように分裂能をもつ組織では、肥大と過形成の両方が起こりえます。その組織が分裂できるかどうかで判断してください。
なお化生は可逆的な変化ですが、異形成は前がん病変として扱われます。両者を混同しないでください。
2. 可逆的な傷害と細胞内蓄積
適応の限界を超えると細胞は傷害されますが、この段階ではまだ回復しうる変性にとどまります。代表が細胞の膨化と脂肪変性です。
細胞の膨化は、ATPの低下によりナトリウムポンプが働かなくなり、細胞内へナトリウムと水が流入することで生じます。エネルギー不足がまず現れる形と理解してください。
2-1. 細胞内に蓄積する物質
| 物質 | 関連する病態 | 証明する染色 |
|---|---|---|
| グリコーゲン | 糖原蓄積病(酵素欠損)、糖尿病 | PAS陽性。ジアスターゼ処理で消失 |
| 脂肪 | 脂肪変性、肝リピドーシス | ズダンⅢ(凍結切片が必要) |
| アミロイド | アミロイドーシス | コンゴレッド。偏光下で緑色の複屈折 |
| ヘモジデリン | 溶血、うっ血 | ベルリンブルー(鉄染色) |
| リポフスチン | 加齢に伴う消耗色素 | — |
| カルシウム | 石灰沈着 | フォンコッサ染色 |
蓄積物の同定には特殊染色が不可欠です。何が蓄積しているかによって、選ぶべき染色が決まります。
2-2. アミロイド沈着
アミロイドはβシート構造をとる異常な線維状の蛋白で、細胞外に沈着します。沈着した臓器では正常な組織が置き換えられ、機能が障害されます。
- 反応性(続発性)アミロイドーシス:慢性炎症により急性期蛋白である血清アミロイドAが増加し、その分解産物が肝・脾・腎に沈着します。動物ではこの型が最も多く、慢性感染症や慢性炎症が背景となります。
- 家族性アミロイドーシス:特定の品種で遺伝的素因により生じます。
- 膵島へのアミロイド沈着:猫の糖尿病においてβ細胞の機能を障害する要因のひとつとされています。
2-3. 石灰沈着の2つの型
| 型 | 血中カルシウム | 沈着する場所 | 背景 |
|---|---|---|---|
| 異栄養性 | 正常 | 壊死・変性した組織 | 陳旧化した病巣、脂肪壊死、瘢痕 |
| 転移性 | 高値 | 正常な組織(腎、肺、胃粘膜、血管) | 腫瘍随伴性高カルシウム血症、上皮小体機能亢進、ビタミンD中毒 |
異栄養性石灰沈着では血中カルシウムは正常です。組織の側に沈着しやすい状態(壊死・変性)があるために起こります。
転移性石灰沈着では血中カルシウムが高値です。組織は正常なのに、血中のカルシウムが過剰であるために沈着します。「組織が悪いのか、血液が悪いのか」という切り分けです。
3. 壊死とアポトーシス
図:壊死とアポトーシスの比較。壊死では細胞が膨化して細胞膜が破綻し、内容物が周囲へ流出することで炎症細胞が集まる。アポトーシスでは細胞が縮小して小体に分かれるが細胞膜は保たれており、マクロファージが速やかに貪食するため炎症は起こらない。
| 項目 | 壊死 | アポトーシス |
|---|---|---|
| 性質 | 病的・事故的 | プログラムされた細胞死。生理的にも起こる |
| 範囲 | 細胞集団 | 単一の細胞 |
| 細胞の大きさ | 膨化 | 縮小 |
| 細胞膜 | 破綻する | 保たれる |
| 炎症 | 起こる | 起こらない |
| エネルギー | 不要 | ATPを必要とする能動的な過程 |
| DNAの断片化 | ランダム | 規則的な断片化 |
| 関与する分子 | — | カスパーゼなど |
アポトーシスで炎症が起こらないのは、細胞膜が保たれたまま断片化するからです。内容物が周囲へ漏れ出さないため、免疫系に危険信号が伝わりません。断片はマクロファージによって速やかに処理されます。
逆に壊死では細胞膜が破綻し、細胞内容物が周囲へ流出します。これが炎症を誘発するのです。「膜が保たれるかどうか」がすべてを決めていると理解してください。
3-1. 壊死の型
| 型 | 特徴 | 代表例 |
|---|---|---|
| 凝固壊死 | 組織の輪郭が保たれる。蛋白の変性が優位 | 虚血による梗塞(心筋、腎、脾) |
| 融解壊死 | 組織が液状に融ける | 脳の梗塞、化膿性炎症 |
| 乾酪壊死 | チーズ様の外観。凝固と融解の中間 | 結核などの抗酸菌感染 |
| 脂肪壊死 | 脂肪が分解され石灰沈着を伴う | 膵炎 |
| 壊疽 | 壊死に腐敗菌の感染や乾燥が加わったもの | 乾性壊疽、湿性壊疽、ガス壊疽 |
脳が融解壊死となるのは、脂質に富み構造を支える蛋白が少ないためです。他の臓器のように輪郭を保てず、液状に崩れます。組織の成分から壊死の型が決まるという関係を押さえてください。
4. フリーラジカルと酸化ストレス
フリーラジカルは不対電子をもつ反応性の高い分子で、活性酸素種がその代表です。ミトコンドリアの電子伝達系、炎症時の好中球、放射線、薬物代謝、虚血後の再灌流などで発生します。
- 脂質の過酸化:細胞膜の構造が破壊される
- 蛋白の酸化:酵素が失活する
- DNAの損傷:変異や発がんにつながる
4-1. 防御系
| 防御因子 | 働き |
|---|---|
