臨床獣医学 > 内科 > 循環器 > 猫の肥大型心筋症と大動脈血栓塞栓症
猫の肥大型心筋症(HCM)は、猫でもっとも多い心疾患です。国家試験では、HCMそのものに加えて、その合併症である大動脈血栓塞栓症(ATE)がセットで問われます。「突然、後肢が動かなくなった猫」の症例問題は、この2つをつなげて考えられるかどうかを試しています。
鍵は、肥大して硬くなった左心室が、左心房に負担を押しつけるという一点です。拡大した左心房で血液がよどむと、左心不全(肺水腫・胸水)と血栓という2つの結末に分かれます。本記事はこの分かれ道を中心に構成しました。
過去の出題では、次の形式が繰り返し問われています。
- 病理:心筋線維の肥大と錯綜配列、左心房の顕著な拡張
- 聴診:過剰心音(III音・IV音)によるギャロップリズム
- ATEの症例問題:突然の後肢麻痺、麻痺肢の冷感、爪床の蒼白化、心エコー像からの診断、抗血栓薬(ヘパリン、クロピドグレル)の作用
- HCMの本質は収縮障害ではなく拡張障害であること
- 甲状腺機能亢進症や高血圧による二次性の左室肥大を除外してはじめてHCMと診断できること
- 拡張障害が左心房の拡大 → 左心不全と血栓の2つに分かれる流れ
- 猫の左心不全では肺水腫だけでなく胸水がたまること
- ATEで後肢が麻痺する仕組みと、麻痺肢にみられる所見
- 抗血栓薬が血小板と凝固因子のどちらに作用するか
1. HCMとは — 好発と心筋の病理
1-1. 好発
中高齢の猫に多く、雄にやや多い傾向があります。メイン・クーンやラグドールでは遺伝子変異との関連が知られていますが、実際の症例の多くは雑種の猫です。
1-2. 心筋に何が起きているか
左心室の壁(心室中隔と自由壁)が内側へ向かって厚くなる求心性肥大が起こり、内腔はむしろ狭くなります。組織では、心筋細胞の肥大に加えて、心筋線維が規則正しく並ばずに入り乱れる錯綜配列と、間質の線維化がみられます。
左室壁の肥厚は、甲状腺機能亢進症、全身性高血圧、先端巨大症などでも二次的に起こります。これらを除外して、はじめてHCMと診断されます。心エコーで壁が厚い高齢の猫をみたら、血中サイロキシン(T4)の測定と血圧測定が先に来ると覚えてください。甲状腺機能亢進症による心筋の変化は猫の甲状腺機能亢進症の解説で扱っています。
2. 病態生理 — 硬い左心室が左心房を追いつめる
HCMの左心室は、よく縮む一方で十分に広がれない状態です。拡張期に血液を受け入れにくいため、左心室の拡張期の圧が上がり、その圧が左心房へ押し戻されます。こうして左心房が拡大し、ここから病態は2つの方向に分かれます(図1)。
図1 HCMの病態の分かれ道。拡張障害で拡大した左心房から、左心不全(肺水腫・胸水)と、血栓による大動脈血栓塞栓症の2つの結末に分かれる。
2-1. 左心不全 — 猫では胸水もたまる
左心房の圧が肺静脈へ伝わると、心原性肺水腫が起こります。猫では肺水腫に加えて胸水がたまりやすいのが特徴で、犬の左心不全との違いとして問われます。
2-2. 左室流出路の閉塞
厚くなった心室中隔が張り出し、収縮期に僧帽弁の前尖が中隔側へ引き寄せられる(僧帽弁の収縮期前方運動、SAM)と、左心室から大動脈への出口が狭くなります。この左室流出路の閉塞は心雑音の原因になり、心拍数や興奮の程度で強さが変わります。
2-3. 血栓ができる3条件
拡大した左心房では、次の3つがそろいやすくなります。血栓ができる条件は止血凝固系の超簡単まとめとあわせて確認してください。
- 血流のうっ滞:左心房が拡大して動きが悪くなり、血液がよどむ。心エコーではもやもやしたエコー(煙状エコー)として見える
- 血管内皮の障害:拡大した心房の内面が傷つく
- 凝固の亢進:血小板が活性化しやすい状態になる
3. 猫の肥大型心筋症の臨床症状と身体検査
3-1. 症状
多くの猫は症状のないまま経過し、健康診断の心雑音や、突然の呼吸困難・ATE・突然死で初めて気づかれます。心不全になると、呼吸が速く浅くなる、口を開けて呼吸するといった症状が現れます。
