臨床獣医学 > 内科 > 循環器 > 牛の創傷性心膜炎
牛の創傷性心膜炎は、飲み込んだ金属が胃を突き破り、心臓を包む膜にまで達するという、牛ならではの循環器疾患です。国家試験では、心音・心外雑音・頸静脈の所見から病名を導く症例問題として繰り返し出題されています。
この病気は、第2胃と心臓が横隔膜1枚を隔てて隣り合っているという解剖を知っていれば、発生から症状まで一本の流れで説明できます。本記事はこの位置関係を出発点に構成しました。
過去の出題では、次の形式が繰り返し問われています。
- 聴診:心音の混濁・減弱と、心膜の摩擦音や拍水音といった心外雑音
- 視診:頸静脈の怒張など、右心不全(心タンポナーデ)の所見
- 病因:第2胃に刺入した針や針金などの金属異物
- 牛が金属を飲み込み、それが第2胃に留まる理由
- 第2胃から横隔膜を越えて心膜へ達する経路
- 聴診所見が心膜摩擦音 → 拍水音と心音の減弱へ変わる理由
- 心タンポナーデから右心不全(頸静脈の怒張、胸垂の浮腫)が起こる仕組み
- 創傷性第二胃炎の疼痛試験の考え方
- 磁石の投与が予防になる理由
1. 発生の仕組み — なぜ金属が心臓まで届くのか
1-1. 牛は異物を飲み込みやすい
牛は採食のときに飼料をよく噛まずに飲み込み、舌で選り分けることもほとんどしません。口の中の乳頭は後ろ向きに生えているため、いったん口に入った異物は奥へ送られていきます。飼料に混じった釘・針金・鉄片などが、こうして飲み込まれます。
1-2. 異物は第2胃に留まる
重い金属は、前胃のなかでも低い位置にある第2胃(細網)に沈み、蜂の巣状の粘膜のひだに引っかかって留まります。第2胃は強く収縮する胃なので、とがった異物はその動きで少しずつ壁に食い込み、やがて第2胃の壁を貫通します。
1-3. 横隔膜を越えて心膜へ
第2胃の頭側には横隔膜があり、そのすぐ向こうに心臓があります。第2胃を貫いた異物が横隔膜を越えて心膜に達すると、細菌が持ち込まれて心膜炎が起こります。妊娠末期や分娩時のように腹圧が高まる時期は、異物が押し出されて貫通しやすくなります(図1)。
図1 創傷性心膜炎の流れ。第2胃を貫いた異物が横隔膜を越えて心膜炎を起こし、聴診所見が変化しながら心タンポナーデと右心不全へ進む。
2. 病態生理 — 心膜炎から右心不全まで
2-1. 聴診所見の移り変わり
- 初期(線維素性心膜炎):心膜の表面に線維素(フィブリン)が析出してざらつき、心臓が動くたびに臓側と壁側の心膜がこすれて心膜摩擦音が生じる
- 進行期(滲出性・化膿性心膜炎):心膜腔に膿を含む滲出液やガスがたまり、心臓の拍動で液が揺れる拍水音が聴こえる。心臓と胸壁のあいだに液がはさまるため、心音は遠く、弱くなる
液がたまると心膜どうしが直接こすれなくなるため、摩擦音はかえって聴こえにくくなります。「摩擦音が消えた=よくなった」ではない点に注意してください。
2-2. 心タンポナーデと右心不全
心膜腔の液が増えると、心臓は外から圧迫されて拡張期に十分広がれなくなります(心タンポナーデ)。壁の薄い右心系がまず影響を受け、全身から戻る血液を受け入れられなくなるため、右心不全の所見が現れます。
- 頸静脈の怒張と拍動:右心房に戻れない血液が頸静脈にたまる
- 胸垂(胸前)や下顎の浮腫:静脈圧の上昇で、皮下の低い部位に水分がたまる
- 腹水、肝腫大:後大静脈から戻れない血液のうっ滞
- 頻脈:1回拍出量の低下を心拍数で補おうとする
頸静脈の怒張や胸垂の浮腫は、心膜炎に限らず、右心系に血液がうっ滞するあらゆる病態で現れます。症例問題では、「金属異物を飲み込みうる牛」「発熱と疼痛」「心膜摩擦音や拍水音」という心膜炎に特有の手がかりと組み合わせて、原因を絞り込ませます。
3. 創傷性心膜炎の臨床症状と身体検査
3-1. 全身症状
食欲と乳量の低下、発熱、元気消失がみられます。胸や腹の痛みのため、背を丸めて立ち(背弯姿勢)、肘を外に開き、動くのを嫌がります。下り坂を歩きたがらないのも、第2胃から前方への痛みを避けるためです。
3-2. 創傷性第二胃炎の疼痛試験
心膜炎に先立って、第2胃とその周囲の腹膜に炎症(創傷性第二胃炎・腹膜炎)が起こっています。第2胃の周囲に痛みがあるかは、次のような方法で確かめます。
- 鬐甲部をつまむ:背中をつまむと牛は背を下へ反らせようとし、腹部が引き伸ばされる。痛みがあれば嫌がったり、うめき声を出したりする