| スーパーオキシドディスムターゼ | スーパーオキシドを過酸化水素へ変換する |
| カタラーゼ | 過酸化水素を水と酸素に分解する |
| グルタチオンペルオキシダーゼ | 過酸化物を還元する。セレンを必須成分として含む |
| ビタミンE | 脂溶性。細胞膜における脂質の過酸化を防ぐ |
| ビタミンC | 水溶性の抗酸化物質 |
- 白筋症(栄養性筋ジストロフィー):セレンとビタミンEの欠乏により防御系が働かず、骨格筋や心筋が酸化的傷害を受けて壊死します。2つの防御因子がともに不足することが病態の本質です。
- 虚血再灌流障害:血流が途絶えた組織に血流が戻ると、大量のフリーラジカルが発生して傷害が拡大します。胃拡張捻転症候群の整復後などで問題となります。
- ハインツ小体性溶血:タマネギやアセトアミノフェンによる酸化的損傷でヘモグロビンが変性します。
5. 死後変化
剖検では、生前に生じた病変と死後に生じた変化を区別しなければなりません。
| 死後変化 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 死冷 | 体温が低下する | — |
| 死後硬直 | ATPの枯渇によりアクチンとミオシンが解離できなくなる | 炭疽では硬直が不完全となる ※家畜感染症学・病理各論において超重要⇒絶対に開腹してはならない! |
| 死斑 | 血液が重力により下方へ沈降する | 体位に依存し、圧迫を受けた部位は蒼白。生前のうっ血や出血と区別する |
| 死後凝血 | 血管内で血液が凝固する | 死後の凝血は弾力があり光沢をもつ。生前の血栓は血管壁に付着し脆い |
| 自己融解 | 自身の酵素により組織が分解される | 膵臓と消化管粘膜で速く進む。生前の潰瘍と紛らわしい |
| 腐敗 | 細菌により分解される | ガスの産生、腐敗臭、緑色調の変化 |
死後変化には生体反応が伴いません。炎症細胞の浸潤、出血に対する反応、血栓の器質化といった現象は、生きている個体でしか起こりえないからです。
したがって「その変化の周囲に生体の反応があるか」を確認すれば、生前の病変か死後の変化かを判断できます。これは死後変化を個別に暗記するより確実な考え方です。
6. 国家試験で狙われるポイントの整理
- 肥大は細胞の大きさ、過形成は細胞の数。
- 心筋と骨格筋は分裂能がないため過形成は起こらない。
- 化生は可逆的、異形成は前がん病変。
- グリコーゲンはPAS陽性でジアスターゼ処理により消失する。
- アミロイドは細胞外に沈着し、偏光下で緑色の複屈折を示す。
- 異栄養性石灰沈着では血中カルシウムは正常。転移性では高値。
- アポトーシスでは細胞膜が保たれるため炎症が起こらない。
- アポトーシスはATPを必要とする能動的な過程。
- 虚血による梗塞は凝固壊死、脳の梗塞は融解壊死。
- 乾酪壊死は結核などの抗酸菌感染。
- グルタチオンペルオキシダーゼはセレンを含む。
- 白筋症はセレンとビタミンEの欠乏による。
- 死後変化には生体反応が伴わない。これが生前病変との区別の決め手。
- 死後凝血は弾力があり、生前の血栓は血管壁に付着し脆い。
7. 確認問題
Q1. 心筋において過形成が起こらない理由を述べよ。
A. 心筋細胞は分裂能をもたないため、細胞数を増やすことができない。したがって負荷に対しては個々の細胞が大きくなる肥大によって適応する。分裂能をもつ肝細胞や上皮細胞では肥大と過形成の両方が起こりうる。
Q2. アポトーシスで炎症が起こらない理由を述べよ。
A. アポトーシスでは細胞が縮小して断片化するが細胞膜は保たれており、細胞内容物が周囲へ流出しないため。免疫系に危険信号が伝わらず、断片はマクロファージにより速やかに貪食される。壊死では細胞膜が破綻して内容物が流出するため炎症が誘発される。
Q3. 異栄養性石灰沈着と転移性石灰沈着の違いを述べよ。
A. 異栄養性石灰沈着では血中カルシウム濃度は正常であり、壊死や変性を起こした組織に沈着する。転移性石灰沈着では血中カルシウム濃度が高値であり、正常な組織に沈着する。腫瘍随伴性高カルシウム血症や上皮小体機能亢進症、ビタミンD中毒が背景となる。
Q4. 白筋症の発症機序を、フリーラジカルの防御系の観点から述べよ。
A. セレンはグルタチオンペルオキシダーゼの必須成分であり、ビタミンEは細胞膜における脂質の過酸化を防ぐ。両者が欠乏すると酸化ストレスに対する防御系が機能せず、骨格筋や心筋が酸化的傷害を受けて壊死に至る。
Q5. 剖検において生前の病変と死後変化を区別する考え方を述べよ。
A. 死後変化には生体反応が伴わないことを指標とする。炎症細胞の浸潤、出血に対する反応、血栓の器質化などは生きている個体でしか生じないため、変化の周囲にこれらの所見があるかを確認することで判断できる。
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参考文献
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 動物病理学総論 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)