犬の僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)|【獣医師国家試験対策】

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犬の僧帽弁閉鎖不全症(粘液腫様僧帽弁疾患、MMVD)は、犬でもっとも多い心疾患であり、循環器分野で実地試験の出題がもっとも多いテーマです。国家試験で問われるのは疾患名ではなく、「弁から逆流した血液が、どの順番で何を起こすか」という一本の流れです。

逆流が起こると、収縮期雑音 → 左心房の拡大 → 心原性肺水腫という順に所見が現れ、それを食い止めようとする代償機構が、かえって病態を進めます。この流れが頭に入っていれば、聴診・X線・心エコー・心電図のどこから問われても、そして治療薬の作用点を問われても答えを導けます。本記事はこの流れを中心に構成しました。

過去問分析

過去の出題では、次の形式が繰り返し問われています。

  • 画像読影:胸部X線像から左心房の拡大と心原性肺水腫を読み取らせる症例問題
  • 聴診と心電図:収縮期雑音が心電図上のどの時相(QRS群の直後〜T波の終わり)にあたるかを問う問題
  • 薬理:ループ利尿薬(フロセミド)、強心薬(ピモベンダン)、ACE阻害薬の作用と、病態との対応を問う問題
この記事で押さえること
  • 粘液腫様変性で弁が閉じなくなる仕組みと、腱索断裂による急な悪化
  • 逆流が左心房の拡大 → 肺静脈のうっ血 → 心原性肺水腫へ進む順番
  • 前方拍出量を守るはずの交感神経とRAASが、逆流を悪化させる悪循環
  • 収縮期雑音の最強点と時相、そして雑音の強さの分類
  • X線・心エコーで左心房の拡大を数値で評価する方法(VHS、LA/Ao)
  • ACVIMステージ分類と、治療薬が病態のどこに作用するか

1. MMVDとは — 好発と弁の病理

1-1. 好発

中高齢の小型犬に多く、年齢とともに有病率が上がります。チワワ、マルチーズ、ポメラニアン、トイ・プードル、シー・ズーなどでよくみられ、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルでは若い年齢から発症することが知られています。雄にやや多い傾向があります。

1-2. 弁に何が起きているか

僧帽弁の弁尖に粘液腫様変性が起こります。弁の中層(海綿層)にグリコサミノグリカンが蓄積してコラーゲン線維が乱れ、弁尖は厚く、結節状になります。弁を支える腱索も伸びたり切れたりするため、弁尖が左心房側へ反り返り(逸脱)、収縮期に弁がぴったり閉じなくなります。同じ変性は三尖弁にも起こることがあります。

「炎症」ではなく「変性」

MMVDは弁の変性性疾患であり、細菌感染による感染性心内膜炎とは別の病気です。感染性心内膜炎は大型犬の大動脈弁・僧帽弁に多く、発熱などの全身症状を伴います。病理組織の問題では、この区別がそのまま問われます。

2. 病態生理 — 逆流から心不全まで

MMVDの病態は、次の順番で進みます。

  1. 逆流:収縮期に、左心室の血液の一部が大動脈ではなく左心房へ戻る
  2. 左心房の拡大:左心房は、肺静脈から戻る血液に逆流分が上乗せされ、容量負荷で拡大する
  3. 左心室の拡大:逆流分を含めた多くの血液が拡張期に左心室へ流れ込み、左心室も容量負荷で拡大する(遠心性肥大)
  4. 肺静脈のうっ血と肺水腫:左心房の圧が上がり、その圧が肺静脈から肺毛細血管へ伝わると、血管から水分が漏れ出して心原性肺水腫になる。これが左心不全の状態

2-1. 代償機構の悪循環

逆流によって大動脈へ送り出される血液(前方拍出量)が減ると、体は血圧と血流を保とうとして交感神経とレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)を働かせます。

  • 短期的には有利:心拍数と収縮力が上がり、血管が収縮して血圧が保たれる
  • 長期的には不利:アルドステロンによるNaと水の貯留で循環血液量が増え、前負荷がさらに上がる。左心室と僧帽弁輪が広がることで逆流量が増え、左心房の圧も上がる

こうして「前方拍出量の低下 → 代償機構 → 前負荷の増加 → 逆流の悪化」という悪循環が回ります。第6章の治療薬は、この悪循環のどこかを断ち切るものとして理解できます。

2-2. 合併症

  • 腱索の断裂:逆流量が急に増え、急性の肺水腫を起こす
  • 左心房の破裂:拡大した左心房の壁が裂けて心膜腔に出血し、心タンポナーデを起こす
  • 肺高血圧症:左心房の圧上昇が肺の血管に及び、右心系に負担がかかる。失神や右心不全(腹水)の原因になる
  • 心房性の不整脈:拡大した左心房から心房期外収縮や心房細動が起こりやすくなる

