臨床獣医学 > 内科 > 腎泌尿器 > 猫の多発性嚢胞腎
猫の多発性嚢胞腎(PKD)は、腎実質内に多数の嚢胞が形成され、加齢とともに増大して正常な腎組織を圧迫していく遺伝性疾患です。最終的に慢性腎臓病へ進行します。
国家試験で問われるのは遺伝形式と診断法の選択です。PKD1遺伝子の変異による常染色体優性遺伝であること、そして超音波検査は若齢では偽陰性となりうるが、遺伝子検査は月齢を問わず実施できるという違いが要点になります。根治療法がない以上、この疾患への対策は繁殖管理に尽きます。
「猫の多発性嚢胞腎(PKD)」は第73〜77回の試験問題を分析したところ、2問出題されています。
第77回 実地D:生後9か月齢頃から貧血や高窒素血症などが悪化し、死亡した6歳齢の猫の症例。剖検写真(多数の嚢胞が認められる腎臓の画像)から、最も疑われる疾患として「多発性嚢胞腎」を選択させる問題。
第77回 実地D:上記症例に関連し、本疾患の特徴を問う問題。正解として「PKD1遺伝子の変異が認められる」という知識が問われています。
猫の多発性嚢胞腎は腎泌尿器分野の頻出トピックとして挙げられています。試験対策としては以下の3点をセットで整理しておくことが重要です。
原因:PKD1遺伝子の変異による遺伝性疾患であること。
病態:腎臓(および、ときに肝臓)に多数の嚢胞が形成され、徐々に機能が低下して慢性腎不全に陥ること。
画像・肉眼所見:超音波検査や剖検において、腎実質に無数のエコーフリー(または透過性)の嚢胞が認められる特徴的な像。
なお、第74回実地Dでは「犬の腎細胞癌」の症例が出題されており、選択肢に「多発性嚢胞腎」が含まれていますが、猫の疾患として深く問われているのは上記の2問となります。
- PKD1遺伝子の変異による常染色体優性遺伝であること
- ホモ接合体は胎生致死で、罹患猫はすべてヘテロ接合体であること
- 罹患猫と正常猫の交配で子の50%が罹患すること
- 超音波検査は若齢では偽陰性となりうること
- 遺伝子検査は月齢を問わず実施できること
- 常染色体優性のため「発症しない保因者」は存在しないこと
1. 原因と遺伝形式
原因はPKD1遺伝子の変異です。この遺伝子がコードするポリシスチン-1は、尿細管上皮細胞の一次線毛に局在し、細胞の増殖と管腔形成を制御しています。変異によりこの制御が失われると、尿細管上皮が異常に増殖して液体を分泌し、嚢胞が形成されます。
常染色体優性遺伝です。したがって変異遺伝子を1つもつヘテロ接合体で発症します。
さらに重要なのが、ホモ接合体は胎生致死であるという点です。変異を2つもつ個体は生まれてこないため、生存している罹患猫はすべてヘテロ接合体ということになります。
| 罹患猫(Pp)× 正常猫(pp) | P(変異) | p(正常) |
|---|---|---|
| p(正常) | Pp:罹患 | pp:正常 |
| p(正常) | Pp:罹患 | pp:正常 |
この組み合わせでは子の50%が罹患します。なお罹患猫どうしを交配すると、理論上4分の1がホモ接合体(PP)となりますが、これらは胎生致死となるため出生する子の比率は罹患2:正常1となります。
常染色体優性遺伝であるため、「変異をもつが発症しない保因者」は存在しません。劣性遺伝病におけるキャリアの概念をそのまま当てはめると誤ります。遺伝子検査で変異陽性であれば、その個体は罹患個体です。
2. 好発品種
ペルシャが代表的で、ヒマラヤン、エキゾチックショートヘアなど、ペルシャ系との交配歴をもつ品種で多く報告されています。スコティッシュフォールド、ブリティッシュショートヘア、アメリカンショートヘアでの報告もあり、一部の雑種でも確認されています。
3. 病態と経過
嚢胞は出生時からすでに存在していますが、当初はごく小さく無症状です。加齢とともに数と大きさが増していき、正常な腎実質を圧迫・置換していきます。
そのため若齢期は無症状で、中年齢になって慢性腎臓病の症状として顕在化するという経過をたどります。進行の速さには個体差が大きく、生涯にわたって腎機能が保たれる個体もあれば、比較的早期に腎不全へ至る個体もあります。肝嚢胞や膵嚢胞を合併することもあります。
4. 臨床症状
- 若齢期は無症状
- 進行すると慢性腎臓病の症状:多飲多尿、体重減少、食欲不振、嘔吐、削痩、非再生性貧血
- 腹部触診で腫大した不整な腎臓を触知することがある
- 高血圧、まれに嚢胞感染や嚢胞内出血
5. 診断
5-1. 超音波検査
腎実質内に球形の嚢胞が多発している像を確認します。嚢胞は液体で満たされているため無エコー(超音波像では黒く抜けて見える)として描出され、後方エコー増強を伴います。
図:正常腎と多発性嚢胞腎の超音波像の模式図。正常では皮質・髄質・腎盂の層構造が保たれるのに対し、多発性嚢胞腎では腎実質内に大小さまざまな球形の嚢胞が多発し、正常構造が置換されていく。
嚢胞は出生時から存在しますが、若齢では小さすぎて検出できず、偽陰性となることがあります。超音波による確実なスクリーニングにはおおむね生後10か月から1歳以降での実施が推奨されます。