犬の左心不全では咳がよくみられますが、猫は心不全でもほとんど咳をしません。咳を主訴とする猫では、心疾患より気管支の疾患(猫喘息など)を先に考えます。症例問題では、犬と猫のこの違いが選択肢の分かれ目になります。
3-2. 聴診
- 心雑音:胸骨の近くで聴こえる収縮期雑音。左室流出路の閉塞によるものが多く、興奮で強くなったり、安静で弱くなったりする
- ギャロップリズム:硬い心室に血液が流れ込むときの過剰心音(III音・IV音)が加わり、3拍子に聴こえる。健康な猫では聴こえないため、心筋症を強く疑う所見になる
- 不整脈:期外収縮や、進行例では心房細動
ただし、雑音がまったくないHCMの猫もいます。雑音がないことは、HCMを否定する根拠にならない点に注意してください。
4. 検査所見
4-1. 胸部X線
- 心陰影:両心房が拡大すると、背腹像で心陰影の頭側が左右に張り出し、ハート形(バレンタインハート)に見えることがある。ただし、X線で心陰影が正常でもHCMは否定できない
- 肺水腫:犬のように肺門部に集まらず、まだらに、または肺全体に広がることが多い
- 胸水:心陰影の輪郭がぼやけ、肺葉が胸壁から離れて見える
4-2. 心エコー — 診断の中心
- 左室壁の肥厚:拡張末期の心室中隔または左室自由壁の厚さがおおむね6mm以上で肥大と判断する
- 左心房の拡大:拡大の程度は、心不全と血栓のリスクの指標になる
- SAMと左室流出路の閉塞:ドプラで流出路の血流速度が上がっているのが確認できる
- 煙状エコーと血栓:左心房や左心耳の中に、もやもやしたエコーや血栓そのものが見える。ATEの危険が高い所見
4-3. そのほかの検査
- 心電図:正常なことも多い。期外収縮、左軸偏位、進行すると心房細動がみられる
- 血中NT-proBNP:心筋の伸展で上昇する。症状のない猫の心疾患のスクリーニングや、呼吸困難の原因が心臓かどうかを見分ける補助になる
- 二次性肥大の除外:血中T4(甲状腺機能亢進症)と血圧(全身性高血圧)の測定
5. 大動脈血栓塞栓症(ATE)
5-1. 詰まる場所と症状
左心房でできた血栓がはがれて大動脈に流れ、多くは腹大動脈の分岐部(鞍状血栓)に詰まります。そのため両後肢が突然麻痺するのが典型で、片側の後肢や前肢に起こることもあります。麻痺した肢には、次の所見がそろいます。
- 突然の麻痺と強い痛み:鳴き叫ぶほどの痛みを伴うことが多い
- 股動脈の拍動の消失:大腿部の内側で脈が触れない
- 肉球・爪床の蒼白やチアノーゼ:爪を切っても出血しにくい
- 麻痺肢の冷感:正常な肢と比べて明らかに冷たい
- 筋の硬直:虚血によって、下腿の筋などが硬くなる
5-2. なぜ麻痺が起こるのか
大動脈が詰まっても、本来は側副循環が血流を補います。ATEでは、血栓の中の活性化した血小板からセロトニンやトロンボキサンA₂などの血管を収縮させる物質が放出され、側副循環まで収縮してしまいます。こうして後肢の筋と神経が強い虚血に陥り、麻痺が起こります。
5-3. 検査所見
- 筋の壊死を示す酵素の上昇:CK(クレアチンキナーゼ)やASTが上昇する
- 麻痺肢と正常肢の血液の違い:麻痺肢から採った血液は、正常な肢に比べて血糖値が低く、乳酸値が高い
- 血流が戻るときの危険:血流が再開すると、壊死した筋からカリウムが一気に流れ出し、高カリウム血症で不整脈や心停止を起こすことがある(再灌流障害)
6. 病期分類と治療薬の作用機序
6-1. ACVIMの病期分類(猫の心筋症)
- ステージA:心筋症を発症しやすい素因をもつが、現時点では心筋症の所見がない
- ステージB1:心筋症の所見はあるが、左心房の拡大が軽度で、心不全や血栓のリスクが低い
- ステージB2:症状はないが、左心房の拡大が中等度以上で、心不全や血栓のリスクが高い
- ステージC:心不全またはATEを起こしている、または過去に起こした
