臨床獣医学 > 腫瘍 > 腫瘍随伴症候群
腫瘍随伴症候群とは、腫瘍そのものが周りを押したり壊したりするのではなく、腫瘍がつくる物質や、腫瘍に対する免疫の反応によって、離れた場所に起こる症状のことです。国家試験では、「この症候群とこの腫瘍の組み合わせ」を選ばせる問題や、腫瘍を見つける手がかりとしての出題が続いています。
組み合わせを丸暗記しなくても、「腫瘍が何をつくっているか」がわかれば、症状は自然に導けます。本記事はこの一点から整理しました。
過去の出題では、次の形式が問われています。
- 組み合わせ:腫瘍随伴症候群とその原因となる腫瘍の組み合わせ(多血症と腎細胞癌など)
- 症例:高カルシウム血症を伴う肛門嚢腺癌、雌性化を伴うセルトリ細胞腫
- 腫瘍随伴症候群の定義と、腫瘍を見つける手がかりになる理由
- 高カルシウム血症を起こすPTHrPと、上皮小体ホルモンが下がる理由
- 低血糖、多血症、雌性化を起こす物質と腫瘍
- 肥大性骨症、重症筋無力症、胃潰瘍、DIC、過粘稠症候群
1. 腫瘍随伴症候群とは
腫瘍が、本来その細胞がつくらないホルモンや、本来の量をはるかに超えるホルモン・サイトカインをつくると、腫瘍から離れた臓器に症状が現れます。腫瘍そのものより先に症状が目立つことも多く、症状から腫瘍を探し当てる手がかりになります。腫瘍が小さくなれば症状も軽くなり、再び強くなれば再発の目安になります。
2. 腫瘍がつくる物質ごとの整理
2-1. 高カルシウム血症 — 上皮小体ホルモン関連タンパク(PTHrP)
- 代表的な腫瘍:リンパ腫(とくにT細胞性、縦隔型)、肛門嚢アポクリン腺癌
- しくみ:腫瘍がつくるPTHrPは、上皮小体ホルモン(PTH)と同じ受容体に結合し、骨からカルシウムを溶かし出し、腎臓でのカルシウムの再吸収を高める
- 検査所見:血中カルシウムは高いのに、PTHは低く、PTHrPは高い。高いカルシウムを下げようとして、本物の上皮小体がPTHの分泌を止めるため
- 症状:多飲多尿(腎臓で尿を濃くできなくなる)、元気や食欲の低下。続くと腎臓に石灰が沈着する
多発性骨髄腫や骨に転移した腫瘍では、腫瘍が骨を直接溶かすことで高カルシウム血症が起こります。
原因のはっきりしない高カルシウム血症の犬では、体表のリンパ節の腫れと、直腸検査での肛門嚢のしこりを確かめるのが定石です。症例問題でも、この2つが手がかりとして示されます。
2-2. 低血糖
- インスリノーマ:膵島のβ細胞の腫瘍が、血糖値に関係なくインスリンを出し続ける(インスリノーマの解説)
- 膵島以外の大きな腫瘍:肝細胞癌や平滑筋肉腫などが、インスリン様成長因子(IGF-II)をつくったり、ブドウ糖を大量に消費したりして低血糖を起こす
2-3. 多血症 — エリスロポエチン
腎細胞癌などがエリスロポエチンをつくり、骨髄で赤血球が過剰につくられます。体の酸素は足りているのに赤血球だけが増える、二次性の多血症です。
2-4. 雌性化 — エストロジェン
精巣のセルトリ細胞腫がエストロジェンをつくり、雄犬に次の変化が起こります。
- 雌性化:乳頭の発達、包皮の下垂、ほかの雄を引きつける
- 左右対称性の脱毛
- 骨髄の抑制:エストロジェンの毒性で、貧血・血小板減少・白血球減少が起こる。命にかかわることがある
卵巣の顆粒膜細胞腫も性ホルモンをつくり、雌で発情の持続などを起こします(生殖器と乳腺の腫瘍の解説)。
2-5. ヒスタミンとヘパリン — 肥満細胞腫
肥満細胞腫の顆粒から放出されるヒスタミンは、胃のH2受容体を刺激して胃酸を増やし、胃・十二指腸潰瘍を起こします。ヘパリンは出血を止まりにくくします(皮膚の腫瘍の解説)。
2-6. 単クローン性の免疫グロブリン — 多発性骨髄腫
腫瘍化した形質細胞が1種類の免疫グロブリン(Mタンパク)を大量につくり、血液の粘り気が増す過粘稠症候群(出血、網膜の血管の拡張、神経症状)や、腎臓の障害を起こします(造血系の腫瘍の解説)。
3. 物質で説明しにくいもの・免疫によるもの
