腫瘍の細胞は「どんどん増える」のが得意技。抗腫瘍薬は、その増えるしくみのどこかにブレーキをかける薬にゃん!
抗腫瘍薬(抗がん剤)には、たくさんの名前がありますが、狙っている場所は数か所しかありません。このページでは、細胞が増えるしくみを「設計図をコピーして、2つに分かれる」というたとえで説明し、それぞれの薬がどこに、どうやって効くのかを、図でひとつずつ見ていきます。
1細胞はどうやって増えるの?
細胞が1つから2つに増えるときは、次の順番で進みます。この一回りを細胞周期といいます。
- 準備(G1期):分裂に必要なものをそろえる
- コピー(S期):細胞の設計図(DNA)をまるごと1部コピーする
- 点検(G2期):コピーに間違いがないか確かめる
- 分裂(M期):ロープ(微小管)でコピーした設計図を左右に引っ張り分け、細胞が2つに分かれる
分裂しないで休んでいる時期(G0期)の細胞もあります。
図1 細胞の一生(細胞周期)と、抗腫瘍薬が効く時期。コピーの時期に効く薬、分裂の時期に効く薬、どの時期でも効く薬がある。
腫瘍の細胞も、正常な細胞と同じしくみで増えるにゃ。だから抗腫瘍薬は、「たくさん分裂している細胞」ほど強く効くにゃん。
2薬が効く場所の地図
抗腫瘍薬が狙う場所を、細胞の地図にまとめました。番号ごとに、次の章からくわしく説明します。
図2 細胞の中で抗腫瘍薬が働く場所。設計図そのもの(①②)、コピーの材料(⑤)、分かれるためのロープ(③)、増えなさいという合図のスイッチ(④)、外から取り込む栄養(⑥)を狙う。
3設計図(DNA)を直接ねらう薬
① 設計図にくっついて、コピーできなくする
- アルキル化剤(シクロホスファミドなど):設計図のDNAの2本の鎖にくっついて、鎖どうしをつないでしまう薬。ほどけなくなった設計図はコピーできず、細胞は増えられなくなります
- 白金製剤(シスプラチン、カルボプラチン):金属の白金を含む薬で、同じように設計図にくっついて、コピーを止めます
設計図そのものを傷つけるので、細胞がどの時期にいても効きます。
② 設計図の間に割り込んで、ほどけなくする
- ドキソルビシン:設計図の2本の鎖のすき間に割り込み、さらに、コピーのときに絡まった設計図をほどく道具(トポイソメラーゼ)の働きを止めます。設計図がほどけず、コピーも読み取りもできなくなります
4コピーの材料を断つ薬 — コピーの時期に効く
⑤ 材料づくりの工場を止める
設計図をコピーするには、材料(DNAの部品)が大量に必要です。代謝拮抗薬は、材料によく似た「にせもの」や、材料づくりの道具を止める薬で、コピーの時期(S期)の細胞に効きます。
- メトトレキサート:材料づくりに欠かせないビタミン(葉酸)を使えなくして、材料をつくれなくする
- 5-フルオロウラシル(5-FU):材料の一つ(チミン)をつくる道具を止める
- シタラビン:材料のにせものとして設計図に入り込み、コピーを途中で止める
5分かれるためのロープを止める薬 — 分裂の時期に効く
③ ロープ(微小管)をつくらせない
細胞が2つに分かれるときは、微小管という細いロープを張って、コピーした設計図を左右に引っ張り分けます。
- ビンクリスチン、ビンブラスチン:このロープをつくらせない薬。設計図を引っ張り分けられず、細胞は分裂の途中(M期)で止まってしまいます
神経の細胞も、長い腕の中の物の運搬に同じロープを使っています。そのため、ビンクリスチンは神経の障害(ふらつき、便秘など)を起こすことがあります。
6腫瘍の「弱点」をねらう薬
④ 増えなさいという合図のスイッチを止める
- 分子標的薬(トセラニブなど):細胞の表面には、「増えなさい」という合図を受け取るスイッチ(受容体)があります。犬の肥満細胞腫では、このスイッチの一つ(KIT)が壊れて入りっぱなしになっていることがあります。トセラニブは、このスイッチの働きを止めて、増える合図を断ちます(発がんのしくみの解説)
⑥ 外から取り込む栄養を断つ
- L-アスパラギナーゼ:リンパ腫の細胞は、アスパラギンという栄養(アミノ酸)を自分ではつくれず、血液から取り込んで生きています。この薬は、血液中のアスパラギンを分解して、リンパ腫の細胞だけを飢えさせます。正常な細胞は自分でつくれるので困りません
⑦ ホルモンを使う腫瘍をねらう
- タモキシフェン:乳腺の腫瘍の中には、女性ホルモン(エストロジェン)の刺激で育つものがあります。この薬はホルモンの受け皿(受容体)をふさいで、刺激を届かなくします
- ステロイド(糖質コルチコイド):リンパ球に自ら死ぬように(アポトーシス)はたらきかけるため、リンパ腫の治療で使われます
7副作用はなぜ起こるの?
