臨床獣医学 > 腫瘍
腫瘍学は、その腫瘍が「何から生まれ(由来)」「どんな性質で(良性か悪性か)」「どう広がるか(浸潤と転移)」を読み解く分野です。国家試験では、細胞診や病理組織、X線の画像から腫瘍を当てる問題が実地試験で多く出題され、腫瘍の命名、発がんのしくみ、腫瘍随伴症候群、抗腫瘍薬の作用機序といった基礎も学説試験で問われています。
治療法は日々新しくなりますが、試験で問われる基礎は変わりません。本ページでは、治療のプロトコールには立ち入らず、腫瘍の成り立ちと性質から、所見や症状が生まれる理由を整理し、重要テーマの詳細へ案内します。
腫瘍が設問の主題か正答になった問題は、5回で81問ありました。そのうち約6割が実地試験で、細胞診・病理組織・画像から腫瘍を見分ける問題が中心です。リンパ腫、扁平上皮癌、肥満細胞腫、骨肉腫は5回のうちほぼ毎回登場しています。
本ページの出題傾向は、第73回〜第77回(全1,650問)を編集部が分類集計したものです。
1. 腫瘍学の出題傾向
- 実地試験:細胞診、病理組織(HE染色)、X線・超音波の画像を示して腫瘍名を問う症例問題。皮膚の腫瘍、リンパ腫、血管肉腫、骨肉腫、中皮腫、生殖器の腫瘍が繰り返し出題されている
- 学説試験A:腫瘍の由来と命名(奇形腫、混合腫瘍、アポクリン腺由来の腫瘍)、腫瘍随伴症候群、抗腫瘍薬の作用機序
- 学説試験B:個々の腫瘍の性質(好発、転移、ホルモンの産生)、腫瘍ウイルスによる家畜・家禽の病気
- 必須問題:腫瘍の基本用語、形質細胞のラッセル小体、中皮腫の原因物質など
2. 腫瘍を読み解く3つの軸
- 由来:上皮(皮膚・粘膜・腺)から生まれたか、間葉(結合組織・骨・血管・筋)から生まれたか、造血系・独立円形細胞(リンパ球・肥満細胞・組織球など)から生まれたか
- 性質:良性か悪性か。分化の程度、細胞の異型、被膜の有無、浸潤、転移で決まる
- 広がり方:上皮性の悪性腫瘍(癌)はリンパ行性に所属リンパ節へ、間葉性の悪性腫瘍(肉腫)は血行性に肺へ転移しやすい。体腔の表面に種をまくように広がる播種もある
「骨肉腫は肺に転移する」「乳腺の癌はリンパ節に転移する」を別々に覚える必要はありません。肉腫は血管に、癌はリンパ管に入りやすいという由来ごとの傾向を知っていれば、個々の腫瘍の転移先は自然に予想できます。
3. 学説A対策 — 腫瘍の基礎
3-1. 命名と分類
図1 腫瘍の命名。由来(上皮性か非上皮性か)と性質(良性か悪性か)の組み合わせで名前が決まる。
- 混合腫瘍:2種類以上の組織成分からなる腫瘍。犬の乳腺の良性混合腫瘍(上皮、筋上皮、軟骨・骨)が代表
- 奇形腫:3胚葉すべての成分(皮膚、神経、骨、歯など)を含む腫瘍。生殖細胞から生まれ、卵巣と精巣にできる
- 癌肉腫:上皮性と非上皮性の成分が両方とも悪性の腫瘍
- 過誤腫:その臓器にもともとある組織が、形を乱して過剰に増えたもの。腫瘍ではない
3-2. 良性と悪性の違い
- 分化:良性はもとの組織によく似ている(高分化)。悪性はもとの組織の面影が薄い(低分化・未分化)
- 細胞の異型:悪性では核の大きさがそろわず、核小体が目立ち、核分裂像が多い
- 増殖のしかた:良性は被膜に包まれてまわりを押しのけるように育つ。悪性はまわりの組織に浸潤しながら育つ
- 転移:悪性だけが、離れた場所に新しい腫瘍をつくる
3-3. 発がんのしくみ
細胞の増殖を進めるがん遺伝子(アクセル)の活性化と、増殖を止めるがん抑制遺伝子(ブレーキ)の機能喪失が重なって腫瘍が生まれます。原因には、ウイルス、化学物質、紫外線、ホルモン、慢性の炎症があります(発がんのしくみの詳細解説)。
3-4. 病期分類とグレード
病期(ステージ)は腫瘍の広がりを表し、原発腫瘍の大きさ(T)、所属リンパ節への転移(N)、遠隔転移(M)の組み合わせで決めるTNM分類が基本です。グレードは、病理組織から見た腫瘍そのものの悪性度です(超簡単まとめ「腫瘍の分類とTNM」)。
4. 学説B対策 — 抗腫瘍薬の作用機序
抗腫瘍薬は、盛んに分裂している細胞を狙います。どの薬が細胞周期のどこに効くかで整理すると覚えやすくなります。本ページでは作用機序までを扱い、用量やプロトコールは扱いません。
- アルキル化剤(シクロホスファミドなど):DNAの鎖どうしを結びつけて複製を止める。細胞周期を選ばない。シクロホスファミドの代謝物は膀胱の粘膜を傷め、出血性膀胱炎を起こすことがある
- 白金製剤(シスプラチン、カルボプラチン):DNAに結合して架橋をつくる。シスプラチンは猫で致死的な肺水腫を起こすため使えない。腎毒性もある
- 代謝拮抗薬:DNAの材料づくりを妨げ、S期に効く。メトトレキサートは葉酸の代謝を、5-フルオロウラシル(5-FU)はチミジル酸の合成を阻害する。5-FUは猫で重い神経毒性を起こす