- 肥大性骨症:肺の腫瘍など胸腔内の病変があると、四肢の遠位の骨の表面に骨膜性の新しい骨が左右対称にでき、肢が腫れて痛む。しくみは完全にはわかっていないが、胸腔内の病変が取り除かれると改善する
- 重症筋無力症:胸腺腫に伴い、神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する自己抗体ができる。運動で強くなる筋力の低下と、巨大食道症(吐出と誤嚥性肺炎の危険)が起こる
- 播種性血管内凝固(DIC):血管肉腫など、異常な血管の中で凝固が進む腫瘍で起こりやすい。血小板と凝固因子が消費され、出血しやすくなる
- 発熱と悪液質:腫瘍がつくるサイトカインによって、発熱や、食べていても筋肉と脂肪が失われる悪液質が起こる
4. 組み合わせの一覧
- 高カルシウム血症:リンパ腫、肛門嚢アポクリン腺癌(PTHrP)、多発性骨髄腫(骨の融解)
- 低血糖:インスリノーマ(インスリン)、肝細胞癌・平滑筋肉腫など(IGF-II、ブドウ糖の消費)
- 多血症:腎細胞癌(エリスロポエチン)
- 雌性化と骨髄の抑制:セルトリ細胞腫(エストロジェン)
- 胃・十二指腸潰瘍:肥満細胞腫(ヒスタミン)、ガストリノーマ(ガストリン)
- 過粘稠症候群:多発性骨髄腫(Mタンパク)
- 肥大性骨症:肺の腫瘍など胸腔内の病変
- 重症筋無力症と巨大食道症:胸腺腫
- DIC:血管肉腫など
- 高血圧と頻脈:褐色細胞腫(カテコラミン)
5. 腫瘍随伴症候群で国家試験に狙われるポイント
- 定義:腫瘍がつくる物質や免疫の反応によって、腫瘍から離れた場所に起こる症状
- PTHrP:リンパ腫と肛門嚢アポクリン腺癌。カルシウムは高く、PTHは低く、PTHrPは高い
- エリスロポエチン:腎細胞癌による二次性の多血症
- エストロジェン:セルトリ細胞腫による雌性化、左右対称性の脱毛、骨髄の抑制
- 胸腺腫:重症筋無力症と巨大食道症
- 胸腔内の病変:四肢の肥大性骨症
6. 腫瘍随伴症候群の確認問題
Q1. リンパ腫の犬で高カルシウム血症が起こるしくみを述べよ。また、このとき血中の上皮小体ホルモン(PTH)はどうなるか。
A. 腫瘍が上皮小体ホルモン関連タンパク(PTHrP)をつくり、PTHと同じ受容体に結合して骨からのカルシウムの溶出と腎臓での再吸収を高める。高いカルシウムに反応して本物の上皮小体は分泌を止めるため、PTHは低くなる。
Q2. 高カルシウム血症を示す高齢犬で、直腸検査で確認すべき部位と、疑うべき腫瘍を答えよ。
A. 肛門嚢。PTHrPをつくる肛門嚢アポクリン腺癌を疑う。
Q3. 腎細胞癌の犬で多血症がみられることがある理由を述べよ。
A. 腫瘍がエリスロポエチンをつくり、体の酸素が足りているにもかかわらず骨髄で赤血球が過剰につくられるため(二次性の多血症)。
Q4. セルトリ細胞腫の雄犬にみられる変化を3つ挙げよ。
A. 乳頭の発達や包皮の下垂などの雌性化、左右対称性の脱毛、エストロジェンの毒性による骨髄の抑制(貧血・血小板減少・白血球減少)。
Q5. 胸腺腫の犬で吐出がみられた。考えられる腫瘍随伴症候群と、そのしくみを述べよ。
A. 重症筋無力症による巨大食道症。胸腺腫に伴って神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する自己抗体ができ、食道の筋が十分に収縮できなくなって食道が拡張し、吐出が起こる。
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- インスリノーマ — インスリンの過剰で低血糖を起こす膵島の腫瘍です。
- 造血系の腫瘍 — 高カルシウム血症を起こすリンパ腫と、過粘稠症候群を起こす多発性骨髄腫を扱います。
- 生殖器と乳腺の腫瘍 — エストロジェンをつくるセルトリ細胞腫を扱います。
参考文献
- 新獣医内科学 文永堂出版
- 犬と猫の治療ガイド インターズー
- CAP 緑書房
- SA Medicine インターズー
- 動物病理学各論 文永堂出版
- 農林水産省 獣医師国家試験(公式)