抗腫瘍薬は「たくさん分裂している細胞」に強く効きます。ところが、体の中には正常なのにたくさん分裂している細胞もあります。副作用の多くは、そうした細胞が巻き込まれて起こります。
- 骨髄(血液をつくる工場):白血球、とくに寿命が短い好中球が減り、感染しやすくなる。多くの薬で、投与からおよそ1週間ほどで最も少なくなる
- 腸の粘膜:表面の細胞が次々に入れ替わっているため、嘔吐や下痢が起こる
- 毛の根もと:脱毛が起こる。犬では、毛が伸び続けるプードルなどで目立つ
薬ごとの注意
- シクロホスファミド:体の中でできた成分が膀胱にたまって粘膜を荒らし、血尿(膀胱炎)を起こすことがある
- シスプラチン:腎臓を傷めることがある。猫では命にかかわる肺水腫を起こすため使えない
- 5-FU:猫では重い神経の症状を起こすため使えない
- ドキソルビシン:使った量が積み重なると心臓の筋肉を傷める
- ビンクリスチン:血管の外に漏れると、皮膚や周りの組織が壊死する
- L-アスパラギナーゼ:体にとっては異物のタンパク質なので、アレルギー反応が起こることがある
8なぜ薬を組み合わせるの?
抗腫瘍薬は、効く場所の違う薬を組み合わせて使うことがよくあります。その理由は次の3つです。
- 効きめを高める:違う場所に同時にブレーキをかけると、より多くの腫瘍細胞を止められる
- 薬が効かない細胞が残りにくい:1つの薬に強い細胞が生き残っても、別の場所をねらう薬で止められる
- 副作用を分散させる:副作用の出方の違う薬を選ぶと、同じ臓器に負担が集中しにくい
9国家試験ではここが問われる
- 薬が細胞周期のどの時期に効くか(コピーの時期の代謝拮抗薬、分裂の時期のビンクリスチン)
- 薬の作用する場所(DNAにくっつく、ロープを止める、スイッチを止めるなど)
- 猫に使えない薬(シスプラチン、5-FU)と、薬ごとの特徴的な副作用
- ホルモンの受容体をふさぐタモキシフェン
腫瘍そのものの成り立ちや性質は、腫瘍学の分野別まとめで扱っています。
10ミニテスト(8問)
0 / 8 問正解選ぶとすぐに正解と解説が出ます。まちがえたところは、上の図に戻って確かめてみてください。
Q1.抗腫瘍薬が「たくさん分裂している細胞」ほど強く効くのはなぜ?
正解:分裂のしくみを止めるから 抗腫瘍薬の多くは、設計図のコピーや、細胞が2つに分かれるしくみにブレーキをかけます。休んでいる細胞には効きにくいのはこのためです。
Q2.設計図(DNA)の2本の鎖にくっついて、コピーできなくする薬はどれ?
正解:シクロホスファミド アルキル化剤や白金製剤は設計図そのものを傷つけるので、細胞がどの時期にいても効きます。
Q3.細胞が2つに分かれるときのロープ(微小管)をつくらせない薬はどれ?
正解:ビンクリスチン ロープがないと設計図を引っ張り分けられず、細胞は分裂の途中で止まります。神経の障害や、血管の外に漏れたときの壊死に注意が必要です。
Q4.コピーの材料づくりを止め、コピーの時期(S期)の細胞に効く薬のグループはどれ?
正解:代謝拮抗薬 材料によく似たにせものや、材料づくりの道具を止める薬で、設計図をコピーしている時期の細胞に効きます。
Q5.L-アスパラギナーゼがリンパ腫の細胞を弱らせるしくみはどれ?
正解:自分でつくれない栄養を分解する 正常な細胞はアスパラギンを自分でつくれるので困りませんが、リンパ腫の細胞は血液から取り込むしかないため、飢えてしまいます。
Q6.犬の肥満細胞腫で、入りっぱなしになった「増えなさい」のスイッチを止める薬はどれ?
正解:トセラニブ 肥満細胞腫では、スイッチの一つ(KIT)が壊れて入りっぱなしになっていることがあり、トセラニブはその働きを止めます。
Q7.猫に使えない抗腫瘍薬の組み合わせはどれ?
正解:シスプラチンと5-FU シスプラチンは猫で命にかかわる肺水腫を、5-FUは猫で重い神経の症状を起こすため、猫には使えません。
Q8.抗腫瘍薬で好中球が減ったり、脱毛が起こったりするのはなぜ?
正解:たくさん分裂している細胞だから 骨髄、腸の粘膜、毛の根もとは、正常でも盛んに分裂しているため、抗腫瘍薬に巻き込まれやすい場所です。
11もっとくわしく知りたいとき
- 分野別まとめ:腫瘍学 — 腫瘍の命名、良性と悪性、転移、抗腫瘍薬の作用機序のまとめ
- 発がんのしくみ — アクセル(がん遺伝子)とブレーキ(がん抑制遺伝子)
- 造血系の腫瘍 — リンパ腫と白血病
- 皮膚の腫瘍 — 肥満細胞腫の性質
- 超簡単まとめ:腫瘍の分類とTNM