- ステージD:標準的な内科的管理に反応しにくい心不全
犬のMMVDと同じ枠組みですが、ステージCにATEが含まれる点が猫の特徴です。
6-2. 治療薬の作用機序
本記事では作用機序までを扱い、用量や使い分けは扱いません。
- ループ利尿薬(フロセミド):ヘンレのループの太い上行脚でNa⁺-K⁺-2Cl⁻共輸送体を阻害し、循環血液量を減らして左心房の圧を下げる。肺水腫や胸水をもたらすうっ血に作用する
- 抗血小板薬(クロピドグレル):血小板のADP受容体(P2Y12)を遮断し、血小板の凝集を抑える。血小板に作用する
- 抗凝固薬(ヘパリン):アンチトロンビンの働きを強めて、トロンビンや活性化第X因子を阻害する。凝固因子に作用する
- β遮断薬(アテノロール):心拍数を下げて拡張期を長くし、硬い心室に血液が流れ込む時間を延ばす。心筋の収縮力も下げるため、左室流出路の閉塞を和らげる方向に働く
循環器薬の作用機序は、循環器疾患の分野別まとめの第4章でもまとめています。
7. 猫の肥大型心筋症で国家試験に狙われるポイント
- 病理:左室の求心性肥大、心筋線維の錯綜配列、間質の線維化
- 診断の前提:甲状腺機能亢進症・全身性高血圧による二次性肥大の除外
- 病態:収縮障害ではなく拡張障害。左心房の拡大が、心不全と血栓の出発点
- 聴診:ギャロップリズム(健康な猫では聴こえない)、変動する収縮期雑音。雑音がなくても否定できない
- 心不全:猫は咳をしにくい。肺水腫に加えて胸水がたまる
- 心エコー:左室壁 おおむね6mm以上、左心房の拡大、SAM、煙状エコー
- ATE:大動脈分岐部の鞍状血栓。突然の後肢麻痺、股動脈拍動の消失、肉球・爪床の蒼白、冷感
- ATEの検査:CK上昇、麻痺肢の血糖低下と乳酸上昇、再灌流時の高カリウム血症
- 薬理:クロピドグレルは血小板(P2Y12)、ヘパリンは凝固因子(アンチトロンビン経由)
8. 猫の肥大型心筋症の確認問題
Q1. 猫のHCMの本質的な機能障害は何か。それが左心房の拡大につながる仕組みを述べよ。
A. 拡張障害である。肥大して硬くなった左心室は拡張期に血液を受け入れにくく、左心室の拡張期の圧が上がる。その圧が左心房に伝わり、左心房は圧と容量の負荷を受けて拡大する。
Q2. 心エコーで左室壁の肥厚を認めた高齢の猫で、HCMと診断する前に確認すべき検査を2つ挙げ、その理由を述べよ。
A. 血中T4の測定と血圧測定。甲状腺機能亢進症と全身性高血圧は、いずれも二次的に左室壁を肥厚させるため、これらを除外してはじめてHCMと診断できる。
Q3. 突然の両後肢麻痺を示した猫で予想される身体検査所見を3つ以上挙げよ。
A. 股動脈の拍動の消失、肉球や爪床の蒼白・チアノーゼ、麻痺肢の冷感、強い痛み、下腿の筋の硬直。大動脈分岐部に詰まった鞍状血栓による大動脈血栓塞栓症を考える。
Q4. 大動脈が詰まっても本来は側副循環が働くのに、ATEで強い虚血と麻痺が起こるのはなぜか。
A. 血栓内の活性化した血小板からセロトニンやトロンボキサンA₂などの血管収縮物質が放出され、側副循環まで収縮するため、後肢の筋と神経が強い虚血に陥る。
Q5. クロピドグレルとヘパリンの作用点の違いを述べよ。
A. クロピドグレルは血小板のADP受容体(P2Y12)を遮断して血小板の凝集を抑える抗血小板薬である。ヘパリンはアンチトロンビンの働きを強めてトロンビンや活性化第X因子を阻害する抗凝固薬であり、凝固因子に作用する。
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参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- CAP 緑書房
- SA Medicine インターズー
- 新編 家畜薬理学 養賢堂
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)