- 剣状軟骨の後ろを下から押し上げる:棒などを使って第2胃のあたりを押し上げたときに、うめき声を出すかをみる
どちらも「痛い場所を動かしたときに、うめき声が出るか」を見る試験です。
4. 検査所見
- 血液検査:好中球の増加と核の左方移動、総タンパク質とグロブリンの上昇、フィブリノゲンの上昇。いずれも慢性の化膿性炎症を示す
- 超音波検査:心膜腔の液の貯留、心膜の肥厚、心膜腔内の線維素の塊
- 心膜穿刺液:化膿性で、しばしば悪臭を伴う
- X線検査・金属探知機:第2胃の領域にある金属異物の確認
5. 予後と予防
5-1. 予後
第2胃炎の段階にとどまれば回復が見込めることもありますが、心膜炎まで進んだ例の予後はきわめて不良です。化膿した心膜は厚く硬くなり、心臓の動きを長く妨げ続けるためです。
5-2. 予防 — なぜ磁石なのか
予防の基本は、飼料に金属を混入させないことです。飼料の調製ラインに磁石を設置して鉄片を取り除くほか、第2胃の中に磁石を投与する方法があります。第2胃に沈んだ磁石が鉄の異物を吸い付けてまとめ、とがった先端が胃壁に刺さるのを防ぎます。磁石も異物と同じく第2胃に沈んで留まるという、第1章の性質をそのまま利用した方法です。
6. 創傷性心膜炎で国家試験に狙われるポイント
- 病因:釘・針金などの金属異物。第2胃に停留し、壁を貫いて横隔膜を越え、心膜に達する
- 誘因:妊娠末期・分娩時など、腹圧が高まる時期
- 聴診:初期は心膜摩擦音、進行すると拍水音と心音の減弱(摩擦音はかえって消える)
- 右心不全:頸静脈の怒張・拍動、胸垂や下顎の浮腫、腹水、頻脈
- 姿勢:背弯姿勢、肘の外転、下り坂を嫌がる
- 検査:好中球増加・左方移動、グロブリンとフィブリノゲンの上昇、化膿性の心膜液
- 予後と予防:心膜炎まで進むと予後はきわめて不良。予防に第2胃への磁石の投与
7. 創傷性心膜炎の確認問題
Q1. 牛が飲み込んだ金属異物が第2胃に留まりやすい理由を2つ挙げよ。
A. 第2胃は前胃のなかで低い位置にあり、重い金属が沈んで集まるため。また第2胃の粘膜は蜂の巣状のひだになっており、異物が引っかかって留まりやすいため。
Q2. 創傷性心膜炎の経過で、心膜摩擦音が聴こえなくなることがある理由を述べよ。
A. 滲出液が心膜腔にたまると、臓側と壁側の心膜が液で隔てられて直接こすれなくなるため。摩擦音の消失は改善ではなく、滲出液の貯留が進んだことを示し、拍水音や心音の減弱がみられるようになる。
Q3. 創傷性心膜炎で頸静脈の怒張や胸垂の浮腫がみられる仕組みを述べよ。
A. 心膜腔にたまった液が心臓を外から圧迫し、心臓が拡張期に広がれなくなる(心タンポナーデ)。壁の薄い右心系が全身からの静脈血を受け入れられなくなるため、静脈圧が上がり、頸静脈の怒張や、胸垂など低い部位の浮腫が起こる。
Q4. 創傷性第二胃炎を疑う牛で、鬐甲部をつまむ試験は何を確かめているか。
A. 鬐甲部をつまむと牛は背を下へ反らせ、第2胃の周囲の腹部が引き伸ばされる。そのときにうめき声を出すなど痛みを示すかどうかで、第2胃周囲の炎症による疼痛の有無を確かめている。
Q5. 第2胃への磁石の投与が創傷性第二胃炎・心膜炎の予防になる理由を述べよ。
A. 磁石も金属異物と同じく第2胃に沈んで留まり、鉄の異物を吸い付けてまとめる。これにより、とがった異物の先端が第2胃の壁に刺さって貫通するのを防ぐことができる。
関連コンテンツ
理解度チェック
- かんたん:超簡単まとめ「くらべる解剖学(牛・馬・豚編)」 — 牛の4室胃の構造と位置関係を、馬・豚とくらべて確認できます。
- むずかしい:心疾患推理ラボ — 発症様式・身体所見・検査所見から、心膜疾患を含む心疾患を突き止めます。
詳細な解説
- 分野別まとめ:循環器疾患 — 右心不全のサインや心膜液貯留の所見を、ほかの循環器疾患と横断して整理しています。
- 分野別まとめ:消化器疾患 — 第2胃を含む牛の前胃の構造と、そこから生じる疾患を整理しています。
- 流れでたどる:むくみのしくみ — 静水圧と膠質浸透圧から、むくみができるしくみを図で確認できます。
- 牛の第一胃アシドーシス — 同じ前胃から始まり、肝膿瘍・後大静脈血栓症へ進むもうひとつの牛の重要疾患です。
参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 家畜比較解剖図説 養賢堂
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)