- 微小管阻害薬(ビンクリスチン、ビンブラスチン):微小管の形成を妨げ、細胞分裂をM期で止める。血管の外へ漏れると組織が壊死する
- 抗腫瘍性抗生物質(ドキソルビシン):DNAの間に入り込み、トポイソメラーゼIIを阻害する。量が積み重なると心筋を傷める
- L-アスパラギナーゼ:リンパ腫の細胞が自分ではつくれないアスパラギンを分解して、腫瘍細胞を飢えさせる
- ホルモン薬:タモキシフェンはエストロジェン受容体を遮断する。糖質コルチコイドはリンパ球にアポトーシスを起こさせる
- 分子標的薬(トセラニブなど):腫瘍の増殖シグナルを伝える受容体チロシンキナーゼ(肥満細胞腫のKITなど)を阻害する
抗腫瘍薬は、腫瘍と同じく分裂の盛んな骨髄(とくに寿命の短い好中球)、消化管の粘膜、毛包も傷めます。骨髄抑制、嘔吐・下痢、脱毛が共通の副作用になるのはこのためです。犬では、毛が伸び続けるプードルなどで脱毛が目立ちます。
5. 実地C・D対策 — 見分け方
5-1. 細胞診の3つの型
- 上皮系:細胞どうしがくっついた集塊で採れる(癌、腺腫)
- 間葉系:紡錘形の細胞がまばらに少なく採れる(肉腫)
- 独立円形細胞:丸い細胞がばらばらに多く採れる(リンパ腫、肥満細胞腫、組織球腫、形質細胞腫、可移植性性器肉腫)
皮膚の腫瘍での見分け方は皮膚の腫瘍の解説で扱っています。
5-2. 画像
- 骨肉腫:長骨の骨幹端に、骨の融解と新しい骨の形成が入りまじる。骨膜が持ち上がってできる三角形の影(コッドマン三角)や、放射状の骨の形成(サンバースト)がみられる
- 血管肉腫:脾臓の腫瘤、腹腔内の出血、右心房の腫瘤と心膜液の貯留
- 肺転移:肺野に大小の円形の結節影が散らばる
- 縦隔の腫瘤:前縦隔のリンパ腫や胸腺腫で、心陰影の頭側が白くなり、気管が背側へ押し上げられる
6. 重要テーマ別の詳細解説
基礎発がんのしくみ
がん遺伝子とがん抑制遺伝子、腫瘍ウイルス(マレック病、鶏白血病、牛伝染性リンパ腫、猫白血病ウイルス)、化学物質(アフラトキシン、ワラビ、アスベスト)による発がんを、しくみから整理します。
犬・猫皮膚と脳の腫瘍
肥満細胞腫、皮膚組織球腫、扁平上皮癌、上皮向性リンパ腫は皮膚の腫瘍の解説で、髄膜腫や神経膠腫は脳のMRIと脳腫瘍・脳炎の解説で扱っています。
犬・猫そのほかの臓器の腫瘍
- 肛門周囲腺腫(肝様腺腫):未去勢の雄犬に多い良性腫瘍。アンドロゲンに依存して育つ
- 肛門嚢アポクリン腺癌:高齢犬の肛門嚢にできる悪性腫瘍。腰下リンパ節に転移しやすく、高カルシウム血症を起こす
- 膀胱の移行上皮癌(尿路上皮癌):犬の膀胱腫瘍で最も多い。膀胱三角部に好発し、血尿や排尿困難を起こす
- 腎細胞癌:エリスロポエチンをつくり多血症を起こすことがある
- 胸腺腫:前縦隔の腫瘍。重症筋無力症と巨大食道症を伴うことがある
- 中皮腫:胸膜・腹膜・心膜にでき、体腔液がたまる。アスベストの吸入が原因になる
- 褐色細胞腫:副腎髄質の腫瘍。カテコラミンを過剰につくり、高血圧や頻脈を起こす
- インスリノーマ:膵島のβ細胞の腫瘍で、低血糖を起こす(インスリノーマの解説)
7. 学習教材
理解度チェック
- むずかしい:推理ラボ — 臓器病理推理ラボ。病理所見から臓器と病態を読み解きます
詳細な解説
- 超簡単まとめ:腫瘍の分類とTNM — 腫瘍の分類と病期の考え方を図解で確認できます
- 超簡単まとめ:かんたん病理学 — 腫瘍を含む病理学の基本用語
- 細胞傷害と適応 — 過形成・化生など、腫瘍と見分けるべき細胞の変化
- 染色法と細胞の同定 — 肥満細胞の異染性など、腫瘍細胞を見分ける染色
8. 腫瘍学の勉強法 ― おすすめの学習順序
- 3つの軸:本ページ第2章と第3章で、由来・性質・広がり方と命名の決まりを押さえる
- 発がんのしくみ:がん遺伝子とがん抑制遺伝子、腫瘍ウイルス、化学発がん
- 腫瘍随伴症候群:腫瘍が何をつくるかで症状を説明できるようにする
- 腫瘍の各論:造血系、肉腫、生殖器と乳腺、皮膚の腫瘍を、由来と広がり方の軸で比べる
- 抗腫瘍薬:第4章で作用する細胞周期と、動物種による注意を確認する
腫瘍は、病理学と臨床の各領域にまたがる横断的な分野です。臓器ごとの病気は臨床獣医学 > 内科のページから各領域へ進めます。
参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- CAP 緑書房
- SA Medicine インターズー
- 新編 家畜薬理学 養賢堂
- 動物病理学総論 文永堂出版
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)