結果は検者の技量と機器の解像度にも左右されるため、「若い猫で超音波が陰性だったから正常」とは判断できません。
5-2. 遺伝子検査
口腔スワブや血液を用いたPCRによりPKD1変異を直接検出します。月齢に関係なく実施でき、無症状の若齢個体でも確実に判定できる点が超音波検査との決定的な違いです。
繁殖に用いる個体のスクリーニングには、遺伝子検査が第一選択となります。
5-3. 鑑別診断
| 疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 腎周囲偽嚢胞 | 高齢猫にみられる。液体貯留が腎被膜下にあり、腎実質内ではない。多くは単発性 |
| 水腎症 | 拡張しているのは腎盂であり、多発する嚢胞とは形態が異なる。尿路閉塞の検索が必要 |
| 単発性の腎嚢胞 | 非遺伝性で、数が少なく進行しない。臨床的に問題とならないことが多い |
| 腎リンパ腫 | 実質の腫大とエコー輝度の変化。嚢胞ではなく充実性の病変 |
とくに腎周囲偽嚢胞との鑑別は重要です。液体が腎実質の「内」にあるのか「外(被膜下)」にあるのかを見極めてください。
6. 治療
嚢胞そのものに対する根治療法はありません。治療は慢性腎臓病に準じた管理となります。
- リン制限を中心とした腎臓病用療法食、必要に応じてリン吸着剤
- 高血圧に対する降圧治療
※PKDでは細胞内Ca²⁺低下とcAMP活性化が病態進行に関与するため、Ca拮抗薬の使用は理論上病態を悪化させる可能性が指摘されている。そのため、PKD猫の降圧治療ではRAAS阻害薬(ACE阻害薬・ARB)が一般的に推奨される。 - 脱水の管理(皮下輸液など)、低カリウム血症の補正
- 貧血、代謝性アシドーシス、食欲不振への対応
大きな嚢胞を穿刺して排液しても再貯留するため、感染例を除いて推奨されません。
7. 繁殖管理
根治療法がない以上、変異をもつ個体を繁殖に用いないことがもっとも有効な対策です。常染色体優性遺伝であるため、片親が罹患していればその子の半数に伝わります。
ペルシャ系品種の繁殖においては、遺伝子検査による事前スクリーニングが標準的な手順となっています。
8. 国家試験で狙われるポイントの整理
- PKD1遺伝子の変異による疾患で、蛋白はポリシスチン-1。
- 常染色体優性遺伝。劣性ではない。
- ホモ接合体は胎生致死。罹患猫はすべてヘテロ接合体。
- 罹患猫×正常猫で子の50%が罹患。
- 「発症しない保因者」は存在しない。変異陽性=罹患個体。
- 好発はペルシャ・ヒマラヤンなどペルシャ系品種。
- 嚢胞は出生時から存在するが、症状は中年齢で顕在化する。
- 超音波は若齢では偽陰性となりうるため、10か月〜1歳以降での実施が推奨される。
- 遺伝子検査は月齢を問わず実施できる。
- 嚢胞は超音波で無エコーとして描出される。
- 腎周囲偽嚢胞は腎被膜下であり、腎実質内の嚢胞とは区別する。
- 根治療法はなく、CKDに準じた管理を行う。
9. 確認問題
Q1. 猫の多発性嚢胞腎の遺伝形式を述べ、生存する罹患猫がすべてヘテロ接合体である理由を説明せよ。
A. PKD1遺伝子変異による常染色体優性遺伝である。変異を2つもつホモ接合体は胎生致死となり出生しないため、生存している罹患猫はすべてヘテロ接合体である。
Q2. 罹患猫と正常猫を交配した場合、子が罹患する確率を理由とともに述べよ。
A. 50%。罹患猫はヘテロ接合体であり変異遺伝子を2分の1の確率で伝える。常染色体優性遺伝であるため、変異遺伝子を1つ受け取った個体はすべて罹患する。
Q3. 生後4か月のペルシャで超音波検査を行い嚢胞が認められなかった。多発性嚢胞腎を否定してよいか。
A. 否定できない。嚢胞は出生時から存在するが若齢では小さく、超音波では検出できずに偽陰性となることがある。確実な判定には生後10か月から1歳以降での再検査、あるいは月齢を問わず実施できる遺伝子検査が必要である。
Q4. 高齢猫の超音波検査で腎の周囲に大きな液体貯留を認めた。多発性嚢胞腎との鑑別点を述べよ。
A. 腎周囲偽嚢胞では液体が腎被膜下に貯留しており、腎実質内ではない。また多くは単発性である。多発性嚢胞腎では腎実質内に大小の球形嚢胞が多発する点で区別できる。
Q5. 多発性嚢胞腎に対して最も有効な対策は何か。理由とともに述べよ。
A. 遺伝子検査によるスクリーニングを行い、変異をもつ個体を繁殖に用いないこと。嚢胞に対する根治療法が存在せず、常染色体優性遺伝であるため片親が罹患していれば子の半数に伝わるためである。
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- 解説記事:慢性腎臓病(CKD) — 本症が最終的に進行する病態です。管理方法もこれに準じます。
- 解説ブック:犬と猫の腎臓 — 尿生成編 — 腎の構造と尿細管の機能を確認できます。
- 解説ブック:犬と猫の尿検査
- ジグソーパズルクイズ:ネフロンにおける尿生成の流れ
- 臨床獣医学 > 内科
参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)