3. 僧帽弁閉鎖不全症の臨床症状と身体検査

3-1. 症状

長いあいだ心雑音だけで無症状の時期が続きます。病態が進むと、運動を嫌がる、咳をする、安静時や睡眠中の呼吸数が増える、呼吸が苦しそうになるといった症状が現れ、失神を起こすこともあります。右心不全を併発すると腹水がたまります。

「咳=心不全」とは限らない

MMVDの好発犬種である小型犬は、気管虚脱や慢性気管支炎も起こしやすい犬種です。咳は肺水腫のほか、拡大した左心房が左主気管支を圧迫して起こることもあります。症例問題では、呼吸数の増加やX線所見と組み合わせて、咳の原因を見分けさせる形で問われます。

3-2. 聴診 — 収縮期雑音

MMVDの心雑音は、左側の心尖部で最もよく聴こえる収縮期雑音です。逆流は収縮期のあいだずっと続くため、雑音はI音からII音まで、つまり心電図ではQRS群の直後からT波の終わり頃までにあたります(図1)。

心電図 P QRS T 心音 I音 II音 収縮期雑音 収縮期 拡張期

図1 収縮期雑音の時相。I音(房室弁の閉鎖、QRS群の直後)からII音(動脈弁の閉鎖、T波の終わり頃)まで、収縮期全体にわたって聴こえる。

雑音の強さはLevine(レバイン)分類で6段階に表します。

  • I度:注意深く聴いてようやくわかる、ごく弱い雑音
  • II度:弱いが、聴診器を当てるとすぐにわかる雑音
  • III度:中等度の雑音
  • IV度:強い雑音だが、振戦(スリル)は触れない
  • V度:強い雑音で、胸壁に振戦を触れる
  • VI度:聴診器を胸壁から離しても聴こえる雑音

MMVDでは雑音の強さが病期とある程度対応しますが、重度の逆流でも雑音が弱くなる場合があり、雑音だけで重症度は決められません。

4. 検査所見 — 左心房の拡大をどう捉えるか

4-1. 胸部X線

  • 心拡大の評価(VHS):側面像で心臓の長軸と短軸の長さを測り、それぞれを第4胸椎から後ろへ数えた椎体の数に置き換えて合計した値。多くの犬で10前後が基準とされ、犬種差がある
  • 左心房の拡大:側面像では心陰影の後背側が膨らみ、気管が背側へ持ち上げられ、左主気管支が圧迫される。背腹像では左心耳が突出する
  • 肺静脈の拡張:左心房の圧上昇を反映して、肺静脈が同じ高さの肺動脈より太くなる
  • 心原性肺水腫:犬では肺門部から後背側に広がる間質・肺胞パターン。左心不全を示す所見

4-2. 心エコー

  • 弁の形態:僧帽弁尖の肥厚と、左心房側への逸脱。腱索断裂では弁尖が大きく反り返る
  • 逆流の確認:カラードプラで、収縮期に左心房へ向かう逆流ジェットがみられる
  • 左心房の拡大(LA/Ao):心基底部の短軸像で、左心房の径を大動脈の径で割った比。1.6以上で左心房の拡大と判断する
  • 左心室の拡大:拡張末期の左室内径を体重で補正した値(LVIDDN)などで評価する

4-3. 心電図

多くの症例では正常か、わずかな変化にとどまります。左心房が拡大するとP波の幅が広がる(僧帽性P波)ことがあり、進行すると心房期外収縮や心房細動がみられるようになります。心電図は心拡大の有無を判断する検査ではなく、不整脈を見つける検査と位置づけてください。

4-4. 血中NT-proBNP

心筋が引き伸ばされると分泌されるナトリウム利尿ペプチドの前駆体の断片です。心拡大が進むほど高くなり、呼吸器症状の原因が心臓か呼吸器かを見分ける補助として用いられます。

5. ACVIMステージ分類

MMVDの病期は、米国獣医内科学会(ACVIM)の分類で整理されます。

  • ステージA:心疾患を発症するリスクの高い犬(キャバリアなどの好発犬種)で、現時点では心雑音も構造の異常もない
  • ステージB1:心雑音はあるが、心拡大の基準を満たさない。心不全の症状もない
  • ステージB2:心不全の症状はないが、心拡大の基準を満たす(目安は、LA/Ao 1.6以上、LVIDDN 1.7以上、VHS 10.5超)
  • ステージC:うっ血性心不全の症状がある、または過去にあった
  • ステージD:標準的な内科的管理に反応しにくい、難治性の心不全
B1とB2の境目がポイント

ステージBは「症状のない時期」で、その中を心拡大の有無で2つに分けます。無症状でも左心房・左心室が拡大していれば、肺水腫へ向かう病態がすでに進んでいるという考え方です。症例問題では、LA/AoやVHSの数値からステージを判定させる形で問われます。

6. 治療薬の作用機序 — 病態のどこに効くのか

治療薬は、第2章の流れのどこに作用するかで整理すると覚えやすくなります。本記事では作用機序までを扱い、用量や使い分けは扱いません。

  • 肺水腫(うっ血)に対して:ループ利尿薬(フロセミド、トラセミド) ヘンレのループの太い上行脚でNa⁺-K⁺-2Cl⁻共輸送体を阻害し、Naと水を排泄させて循環血液量を減らす。前負荷が下がり、肺静脈のうっ血がとれる。低カリウム血症、脱水、腎前性の高窒素血症は、この機序の裏返しとして起こる
  • 前方拍出量の低下に対して:ピモベンダン ホスホジエステラーゼ3(PDE3)を阻害してcAMPを増やし、心筋の収縮力を高めると同時に血管を広げて後負荷を下げる。さらに心筋のカルシウム感受性を高めることで、酸素消費を大きく増やさずに収縮力を高める(カルシウムセンシタイザー)
  • 代償機構の悪循環に対して:ACE阻害薬(エナラプリル、ベナゼプリル) アンジオテンシンIからIIへの変換を阻害し、血管収縮と、アルドステロンによるNa・水の貯留を抑える
  • 代償機構の悪循環に対して:スピロノラクトン アルドステロン受容体を遮断してNaと水の貯留を抑える。Kを保持する方向に働くため、ループ利尿薬とは電解質への影響が逆になる

薬の作用機序は、循環器疾患の分野別まとめの第4章でも、ほかの循環器薬とあわせて整理しています。

7. 僧帽弁閉鎖不全症で国家試験に狙われるポイント

  • 好発:中高齢の小型犬。キャバリアは若齢から
  • 病理:弁の粘液腫様変性(感染性心内膜炎とは別)、腱索の伸長・断裂
  • 聴診:左側心尖部で最強の収縮期雑音。QRS群の直後からT波の終わり頃まで
  • X線:左心房の拡大(気管の背側挙上)、肺静脈の拡張、肺門部〜後背側の心原性肺水腫
  • 心エコー:弁の肥厚・逸脱、逆流ジェット、LA/Ao 1.6以上で左心房の拡大
  • 病期:ACVIMステージ。B1とB2は心拡大の有無、Cはうっ血性心不全の症状
  • 合併症:腱索断裂、左心房破裂による心タンポナーデ、肺高血圧症、心房細動
  • 薬理:利尿薬は前負荷、ピモベンダンは収縮力と後負荷、ACE阻害薬とスピロノラクトンはRAAS

8. 僧帽弁閉鎖不全症の確認問題

Q1. MMVDの犬で聴取される心雑音について、最強点と時相を心電図との対応を含めて述べよ。

A. 左側心尖部で最強の収縮期雑音である。逆流は収縮期のあいだ続くため、雑音はI音からII音まで、心電図ではQRS群の直後からT波の終わり頃まで聴こえる。

Q2. MMVDで心原性肺水腫が起こる仕組みを、左心房の役割から説明せよ。

A. 逆流した血液が左心房に上乗せされ、左心房は拡大して圧が上がる。その圧が肺静脈から肺毛細血管へ伝わり、血管から間質・肺胞へ水分が漏れ出すことで心原性肺水腫(左心不全)となる。

Q3. 前方拍出量の低下に対する代償機構が、かえって逆流を悪化させる仕組みを述べよ。

A. 前方拍出量が減ると交感神経とRAASが活性化する。アルドステロンによるNaと水の貯留で循環血液量が増えて前負荷が上がり、左心室と僧帽弁輪が拡大するため逆流量が増える。これにより左心房圧もさらに上がるという悪循環になる。

Q4. ACVIMステージ分類で、ステージB1とB2を分ける基準は何か。

A. 心拡大の有無である。どちらも心不全の症状はないが、B2はLA/Ao 1.6以上、LVIDDN 1.7以上、VHS 10.5超などの心拡大の基準を満たし、B1は満たさない。

Q5. ピモベンダンの2つの作用機序と、それがMMVDの病態のどこに効くかを述べよ。

A. ひとつはPDE3阻害によるcAMPの増加で、心筋の収縮力を高めると同時に血管を広げて後負荷を下げる。もうひとつは心筋のカルシウム感受性の増強で、酸素消費を大きく増やさずに収縮力を高める。いずれも逆流によって低下した前方拍出量を補う方向に働く。

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詳細な解説

参考文献

  • 新獣医内科学 文永堂出版
  • 犬と猫の治療ガイド インターズー
  • CAP 緑書房
  • SA Medicine インターズー
  • 新編 家畜薬理学 養賢堂
  • 動物病理学各論 文永堂出版
  • 農林水産省 獣医師国家試験(公式)

執筆・編集:Vet Study Library 編集部
監修:獣医師(農林水産省 獣医師名簿第44733号登録)/小動物臨床、環境衛生監視員としての実務経験、獣医療系出版社での獣医学情報誌・獣医学書籍の編集経験、医療系情報サイトでの執筆経験
公開日:2026年9月24日/最終更新日:2026年9月24日
本記事は獣医学生および獣医療従事者の学習支援を目的とした教育用コンテンツです。実際の診療上の判断は担当獣医師の責任において行ってください。